第19話
その寺は、街道からかなり山に入ったところだった。
確かにここなら人は来そうにはなかった。境内のすぐ下がお墓だった。
来るなら、間違いなく、人以外のモノが来そうだ。
本堂の軒下にハヤブサを止めると、もう夏の日差しも尽きかけていた。
「良く走ったわい。こういうのがほんまのサイクリングなんやろうな。君は、健脚じゃな」
沈む夕日を見ながら、ふたり軒下に腰かけてボトルの水で乾杯した。
「さて、暗くなる前にネグラを作らんと」
「テント張りますか、手伝います」
「そんな高級なもんもっとらんわ」
豪田さんは、笑いながら、リアのサイドバッグからブルーシートを取り出した。
工事現場でよく見るアレである。
そして、麻紐を寺の軒下の張りにしばりつけ、紐にS字型のフックをつるした。
それに、ブルーシートをひっかけて、軒下に三角形の空間を作り出した。
「ほれ、君も寝床を作れ」
僕があっけにとられていると、もう一つのブルーシートを投げてよこした。
「野宿で一番しんどいのは、地面から体温を奪われることじゃ。だから、ベンチでもなんでもええが、とにかく地面に直接寝たらいかん。今は夏だからええが、冬近くなれば、お陀仏になりかねん。その次が風。体が冷えて、眠るどころじゃない。それ以外なら、大抵眠れる」
「はあ、そうですか・・・」僕は、下のお墓をちらちら見ながら言った。
「さて、暗くなるまでに飯の準備だ!」
豪田さんは、境内の一番はずれに穴を掘ると、そこに枯れ木を持ってきて、軽く石油らし
きものをかけると、丸めた新聞紙に火をつけてたき火を起こした。
そして、手水舎の湧き水でといだ米を入れた飯盒をかけ、針金に刺した魚や肉、ガンモドキや、沢庵まで、を火のそばに並べた。
まだまだ暑いものの、鏡のような満月が出た。うるさいくらいの虫の声が、もう秋が近いことを告げていた。
豪田さんは、ビール、僕は、サイダーで乾杯した。
一日中めいっぱい体を動かして、腹を空かせた少年にとって、炊き立ての飯盒飯に、たき火であぶった肉や魚は、最高のごちそうだった。
しっかりと名産のわさび漬けまで用意されていた。
もっとも、これは、住職さんの好意のおすそ分けだったようだが。
明るい月を仰ぎながら、豪田さんが言った。
「今日は、久しぶりに楽しかった。君には迷惑だったかもしれんが」
「迷惑なんてとんでもない。僕こそ、いろいろ面倒を見てもらって感謝しています!」
豪田さんは、僕の顔を見つめると、ニコリと笑った。
「君は、いいなぁ、実にいい。君くらい素直で真摯に人に向き合えれば、自分の居場所をなくすことはない。きっと恵まれた人生を送るんだろな」
「豪田さんは、旅が楽しくないんですか?」僕は、思い切って聞いてみた。
「居場所がなくて、逃げまわっている人間が、旅が楽しいと言えるだろうか?」
帰るところがあるから、旅なんだ・・・坂本さんのせりふが頭に浮かんだ。
「僕は、中学でいじめられて、すっかり人間嫌いになった。高校に進んでも、なかなか、周りに溶け込めない。だんだん、自分がいやになって、高校を中退して、バイトして稼いで金をため、旅に出たんだ」
豪田さんは、そこまで言うとビールを一口のんだ。
「僕も似たようなものです。中学受験に失敗して、今いる公立中学になじめず。すべてが嫌になっていたんです・・・」
「君がか?てっきり私立中学のお坊ちゃまかと思っていた」
「自分の居場所は、今いるところじゃないと思っていました。クラスメートからも無視されて、自分だけの世界に閉じこもっていました」
「でも、自分が変わったら、すべてが変わってきたんです。自分がこの旅を目標にがんばっているうちに、周りが助けてくれるようになって、豪田さんにもこうして助けてもらって・・・・・」
もうそれ以上続かなかった。なぜかわからないが、感謝で胸がいっぱいになって涙がこぼれてきた。
「いい話をきかせてもらった。君は正しい。間違いなく正しいと思う。なんか元気が出てきた。皆が君を応援したくなるのがわかる気がするよ」
「でも、どうして日本海なんだい?日本海まで走ろうと思ったの」
僕は、涙を止めたくて、月を見上げた。秋が近いことを感じさせるすがすがしい月だった。
「僕の部屋の窓から、遠くの山々が良く見えるんです。その山を毎日眺めているうちに、自分の力で山を越えて、その果てを、自分の眼で確かめてみたくなったんです」
「それだけじゃないだろ」豪田さんが、にやりと笑った。
「君には、旅の終わりで、待っている人がいる。その人に会うこと、それが、君の言う、果てを確かめることなんじゃないかな」
豪田さんは、どうだ、当たっているだろ、と言いたげな顔で見つめた。
僕の顔は、たき火の火以上に赤くなっていたに違いない。
「たしかに友だちと約束しました・・・」
「かわいい娘なんだろうな。きっと」豪田さんが、がはははと豪快に笑った。
もう僕には、下のお墓さえ、自分のにぎやかな応援団に思えてきた。
「君がもてることは、女性との距離の置き方でわかる。昨夜のユースホステルでも、決してがっついていない。だから、女性の方からよってくるんだ。猫と女は、よってくるまで待て、ってね。わしが言っても説得力がないけどね」
「旅は道連れですか。いいものですね」
「さて、明日、五時には、住職さんがやってくる。日の出前におきて、掃除をしなければ面目がたたない。先に寝かせてもらう」
「もちろん僕もいっしょにやらせてもらいます。遠慮なく起こしてください」
豪田さんは、たき火に土をかけると、「君は、寝袋をもっていないだろうから、寒かったらこの新聞紙をかけたまえ。ダンボールを下にひいて、新聞紙にくるまれば、この季節なら充分だ」
時計を見ると、もう9時を回っていた。僕も、この軒下の寝床に入ることにした。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
快適とは、言い難かったが、充分安らぐベッドだった。
「果ては、待っている人か・・・そういえば、二人いるじゃないか。どっちなんだろう・・・」
何やら、下のお墓で音が聞こえていたが、体が綿のようになっていた僕は、もうどうでも
よくなっていた。
虫の音のコーラスを聞いているうちに、すぐにそれらの音も遠のき何もわからなくなった。




