第41話 白紋の厄災2
「――【空間摩擦】!」
気を失ったまま空中を落下していたリルの身体に、見えない抵抗を絡みつかせ、その速度を強引に削いでいく。
「――【空間緩衝】!」
さらにその下へ、空気の膜を幾重にも重ねて展開する。
落下の勢いは段階的に削がれ、地面へ叩きつけられるはずの衝撃も、その膜が受け止めてくれる。このまま地面に落ちても、怪我はしないはずだ。
だが、それでも――間に合えっ!
魔闘気を最大限に展開し、速度を上げる。
「リルッ!」
何とか空中でリルを抱きかかえ、地面にうまく着地できた。
「ううん……はっ、ルミス!」
リルは一瞬で人間の姿になると、俺に抱きついてきた。
「ありがとう! ルミス!」
「よかった、リル」
「大好き、私の旦那さま!」
リルは数秒だけ俺に唇を重ねると、再び幻氷聖狐の姿になり、駆け出して行った。
「うおぉ~! げんき百倍だぁー!」
「か、かわいい……はっ! 俺も支援を!」
◇
魔鉄鋼機兵は、肘から先を断たれた左腕を右手で拾い、そのまま切断面へと押しつけた。すると、胸部の魂紋晶が、先ほどと同じく蒼白い脈動を放ち始める。
「やらせん!――【聖剣技・聖断ち】!」
リヴィアの放った白輝の斬撃が、再び奴の左肘から先を断ち切った。
「ギギーー!」
奴は悲鳴じみた不快な駆動音を撒き散らしながら、左脚を高々と持ち上げ、リヴィアを踏み潰そうとする。
「――〈落とし穴〉!」
俺は奴の軸足の足元を空間魔法で穿ち、地面に大きな穴を開ける。とはいえ、あの巨体では、足がわずかに沈む程度にしかならない。
だが、それで十分! 軸をずらされた魔鉄鋼機兵の体勢が、目に見えて崩れる。
そこへ、リルの元気な声が響いた。
「――【幻氷の大礫】!」
巨大な氷礫が魔鉄鋼機兵の胸部を穿ち、奴はそのまま後ろに倒れ込んだ。
『リヴィア! 奴の胸部を――『魂紋晶』を狙って!』
「承知!」
リヴィアは剣を静かに天へ掲げる。
「――【裁きの聖剣】…………」
次の瞬間、魔鉄鋼機兵の頭上に、眩い光をまとった大剣が現れた。断罪の意志を宿したようなその刃は、標的を見下ろすように空に浮かんでいた。
一瞬、戦闘中であることも忘れ、俺は神話の一頁を思わせるその光景に、ただ息を呑んだ。
「――【聖断】!」
光り輝く大剣は、魔鉄鋼機兵の胸へ音もなく吸い込まれていった。
――バリンッ!
巨大な水晶が砕けるような音が響き、起き上がりかけていた魔鉄鋼機兵の動きが止まる。そして次の瞬間、巨体はそのまま大きな音を立てて地に崩れ落ちた。
「……やったのか? す、すごい……リヴィア……」
「リヴィアさま! すごーい! すごーい!!」
さすがに疲れた様子のリヴィアが、力ない笑みをこちらに向ける。
「はは、ここまでの威力……さすがにフェリエ様のお力なしには――」
そのときだった。
ふと視界の端で、青藍の光が揺らめいた。見れば、さっき切断されたはずの魔鉄鋼機兵の左腕が、宙に浮かび上がっている。
「――なっ!? リヴィア!」
次の瞬間、その左腕が意思があるかのようにリヴィアを殴りつけた。リヴィアの身体は小石みたいに吹き飛ばされ、そのまま壁面へ激突した。
――鈍い衝突音が渓谷に響き渡る。
「リヴィア!」
「リヴィアさまっ!」
……リヴィアが、吹き飛ばされた? あの圧倒的な強さを誇るリヴィアが――?
あり得ない光景に、俺は一瞬、思考が止まった。
「――【幻氷聖壁】!」
いつの間にかリルが俺の前へ飛び出し、分厚い氷壁で襲いかかってきた左腕を受け止める。だが、左腕は青藍の光をまとったまま、高速で何度も氷壁を打ちつけてきた。
「……ふ、防ぎきれない! ルミス、にげて――きゃぁ!」
「ぐわっ!」
氷壁はついに砕け、俺たちもそのまま吹き飛ばされた。俺は壁面に叩きつけられたが、フェリエの【聖域纏装】のおかげで、衝撃はかなり抑えられている。
それでも……くっ、すぐには立てない……
「よくもルミスをー! 【幻氷咆】!」
リルも吹き飛ばされたはずなのに、よろめきながらも俺の前へ立ちはだかり、守るように【幻氷咆】を放つ。白い冷気の奔流に呑まれ、宙に浮かぶ左腕は凍りついたかに見えた。だが、動きがわずかに鈍るだけで、地に落ちることすらない。
「……うう、砕けない! なんでぇ! 砕けろ、砕けろぉ!」
リルが半ば泣き叫ぶように、何度も【幻氷咆】を撃ち放つ。
その小さな背の向こうで、淡い翠緑の光をまといながら、魔鉄鋼機兵の巨体がゆっくりと起き上がってくるのが見えた。
「ルミスー、逃げて! おねがいー! 私じゃ……勝てない……」
泣きながら叫ぶリルの声が、俺の耳朶を打つ。
「……リル……」
俺は……また、守られるだけなのか……また、みんなを犠牲にして――
次の瞬間、宙に浮かんでいた左腕は、眩い光に呑まれて跡形もなく消し去った。光が放たれたのは、リヴィアが吹き飛ばされたはずの方向――。
だが、そこに立っていたのはリヴィアではない。淡い翠緑の輝きを纏った、フェリエだった。
「……フェリエ?」
「フェリエさま! すごい!」
フェリエはすぐさまこちらへ駆け寄ってくると、周囲に聖域を展開し、俺へ回復魔法をかけてくれた。
「ありがとう、フェリエ。でも……リヴィアは?」
「大丈夫よ。少し眠っているだけ」
「眠ってる……?」
「ええ。多分……魂力をだいぶ奴に奪われたみたい……しばらくは《《おもて》》に出ることはできないと思う……」
「こ、魂力を奪われた!? え、ど、どうなるの? リヴィアは!?」
「大丈夫よ、魂力は自然に回復するものだから。ただ、自然にしか回復しない。体力や魔素のように、私が回復してあげることはできないの」
フェリエは静かに振り返り、魔鉄鋼機兵の姿を見定めた。
――馬鹿な。
たった今、フェリエが消滅させたはずの左腕が、奴の本体に再生されている……
「お願い、ルミス。――逃げて」
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