第13話
ユースホステルに到着したのはまだ午後の気配が残る17時前だった。
暗くなるまでに到着すればよいと思っていたので、予定よりもだいぶ早かった。
実は、ひとりで宿泊するのは、初めてだ。
フロントでペアレントさんにお願いすると、玄関ホールに自転車を置かせてもらうことができた。
既に1台、大きなサイドバックを四個つるした、ごついキャンピング車が置かれていた。
さらにリアキャリアにも、リュックサックのような特大のバッグが取り付けられていて、
「日本一周中、ワッパくまさん」と下手な字で大書きされていた。
見るからにスマートで軽そうな我がハヤブサとは、対照的なツーリング車だった。
宿泊者名簿に名前を書き、宿泊料金と、夕食のお金を払って、ユースホステル独特の封筒状のシーツを借りた。
宿泊のみにしようかと思ったが、初日だし、しっかりと食べたかった。
朝は、7時前には出発したかったので、朝食はキャンセルして、弁当を作ってもらうことにした。
甲府の町を少し探索したかったが、洗濯の方が先だ。
フロントバッグとサドルバッグに荷物を収めるために、着替えもぎりぎりの数しかもってきていなかった。
ウィンドブレーカーと下着を除くと、上着を兼ねた半袖のレーサージャージ3枚と、レーサーパンツ2枚、水着を兼ねたサーフトランクス一枚だけだった。
半袖のレーサージャージは、矢上さんのお古、(これはかなり大きめだったが、涼しかった。)、自分で買ったもの、それと陽子さんのプレゼントだった。
色も、ブルー、ブラック、ホワイトの三色で、特に、陽子さんの餞別のホワイトのレーサージャージは、いまいが町に到着した時に着られるように、新品のままとっておいた。
即ち、2枚のレーサージャージとパンツを交互に洗濯していく必要があったのだ。
ユースホステル特有の両脇に2段ベッドの並んだ部屋に入っていくと、既に先客がいた。
熊のような髭面の大男だった。
坂本さんを一回り大きくして、ワイルドにした感じだ。
「こんにちは。」まず自分から挨拶すると、「やあ、君もサイクリストだな。」と大男が言った。
「萩原貴志と言います。よろしくお願します」
「豪田浩、ワッパ熊さんと呼んでくれ。日本一周中だ」
僕は、2段ベッドの上に、自分のフロントバッグとサドルバックとシーツを置くと、
「表のキャンピング車は、豪田さんのですね。アルプスのローバーですか」
「君は、詳しそうだな。近所の自転車屋で適当に調達したヤツだ。今度の旅のためにね」
「日本一周とはすごいですね」
「すべてがいいやなってね。高校を中途で止めて、飛び出してきた。目的地は定めていない」
えっ、この人意外に若いのかも・・と思っていると、
「君は、どこまで行くのかな」
「日本海まで走ります。友だちに会いに行きます」
「目的のある旅か。いいなぁ」
「日本一周ほど、大きな目的ではないですよ」
豪田さんは、何か言いたげだったが、早く風呂に入って、洗濯をしたかったので、
「もう、風呂に入りましたか?」と聞いてみた。
「ああ、一番風呂だ。廊下の端を下ったところだ。温泉だぜ」
「じゃあ、入らせてもらいます」
僕は、まだ話し足りなさそうな豪田さんを後に、風呂場に向かった。
まだ、時間が早いせいもあってか、先客はいなかった。
さすがに有名な温泉地だけあって、ほんとうの温泉だった。
僕は、大きな浴槽にひとりつかると、めいっぱい手足を伸ばした。
まだ夕方には間がある夏の午後の日差しが浴槽にキラキラと反射していた。
あまり、疲れは感じていなかったが、温泉につかっていると、今日一日の疲れが溶けていくような気がした。
初日ということもあり、緊張していたのだろう。
まだまだ、旅は始まったばかりだ。




