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第15話

その日の夕食でも、ミーティングでも、豪田さんには、驚かされっぱなしだった。


夕食の時、僕は、年上のお姉さま達(と言っても、中学生はいないから当然だが、)に囲まれて、かいがいしく世話を焼かれたうえに、質問攻めにされた。


僕が、応えに窮していると、洗面器を三度笠よろしくかぶった豪田さんが鉦を持って入って来た。


まず、僕らが座っているテーブルに来て、チリン!と鉦をならすと、


「皆の衆、お布施をお願いしたく、南無南無・・・。」と托鉢僧よろしく皿を差し出した。


「夕飯食べないんですか?」と僕が聞くと、


洗面器の下から、「これが夕食じゃ」と、片目をつぶった。僕があっけにとられていると、

「観 自 在 菩 薩 行 深 般 若 波 羅 蜜 多 時 照 見 五 蘊 皆 空・・・。」と本当に経を唱えだした。


「はいはい、お布施あげるから、あっちへ行ってね。お経はいらないからね」


と先ほどのOLのお姉さんが、笑いながら、エビフライをひとつ差し出すと、他のお姉さんたちも、揚げ物を差し出した。


豪田さんは、チリンと、鉦をひとつならすと、深々とお辞儀をして次のテーブルに行く。


ひとまわりすることには、山盛りのおかずが集まっていた。豪田さんは、また戻ってくると、最後に僕の隣に座った。


「君、女難の相が出ているぞ、愚僧に、その白米を寄進しなさい。」笑い声が広がる。


僕は、山盛りにお変わりをすると、その大部分を豪田さんに差し出した。


豪田さんは、鉦をチリンとならすと、お辞儀をして、それから、猛烈な勢いで食べ始めた。


さすがに、ペアレントさんは、苦笑いしていたが、誰も笑うだけで、迷惑そうな顔はしてなったので黙認された。


それで夕食前に、自己紹介を兼ねて、ミーティングまがいのことをやっていたのか。


いきなり、夕食を恵んでくれ、じゃ、いやな顔されても不思議じゃないもの。


僕は、豪田さんの根回しのうまさに感心した。


夕食後に、恒例のミーティングが始まった。豪田さんの自己紹介は傑作だった。


今度は、三度笠に見立てた洗面器を小粋に持ち上げると、良く通る声の独特の節回しで、


「あたくし、生国は、忘れましてぇ、自転車旅が日々のすみかのぉ、日本一周中の渡り熊、

人呼んで、ワッパ熊さんこと、豪田浩と申します。そこのお姉さん、ゴリラじゃないよ、

熊さんだからね。(笑い)


さて、あっしが旅に出たときは、つらい浮世のこの裏町で、春爛漫の桜も見納めに、故郷をひとり飛び出して、はや、四月。ここで皆様とお目にかかれるとぉは、お釈迦様でも、ご存じない。まっこと、得難い、えにしにござんす。これを機会に、またどこぞでお目にとまったときには、めしのひとつも、じゃあなかった、(笑い)熊さん、元気かねと、覚えておいてくだされば、これに勝る喜びはありやせん。見苦しき面体お見知りおかれまして、向後万端引き立って宜しくお頼もうします!」


と、盛大な拍手ですっかり人気者になってしまっていた。続いて、僕の番だった。


「萩原と申します。僕は、東京の国立から自転車で来ました。僕の家から、遠くの山々が良く見えます」


ここで、皆の顔を見渡して、反応を見た。皆黙って聞いてくれていた。


「いつも、山の向こうに何があるのだろうと、思っていました。そして、山の向こうを、自分の力で見てみたくなりました。こんな僕の思いを、いろんな人に助けてもらって、今ここに、皆さんとごいっしょすることができました。これから、いくつかの山々を越えて、その果ての日本海を自分の目で見たいと思います!」


