第25話
僕は岸壁の上に立つと、潮風に吹かれ、海に向かって、カーターファミリーの歌を口ずさんだ。
僕には、待っている人がいる。まだ旅は終わりじゃない。
海岸の駐車場の公衆電話ボックスから、沙紀ちゃんに電話を入れた。
たった一枚しかない貴重な10円玉だった。
電話に出たのは、おばあさんだった。
僕が、「今糸魚川です。後、一時間くらいで行けると思います」と言うと、
「まあ、坊、ほんにえらいことやな、沙紀や、貴坊からや」と言う声と、沙紀ちゃんらしい「えーっ!」という声が聞こえた。
しかし、沙紀ちゃんの声を聴く前に、残念なことに、10円玉の魔法は終わってしまった。
「さて、ハヤブサ、行こうか」
いまいが町までは、海沿いに走って行けばよく、間違えようがなかった。
海岸沿いの日差しは、焼けるようだったが、もうそれほど苦にならなかった。
やがて、懐かしい、海沿いの街が見えてきた。なんども来た小さな赤い灯台のある漁港が見えた。
沙紀ちゃんの家は、漁港を見下ろす丘の上だ。僕は、最後の力を振り絞って坂を上った。
夏空に続く急坂の頂上に白い人影が見えた。白いサマードレス姿の少女のようだった。
少女が大きく手を振っていた。沙紀ちゃんだった!
こうなったら、死んでも途中で足を着くわけにはいかなった。
僕は、スタンディングに移ると、全力でペダルと踏んだ。
さすがの急坂に、クランクをギシギシ言わせて、ハヤブサと登って行く。
坂の頂上に着くと、あの葉書の写真通りの真っ白なサマードレス姿の沙紀ちゃんが待っていた。
僕は、ハヤブサを降りると、「久しぶり。約束通り来たよ!」とほほ笑んだ。
沙紀ちゃんの大きな丸い瞳から見る見る涙があふれ、「おにいちゃん!」と言って、僕の胸に飛び込んできた。
「おいおい・・・。」僕は、どうしていいかわからずに、沙紀ちゃんを抱きとめると、軽く頭をなぜた。
「大きくなったね。すごくきれいになった。会いたかったよ」自然に気持ちが言葉になった。
「うれしい。来てくれて!」と沙紀ちゃんが僕の胸に顔を押し付けたまま言った。
「うほん!あのぅ、おとりこみ中失礼します。」気が付くと、家の門の前に、もう二人の少女達がいた。
「あっ、えっ?えぇぇぇ!」沙紀ちゃんがはじかれたように離れた。
ショートカットの少年のような少女がにやにやしながら見つめていた。
「だから、おじゃまだって言ったんだよぅ!」
もうひとりのやや太めの少女が、もじもじしながら言った。
「ごめんねぇ、沙紀、感動の再開をじゃましちゃって。私たちにも紹介してよ」
沙紀ちゃんの顔が赤いのが、夏空の下でもわかるぐらいだったが、気をとりなして、
「こちら、神崎里美ちゃんと、高田典子ちゃん」
「里美です。噂通りの素敵なおにいさま。わたしも覚えていただけるとうれしいです」
里美ちゃんは、教科書のような標準語で言った。陸上でもやっているのか、足の速そうな女の子だった。
「典子です。沙紀ちゃんとはお友達です」こちらは、ややふくよかながら、やさしそうな女の子だった。
「萩原貴志です。中学2年。小学生の頃、夏休みはここで過ごさせてもらっていました」
「素敵な自転車ですね。外国製ですか。これで東京からここまで走って来たのですね。沙紀がうらやましいわ」
里美ちゃんは、ハヤブサのサドルを撫でながら言った。
「まぁ、貴坊、ほんに大きくなったなぁ、ようきた、ようきた」おばあさんが門から顔を出した。
「ご無沙汰しています。またお世話になります」僕が、頭を下げると、
「じゃあ、沙紀、また今度ね。じゃましちゃってごめんね」里美ちゃんたちは、大して悪びれもせずに、帰って行った。
なんだったんだろう。あの二人は・・・?
「おにいちゃんに会いたかったんだよ。わたしがいつも言っているから」
沙紀ちゃんが少し恥ずかしそうに言った。
「さあ、おにいちゃん、入って、入って!」
沙紀ちゃんに引っ張られるようにして、中に入った。
沙紀ちゃんの家は、すごく大きい。当然のように、いつも家族で泊まっていた離れの部屋に通された。
庭の池が、縁側から続いている。
「ほんとうに、ひさしぶりだな」僕がしみじみ言うと、
「ここは、おにいちゃんのお部屋だから、いつでも来てください」と、沙紀ちゃんがうれしそうに言った。
すぐに、沙紀ちゃんのおかあさんも帰ってきて広い家の中が賑やかになった。
藍川のおじさんは、この町の町長さんだから、いつも帰りが遅いようだったが、今日は早く帰って来るそうだ。
さっそく、早々と夕飯の準備が始まった。
沙紀ちゃんのおかあさんと、おばあさんが、漁港に電話をかけて、魚を注文している声が聞こえていた。
「おにいちゃん、沙紀の部屋に行こ。見せたいものがあるの」
傾きかけた午後の夏の日差しを浴びながら、渡り廊下を歩いていく。
とにかくこの家は広い。この家に、4人家族では、さみしいだろうな。と思わざるを得なかった。




