第2話
窓から見上げる降り出しそうな空よりも、教室の中は更に暗かった。
僕が、私立中学の受験を失敗してここにいることを知らないクラスメートはいなかった。
そして、それを好意的に思う友人も。
僕自身、クラスに溶けこむよりも、ひたすら目立たなく、静かにしていた。
それでも、授業中、当たられて問題を解いたりすると、「さすが文久大付属志望は、ちがうねぇ。」と、先生にすら皮肉られた。
その時のクラスメート達の冷ややか視線に耐えられなくなった僕は、簡単にわかる問題でも、わからない振りさえして、ひたすら目立たなくしていた。
ホームルームの後の休み時間、一人で今にも降り出しそうな空を眺めているとクラスメート数人に取り囲まれた。
「お前、夏休みの合同練習出ないんだって?全員参加だぞ」
リーダー挌の伊藤伸二が威嚇するように問い詰めてきた。
秋の学園祭にクラス対抗で出し物を競い合うのがこの中学の伝統行事だった。
その練習を夏休みから開始するのだ。
みんなしぶしぶでも参加することになっていた。
でも、先ほどのホームルームで、僕だけ、はっきりと不参加を表明したのだ。
「大体お前、付き合い悪いんだよ。クラスメートだろ。自分勝手すぎるだろ」
そうだ、そうだと言わんばかりに、まわりの女子たちが頷く。
いつの間にか、僕の糾弾集会のようになってきた。
「萩原君は、文久大付属の人だものね。私たちとは違うんでしょ。」女子のひとりが意地悪く言った。
僕は、思わず、窓の外の暗い空に目をそらした。いつもなら涙ぐんでしまったに違いない。
でも、もう僕は違う。僕には夢ができた。
しかも、今年の夏休みに実行するんだ。それは、もはや夢ではなく、ひとつの目標だった。
いつの間にか、空の向こうが明るくなって、壁のように佇むあの山々がはっきり見えた。
「萩原君にも、理由があると思う」
隣の席の山口千佳子が伏し目がちに、ぼそっと言った。
いつも、どうでもいいことを話しかけてくるうるさいヤツだが、少しうれしかった。
「なんで、出られないんだ。家の理由か?みんな、優先して出てくるんだぞ。ちゃんと、みんなの前で理由を言えよ」
窓の外を見つめていた僕は、大きく、息を吸った。
そして、振り返ると、クラスメート達の顔をひとりひとり見つめた。
ほとんどの女子や、男子は目をそらしたが。
最後に伸二を見つめると、遠くにそびえたつあの山を指さした。
「あれが、見えるだろ」
「なにが?」伸二が、怒ったように言った。
「あの山の向こうって何があると思う?」
「何って、相模湖だろ」
「その向こうは?」
「山梨県だ。お前、ばかにしているのか!」
怒りだした伸二をいったん手でさえぎる。
「その先の山を越えて、さらにいくつも山を越えると」
いぶかしげな伸二を無視して、全員を見わたすと、僕は、心の底から微笑みかけた。
「海だ!日本海に出る!」
ぽかんとしている級友たちをまっすぐ見据えながら、僕は、はっきりと言った。
「海を見てみたいんだ。自転車で、自分だけの力で山々を越えて、日本海まで行く。それを今年の夏休みにやると決めた」
誰もが、あっけにとられていた。
もう僕は、誰にも遠慮するつもりはなかった。
「だから、夏休みの練習には出られない。みんな、すまない」
僕は、心からみんなに詫びた。そして、宣言した。
「その分、帰ってきてから頑張るから。約束する」
しばらく、誰も何も言わなかった。
ひゅう!伸二が口笛を吹いた。
「何を言い出すかと思えば、なんかかっこいいな。お前!」
意外な伸二の反応に、今度は、僕がぽかんとする番だった。
「えらそうに言ったけど、実は、まだなにもしていないんだけどね」僕は、正直に言った。
「自転車すら、ないんだ」
「わかった。特別に認める。でも、ほんとにやれよ。俺、応援する」
「ありがとう」
「必ず日本海まで行くんだぞ。途中でやめたら承知しないからな」伸二が力強く言った。
「わたしも応援する」千佳子が言うと、女子達が一斉にうなずいた。
「ありがとう、みんな・・・・・」
思わぬ展開に、少し、涙が出た。
でも、気持ちの良い、暖かい涙だった。
僕が、変われば、みんなも変わるんだ。
今さらながら、この当たり前のことに気が付いた。
そう、僕が変わりさえすれば、まわりの世界も変わっていく。
簡単なことじゃないか。自分を変えるのはずっと簡単だ。
僕は、この夏の旅できっと変われる。
心からそう思えた瞬間だった。




