第8話 フェリエ・ミレイユ・エルミリア
『——フェリエさま! まだそれは早すぎます!』
「え? だって、このシーンからエルザちゃんとウィルは禁断の恋に落ちていったんじゃない!?」
『でも、それは物語の中盤以降ですよ! 最初の頃は何気に手が触れ合うくらいで“モンモン”と“ムラムラ”を溜めていくんです!』
「……序盤を読んでると、私、“モンモン”が溜まっちゃうのぉ……そんなことより一足飛びに! 脚に接吻させて、頬ずりさせて、そのあと踏みつければ、男なんてイチコロだって、エルザちゃん言ってたじゃない!」
「いや、なんの話!?」
とりあえず、思いっきりツッコんでみた。二人の会話(目の前には一人だけど)にまったくついていけない……
「あん、もうちょっと。ルミス、そんなあどけない、かわいい表情で見上げないで……その顔、踏みつけたくなっちゃう……」
「いや、聖女さま!?」
『フ、フェリエ様! いったん落ち着きましょう! 話が全く進んでません!』
「そ、そうね――【聖浄化】」
清らかな光が俺とフェリエを包んだ。なんだろう、すごく気持ちいい。
「これは、身体の穢れを落とし、心身の疲労を癒やす魔法です。さあ、ベッドに腰掛けて、続きを話しましょう」
『ベッドはやめましょう。また疲れる展開になりそうです……』
「そ、そうね……」
俺たちはまた椅子に向かい合わせで腰かけた。
「さて、どこまで話したかしら……」
「あの、まだ名前くらいしか聞いてませんけど」
「あ、え、そうね。えーっと」
ポリポリと頬を掻く、少しおどけた表情は歳相応の少女に見えて、とてもかわいかった。
ただ、まぁ聞いた内容はリヴィアと同じく、いや、それ以上に信じられない話だったが……
聖ヴァルシア王国。このロマリア帝国の北には、小国家群が存在していた。そこが100年ほど前、連邦国家を樹立した。帝国民は『北方諸国連合』なんて呼んでいたが、正式には確か『ヴァルシア共和国連邦』。その中心となったのが聖ヴァルシア王国だ。
フェリエは幼い頃より神聖魔法の使い手として、聖ヴァルシア王国のエルウェ教神殿で女神様に仕えていた。そして、10歳の頃に女神エルウェの神託を受けて、聖ヴァルシア王国の『国王選定の儀』に立ち会ったという。それ以降、正式に聖ヴァルシア王国の聖女と呼ばれるようになったとか。
「あ、北方諸国連合の聖女様って、『黎明の聖女』……さま?」
「ええ、そう呼ばれたこともあります」
詳しくは知らないが、北方諸国の迷宮の一つが開放され、魔物が溢れ出る『迷宮開放』が起こり、近くの街が魔物の波にのまれかけた。だが、ちょうどそこに居合わせた聖女様が街に【高位聖魔結界】を張り、一昼夜、その街を守ったという。
真夜中にようやく王国軍が到着し、明け方にかけて魔物を討伐したのだが、結界を張りながら負傷した兵士を治療しつづけ、魔物討伐が終わった時、黎明の空を背景に城壁に立つ美しき聖女様を見て、人々は涙を流したのだという。
そしてその聖女様は、人々の希望の夜明けを意味する、『黎明の聖女』と呼ばれるようになったそうな……って、ギルメスさんが、さも見てきたように得意げに話していたな。そんなすごい聖女様が、なぜおれの目の前に……?
「でも、そう呼ばれることは私にとって、とても大きな重圧でした。当時15歳だった私は、もっと人々の癒しにならなければと、自分を追い込んでいきました。そして気づけば、私はもう手の施しようがないくらい自分の病魔が進行していたのです……」
「……聖女様でも病気にかかるのですか?」
「おかしな話ですよね。人々の病を治しながら、自分の病には全く気付かないなんて……」
「いえ、立派な御意思が聖女様にあったからこそだと思います。それで、どうやってご自身の病を治されたのですか? やはり女神様の奇跡が?」
「いえ、一回死んで……」
「なるほど、一回死んで……一回……死んで!?」
なんで二人とも死んでるの!? どういうこと!?
ツカ、ツカ……フェリエ様は俺に歩み寄ると、俺の肩をがっちり掴み、正面から俺を見据えて、一切感情の見えない表情で俺に言った。こ、このパターン……
「そう、私は——死んだのです!」
「うひぃぃ~!」
「いやん、かわいい! ルミスの怯える表情かわいい!!」
今度は容赦なくフェリエ様に抱きつかれ、もみくちゃにされた。いい匂いが……
あと、超絶美形のお顔から一切の表情が抜け落ちるって、思ってるよりずっと怖いから!
『ず、ずるい! 私より触りまくってるじゃないですか!』
「いいじゃない、私二番煎じなんだから~」
フェリエ様に抱きしめられて、ものすごく気持ちいいし、嬉しいのだけれど……
「あ、あの。肝心の部分が全くわからないのですが……一度お亡くなりになって? そして、どうして聖女様が逃げるようにしてこちらへ……?」
「あ、ええ。そうでしたね」
フェリエは俺をまさぐる手を止めて、名残惜しそうに椅子に座り直した。
「ごめんね、ルミス。ちょっと私たち、上手くいき過ぎて、舞い上がっちゃったの。だって、ようやく私とリヴィアの物語が始まったんだもの」
もうなんて表現していいのかわからない。とにかくきれいで、美しくて、かわいくて……零れるような微笑みをフェリエ様は浮かべた。
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