第12話
大月を過ぎたあたりで、峠を上っていると、急に空が曇ってきた。
夕立がきそうだ。
革サドルは、雨に弱い。
一旦川沿いのガードレールに、ハヤブサを止めると、ビニールのサドルカバーを革サドルに被せた。
案の定、見る見る空が暗くなり、雷が鳴りだした。
僕は、全力で峠を上りきると、頂上近くの隧道にあわてて逃げ込んだ。
タッチの差で大粒の雨が降り出した。人気のない峠の隧道の端で、降りしきる雨をひとり眺めた。
「だいぶ遠くに来たね。なぁ、相棒・・・」隧道の中で、一緒に佇む、傍らのハヤブサに語りかける。
隧道の縁から滴り落ちる、雨だれのリズムに合わせて、大好きなアメリカの歌、「500 miles」を口ずさんでいた。
「帰って来るのを待っているから。一緒にプール行くの約束だよ!」
なぜか、千佳子を思い出した。
思わず、フロントバッグの左のポケットに入れた子猫のマスコットを取り出す。
そういえば、あいつ、なんか猫っぽいよな。
「帰るところがあるから旅なんだ」坂本さんの髭面の笑顔が浮かんだ。
僕が本当に帰るところは、どこなんだろう。
たぶん、これから自分で作り出さないとダメなんじゃないかな。そんな気がした。
夏の熱気を冷ますように、夕立が通り過ぎて行く。
僕は、隧道の中から、燃え立つような木々の緑を湿らす雨だれを数えた。
雷の音がだんだん遠くなって行き、雨だれの間隔が、長くなって来た。
いつの間にか西の空が明るくなっていた。
蝉たちの合唱が再開され、刺すような夏の午後の日ざしがまた戻ってきた。
夕立が終わったんだ。
「さあ、ハヤブサ、出発だ!」僕は、ハヤブサのハンドルを撫でた。
隧道を抜けると、もうすっかり雨は上がっていた。
後は、下るばかりだ。
僕は、ギアを、シフトアップすると、焼けるような夏の午後の西日を受けて、甲府の町を目指して一直線に下っていった。




