第14話
部屋に戻ると、豪田さんはいなかった。
まだ、夕食には時間があったが、今日は、もう力をセーブして、ベッドに寝転がって、明日のコース検討をすることにした。
明日は、いけるところまで行って、野宿することに決めていた。
旅の最後の宿泊となる3日目は、父の知り合い南小谷村のヒュッテに泊まることになっていた。
南小谷村から日本海までは、50km程度だ。その大半は、峠の下りだ。
普通に走っても2時間あれば、糸魚川沿いに日本海まで行ける。
糸魚川から、いまいが浜町までは、20kmもない。
ヒュッテでゆっくり朝食を食べてから出発しても、日が高いうちに、いまいが町に入ることができる。
あまり、疲れ切った姿で沙紀ちゃんに会いたくなかった。
それだけに、2日目でどれだけ距離がかせげるかだ。
なんとか、諏訪湖を越えて、松本まで行きたい。
それでも、富士見峠、塩尻峠と、難関の峠が二つもある。
野宿は、矢上さんは、もちろんのこと、意外と坂本さんにも反対された。
まず寝られないし、疲れを翌日に持ち越すという理由だった。それに中学生だと補導されかねない。
フロントに行くと、ちょうど、大学生らしい男女のバックパッカーの人達がチェックインするところだった。こんにちは。
誰もが、親しげに挨拶を交わし合う。
「サイクリングですか。」
「ええ。」レーサージャージに、レーサーパンツ姿では、サイクリストだと宣伝しているようなものだ。
夕食までの時間を利用して、ハヤブサの整備をすることにした。
エントランスのあまり目立つところでやるわけにいかないので、隅で目立たないように、チェーンに油をさしたり、ホイールの触れを確認したりしていると、来る人、来る人に、
「綺麗な自転車ですね」とか、「外国製ですか?」とか、「かっこいいですね!」とほめられた。
ハヤブサの整備を終えて、食堂を覗くと、もう豪田さんを中心にして、人の輪ができていた。
僕が、会釈すると、「よう、サイクリストの友よ。ともに語らんべ」と手招きされた。
先ほど、エントランスでチェックインしていたバックパッカーのグループが会釈した。
「萩原です。日本海まで往復するつもりです」
「高校生ですか?」その中の女子高生らしい人が聞いて来た。
「中学二年です」と僕が言うと、一斉に「ええーっ!」と驚きの声が上がった。
「そう言われれば、可愛い顔してるぅ!」
OLのお姉さんっぽい人に言われて、顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「中学生ですごいわね。聞いたことないわ」
「後でお姉さんに住所と電話番号教えなさいよ」
「えーっ、おホン!少年をからかうのではないぞ」豪田さんが言うと、
「ほんとよ、将来素敵になりそうだから、キープしておくの」
「その頃には、あんたはんは、婆さんじゃろに」と豪田さん。
「あーつ、ヒドイ!そんな年じゃありませんよーっだ!」
お姉さんが、マジで怒ると、笑い声が広がった。
まだ、夕食前なのだが早くもミーティングが始まったかのようだった。
夕食の支度のため、一度、食堂を追い出されると、ベッドがあるだけの部屋に戻る気もしないので、豪田さんと、近所を散歩することにした。
エントランスを出ると、まだあたりは明るかったが、それでも、蝉の声が、ヒグラシのかなかなかなに変わっていた。
豪田さんは、僕のハヤブサに目を止めると、
「こりゃまたずいぶんとしゃれたマシンじゃなぁ。同じ、自転車乗りでも、君はシティーボーイだ。女受けがええはずじゃ。」と妙な感心の仕方をされた。
「豪田さんは、出発してからどのくらいですか?」
「そうじゃなぁ、桜の頃に旅立ったから、もう4か月くらいか。早いもんじゃな」としみじみと言う。
「ずっと、ユースですか、宿泊は」
「そんな金あるわけないわな。2週間に一回泊まれればええほうじゃ」
「ええっ、他は、野宿ですか!」
「あたりまえじゃ。ただで泊まる技は、ちよっとしたもんじゃぞ。少年、君は野宿したことはあるか?」
「野宿どころか、一人で宿泊するのは、今日が初めてです。明日は、宿を確保していないので、野宿になりそうですが」
「どこまで走るつもりだい?」
「最低でも、塩尻峠を越えて、松本くらいまでは、行くつもりです」
「旅は、道連れ、というがな。付き合おうか。どうせ行くあてはなし。諏訪湖を見てから松本に行って、木曽路に抜けるか。君の年で、一人で野宿はいろいろ面倒だぞ」
「えっ、いいんですか、予定を変更しても」
「予定など、はなっからないわな!」
そう言うと、豪田さんは、豪快にがはははっ、と笑った。




