第40話 白紋の災厄
「うわっ! ――【空間摩擦】!」
俺はみんなの周囲に【空間魔法】を展開する。周囲が重く澱んだように歪み、落下する身体に、見えない抵抗が絡みつく。そして、落下の速度が多少削がれていった。
「ルミス、私は大丈夫!」
幻氷聖狐の姿になっていたリルは、軽やかに空中を駆けていた。
「あとは衝撃波でも下に向けて放とうか? ルミス?」
リヴィアが空中で冷静に話しかけてきた。落下速度は落ちたとはいえ、まだこのままでは怪我は免れないというのに、さすがだな。
「いや、大丈夫! ――【空間緩衝】!」
地面に向けて見えない空気の膜を幾重にも重ねて展開させる。最初は高所から湖面へ叩きつけられたような衝撃を受けるが、徐々にその衝撃は空気の膜に吸収されていき……俺たちは鈍い音を立てて地面に着地した。
「――っ! 【神盾庇護】!」
着地すると同時にリヴィアが光の盾を大きく展開させる。
――ドゴンッ、ドガッ!
人を完全に押しつぶせるほどの巨岩を二発、光の盾で防いでくれた!
「なんだ!? ――なっ!?」
俺たちの前には、三、四メートルはあろうかという岩の巨人が立っていた……いや、ところどころ鈍い光沢を放っている。鉄……か?
『……魔鉄鋼機兵。古代レイム王国で造られていたゴーレム……』
「……魔鉄鋼機兵? ゴーレムなの? なんでそんなものがこの渓谷に……」
「魔鉄鋼機兵……A級相当の強さがあると聞いたことがあります。ただ、この個体は……それ以上に感じます」
『ええ……通常の魔鉄鋼機兵は、魔晶石を動力源として動くわ。でも、さっき私が感じた力は、白輝石などに込められた“魔素”とは明らかに違っていた。——おそらく、“魂力”。だとすれば、あの個体に埋め込まれているのは魔晶石ではなく……“魂紋晶”。……相当、厄介よ。
まずはルミスの護りを固める。――【聖域纏装】』
フェリエが俺の周りに不可視の聖域を展開してくれる。
『気を付けて、ルミス。魂力で動く個体であれば、通常の魔鉄鋼機兵とは比べ物にならない。A級相当では済まない強さかもしれない。リヴィア、リル、基本はあなたたちに任せるわ』
「承知!」
「うん!」
「…………」
『そんな顔しないで……ルミス』
「ごめん……分かってるよ。俺は支援に回って、死なないように立ち回るよ!」
しまった、フェリエに変な気を使わせてしまった。A級以上を相手に、俺ができる事なんて限られているんだ。
しかし、こいつはおそらく……
「……白紋の災厄」
「なんだ? それは?」
「十数年前にも一度、この白紋の渓谷で大きな地震があって、当時、そこにいた相当な数の冒険者が全滅したという事件があったらしいんだ。しかし、冒険者がただの地震で、一人残らず死ぬなんてことは、あまり考えられない。しかも皆、何かに潰されたような無残な死体だったって……落石がなかった場所でもね」
「なるほど、コイツが原因だと……?」
「さあ……分からないけど、そう考える方が……っ!」
この巨大な図体からは想像もできない速さで、拳を繰り出してくる。大きく飛んで躱すが、地面を抉った衝撃で削られた岩石がいくつも飛んでくる。
リヴィアは【神盾庇護】で、リルは氷壁で防ぐ。大盾は――しまった、もう使い物にならない……!
――ガンッ、ガンッ!
フェリエの聖域が俺を護ってくれた。それでもその衝撃で吹き飛ばされ、地面に転がる。
「ルミス!」
「……大丈夫!」
俺は起き上がりざまに【氷斬波】を放つが、表面の岩石を削っただけで、ダメージを与えられた様子はない。
「よくもルミスをー!」
幻氷聖狐の姿となったリルが空中で四肢を踏ん張り、白い吐息とともに幾重の氷礫を宙に編み上げる。次の瞬間、それらは光の尾を引きながら連続して放たれ、魔鉄鋼機兵の岩や装甲を叩き、削り取る。
最後に――影を落とすほど巨大な氷塊が落下し、轟音とともに魔鉄鋼機兵を押し潰した。
「……す、すごい……え?」
巨大な氷塊に押し潰され、手足を歪に折り曲げた魔鉄鋼機兵は、もはや沈黙した――そう思った瞬間だった。
その胸奥で魂紋晶が蒼白く脈打つのが見えた。ギギギ……と嫌な音を立てながら、砕けた四肢が巻き戻されるように修復されていく。そして、魔鉄鋼機兵は四つん這いの姿勢になり、こちらを“見た”。
「――まずい! リル、ルミスのもとへ!」
「わかった!」
次いで口部装甲が軋みを上げて開き、ガァァ――ッ!! という咆哮と同時に、灼熱の爆炎が渦を巻いて突き出され、一直線に俺たちへと迫ってきた。
『――【聖域展開】!』
「――【神盾庇護】!」
二重の絶対防御が爆炎の渦から俺たちを守ってくれる。
「今度こそー!」
炎の渦が収まると同時に、リルが空中を蹴って駆け出した。次の瞬間、彼女の前方に冷気が凝縮し、巨大な氷の槍が形を成す。
「くらえー! 【幻氷の巨槍】!」
放たれた氷槍は、四つん這いのままの魔鉄鋼機兵へ一直線に突き進む。
――ガキィンッ!
機兵は起き上がりざま、左腕を横なぎに振るって迎え撃った。
一瞬、防がれたかに見えた――が、次の瞬間には肘の先から左腕が断ち切られ、重い音を立てて地面へと落ちる。
怒りに震えるように、魔鉄鋼機兵は残った右手で地面を叩きつけた。
その衝撃に呼応するかのように、大地が隆起し、巨大な土の槍となってリルへ向かって射出される。
「きゃあー!」
リルは土槍をかろうじて躱したものの、巻き起こった衝撃波に弾かれ、空中で体勢を崩したまま地面へと落ちていく。
「我が君はリルを!」
「わかった!」
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