第7話 リヴィア・セレスティ・サンクレイド
「え、ええ。その、どこから話しましょうか……」
『ねえ、リヴィア。その前にその方のお名前を……』
「そ、そうだ、我が君。あなたのお名前を教えていただけまいか」
そうだった……まだ、名乗ってすらいなかった。
「あ、そうでしたね。俺の名前は『ルミサリス・リミナ・ヴァイス』、周りからはルミスって呼ばれてます。このバルサドの街所属のE級冒険者で、年齢は15歳。冒険者になって、まだ1年も経っていない駆け出しの冒険者です」
「ルミサリス……ルミス……きれいな響きだ」
『ええ、見た目にとても合う美しい響きですわ』
また、頭に直接響いてくる声。でも不快ではなく、とても美しくて聞き惚れてしまう声だ。
「……あと、この頭に直接響いてくる声は?」
「はい、声の主は……いや、そういえば私もまだ正式に我が君に名乗っておりませんでしたな」
確かに、名乗ったのはグルシオに対してだった。そう思っているとリヴィアさんは俺の前に片膝をついて、俺の左手の甲を自分の額に当てた。ロマリア帝国の国教であるエルウェ教において、最大の敬意と信頼を表す姿勢だ。
「我が名は『リヴィア・セレスティ・サンクレイド』。かつてソルベンヌ公国で聖騎士に名を連ねておりました」
そう名乗ったリヴィアさんは、淡金の髪と紫紺の瞳を持ち、凛とした面差しとしなやかな肢体が微かな妖艶さも醸し出す、美しき少女だ。俺より二、三歳は年上だろうか。少女から大人へと変わりゆく、その刹那的な美しさが静かに漂っている。
「ソルベンヌ公国……確か、北方諸国連合の……先の内戦で滅亡した国でしたね……」
「はい。力及ばず……口惜しい限りですが……私もソルベンヌ城攻防戦で矢尽き刃折れ……」
「ああ、それで何とか落ち延び……」
「討ち死にと相なりました……」
「ああ、そうでしたか。討ち死に…………討ち……死にって!」
いや、そんな儚げに微笑まないで! 思わず抱きしめたくなっちゃうじゃないか! ただ、言ってる内容が怖すぎて実行できない!
「えっ? えーっと、じょ、冗談……ですか? す、すみません、うまい返しができなくて……」
「いえ、まぁ、そんな反応になりますよね。あはは……でも冗談ではなく、私は……」
リヴィアは俺の肩をがっちり掴むと、正面から俺を見据えて、一切感情の見えない表情で俺に言った。
「——死んだのです!」
「うひぃぃ~!」
『いやん、かわいい! ルミスの怯える表情かわいい!!』
頭の中に響く声が、違う意味で怖い!
「あはは。でもご安心ください、我が君。私は女神さまに救われたのです。アンデッドやレイスの類いではありません」
「女神さまに……?」
「………………はい」
「リヴィアさん?」
「……はぁはぁ」
「リヴィアさん? 大丈夫? ——イタッ、痛いよ、リヴィアさん」
俺の肩を掴むリヴィアさんの手に、だんだんと力が入ってくる。
「す、すみません。い、いや、我が君は華奢に見えても、きちんと筋肉は付いているのだと感心してしまって」
リヴィアさんは名残惜しそうに、俺を解放してくれた……なぜか、俺の胸板を“なでなで”した後で。
『リヴィアばっかり、お触りズルい!』
「こ、これは筋肉の付き方を!」
『顔、ニヤけてるじゃない!』
「……うぐ」
いや、お触り……ってか、話逸れまくってるから。
まぁ、聞いたところで、よくわからない話だった。
リヴィアさんはソルベンヌ城で殿を務め、主君が落ち延びるための時間を稼いだが、敵の先陣を討ち果たしたところで力尽きた。そして死ぬ間際、女神の声を聞いたのだという。
エルウェ教で言うところの【次の世代】へ魂の転生、『転魂』をする前に【現の世代】、つまり今の時代で転魂し、神聖魔法を極めるよう言われたとのこと。
「そして私は、気づいた時には、この神々しいまでに美しい御体で目を覚ましたのです」
「そ、そうなんですか……」
そうなんですね……そうなんですか? いやもう、全然わかんない! そもそも熱心なエルウェ教信者ではない俺は、人が持つ魂は不変で、その魂は繰り返し生まれ変わるという、『転魂』と呼ばれる教義が、いまいちよく分かっていない。いや、帝国の大半の人も、俺と大して変わらないはずだ。
だが実際、俺はこの不可思議な出来事に出会ってしまった。
「では、この頭に直接話しかけてくる……あなたは誰なのですか?」
『うふふ……私ですか?』
「では、ご紹介しましょう。このお方が、我が魂の主…………」
リヴィアは立ち上がり、俺に深く頭を下げた。するとリヴィアの身体が、脈打つ翠緑の光に包まれた。そして光が収まると、そこに顔を上げて立っていたのは、
「最初に出会った時の……あなたは、聖女様なのですか……?」
「直接話すのは初めてですね。初めまして、ルミス。私は『フェリエ・ミレイユ・エルミリア』。先の内戦で滅ぼされた聖ヴェルシア王国で、聖女の任を賜っていました」
そう言って目の前に立つ少女は、森で最初に出会った少女だった……だが、違う。あの時とは何かが違うんだ。内面の輝きというか、オーラというか、神威の質というか……とにかく、美しい……これは人としての美しさを超えていると言っても……
薄蒼の髪が光を透かして揺れるたび、胸がわずかに震える。翡翠の瞳は澄んだ泉のように俺を映し、そのしなやかな立ち姿に思わず息を呑む。零れるような微笑みは、ほんの一瞬で心の奥まで温かく満たしてくれるほど美しかった。
その神威に、俺は自然と片膝をつき、頭を垂れた。
「聖女様……」
かすかな布ずれの音を聞き、視線を上げると……
「ルミス……さあ、我が脚に接吻と頬ずりを……はぁはぁ……」
フェリエ様は、なぜか上質なサンダルに包まれた、白くて美しい脚を俺の顔の前に突き出していた。
「……………………は?」
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