「素敵!」「かっこいいぞ」これも大拍手だった。僕が、おおいに恥ずかしがっていると、

「もう、可愛いんだから、後で、お姉さんにもっと詳しく自己紹介するのよ。」


という声とともに、暖かい笑い声が広がった。


それからは、自己紹介を兼ねた、かくし芸大会の様相を来してきた。簡単な手品をする人、

歌を歌う人、尻文字で自分の名前を披露する人(あのOLのお姉さん。ちっと目のやり場に困ったが・・)。

そして、ペアレントさんのギターに合わせて、「あのすばらしい愛をもう一度」、とか、「戦争を知らない子供たち」、などのフォークソングを歌った。


豪田さんが、洗面器を今度は、パーカッション替わりにたたいて、拍子をとった。

いつの間にか、お姉さんが僕の隣に来て、「いっしょに歌おう!」と、応援歌よろしく肩を組んで歌った。


女性と肩を寄せ合ったことなどない、少年としては、どうしても意識してしまう。


ただ、お姉さんの肩は、意外なほどたくましかった。


最後に、「今日の日をさようなら」、を歌った時、お姉さんが、僕の肩にほほを寄せてきた。


女性にそんなことをされたことのない少年としては、それだけで、心臓が苦しくなってしまった。


豪田さんも、さすがに、しぶいバリトンでまじめに歌っていた。


あの夏の夜の、初めて泊まったユースホステルの歌声を、僕は、今でも覚えている。


ミーティングが終わって、部屋に戻る時に、お姉さんが、「あした何時に出発するの?」と聞いてきた。


「できるだけ距離を稼がなければならないので、朝食抜きで出るつもりです」と答えると、

「そうなの。」と少し残念そうに言った

。

豪田さんが、また托鉢僧よろしく、「六根清浄、六根清浄・・・」と唱えながら、僕の手を引いていったので、「このニセ坊主、あっちへいけ!」とお姉さんに睨まれてしまった。


部屋に戻ると、豪田さんは、「いやー、ほんとに、女難の相だったなぁ」と笑っていた。


「少年、わしは先に寝るぞ。明日、もし起きていなかったら、起こしてくれ。旅は道ずれ、だぞ」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「ああ、久しぶりの蒲団じゃ。極楽、極楽・・・・」とベッドを軋ませ、カーテンを閉めると、ほどなく、寝息が聞こえてきた。


僕は、しばらく、他の人と話をしていたが、まだ9時を回ったくらいで、とても寝られそうになかった。


少し、ハヤブサで走ってくるか、と思い、エントランスに出ると、バックパッカーの女性陣がちょうど、花火を始めたところだった。


「あら、いいところに来たわね。いっしょに花火やろうよ。」また、お姉さんに誘われた。


断るのも、悪い気がして、僕は、花火の輪に加わった。


盆地の夏の夜は蒸し暑かった。


でも、僕の息苦しさは、熱帯夜のせいだけではなかったのかもしれない。


「皆さん、大学のクラブですか?」


「ええつ、明和大のワンダーフォーゲル部よ。私は、OGだけど、富士山に登った帰り」


「萩原君だっけ、あなた、もしかして、文久ボーイかしら。付属中でしょ。そんな感じがする」


「いや、普通の公立です。文久大の自転車部の人達には教えてもらっていますが」僕は、正直に言った。


しばらく、皆でロケット花火や派手な花火で騒いだあと、残った線香花火を皆で一本ずつもって、誰が最後まで火を持たせられるか競争した。


「線香花火ってなんか、かなしいよね。」僕の隣のあの一番年上のお姉さんがつぶやいた。


「あなた好きなコいる?」と思わせぶりに僕を見つめた。


「えっ?・・・いませんけど」僕は、ドギマギしてかろうじて答えた。


「そう、人の思いって変わっていくものなの、悲しいけど・・・」


大人になるっていろいろあるんだな、と思わせるつぶやきだった。


線香花火の淡い光が、お姉さんの横顔を照らした。なぜかとても疲れた横顔だった。


「ああ、なんか飲みたいわ。でもユースはお酒ダメだからね」


「温泉街にいけば、いくらでも飲めるんじゃないの。萩原君もいっしょにいく?」


「まだ、ガキなので、ジュースくらいしか飲めません。それに、明日早いので」


「ひとつだけ聞いていい?」先ほどのお姉さんが真剣な顔をして言った。


「なんでしょうか」


「海を見るだけなの?そのためだけに日本を横断するんじゃないでしょ」


「友だちに会いに行くんです。でも一番の理由は、自分の力だけで、日本海を見ることを、自分で決めたからです」


「自分で決めたから・・・かぁ」


お姉さんの顔が、ぱあっと明るくなった。


「やっぱり君、男前だね。がんばってね」


「ありがとうございます」


「おやすみなさい」


お姉さん達は、手を振ったり、中には、投げキッスまでして、部屋に、戻っていった。


部屋に戻って、ベッドに横になったが、なかなか寝付けなかった。


思わず、フロントバッグから、沙紀ちゃんの写真を取り出して、そっと眺めた。


「会いに行くからね。ほんとうに・・・」


千佳子や、伸二の顔が浮かんでは消えた。


出発までのいろいろな出来事も。


そうしているうちに、今日一日の心地よい疲れが襲ってきて、僕は、深い眠りに落ちていった。


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