第30話 誓約の魔紙
グレンさんが『誓約の魔紙』に書かれた契約の内容を読み上げる。
「契約内容に間違いはないな?」
「ああ? いちいちそんなの覚えちゃいねぇが……まぁそんな感じだったんじゃないか?」
「そうか、なら……」と、グレンさんは『誓約の魔紙』を掲げる。その項目の一つに、
・契約者の身体を害する行為を禁ず
という条文があり、その文字自体が赤く輝いている。これはこの契約に違反した際の魔紙の反応だ。そして魔紙の一番下の欄に『契約違反』の文字が浮かび上がっていた。
「……だが、俺は『誓約の魔紙』なんぞで契約した覚えはないぞ! そんなのコイツのでっち上げだ!」
「ならば、この魔紙に君の魔素を流してみればいい」
「ああ? なんで俺がそんなこと……」
「違うってんなら、とっとと魔素を流して証明すればいいだろ!」
「それすらしなかったら、もう完全黒じゃん!」
「いいから早く流せよ、おめぇの魔素をよ」
「やんねーなら、みんなでコイツをボコボコにぶん殴って、血を魔紙に吸わせよーぜ!」
「おお、いいね!」「やろうぜ!」「よっしゃー!」
周りの冒険者たちが勝手に盛り上がっていった。
「お、おい、ビルガン……」
「と、とりあえず、魔素だけ流せよ」
ビルガンの仲間たちは、真っ青になってビルガンに言い寄っている。
「……ちっ! まあ、いい。『誓約の魔紙』で契約なんて、俺はやってねぇ……」
ビルガンがグレンさんからひったくるように『誓約の魔紙』を奪う。少しだけ集中し、魔素を『誓約の魔紙』に流すと……
――ウィーン……
見事に『契約違反』の文字が赤く光った。
「……な、なんで?」
重要な商取引などで契約を結ぶ際に用いられるのが、『誓約の魔紙』だ。
魔紙そのものが高価であるため、一般庶民やずさんな冒険者同士の契約では、滅多に使われることはない。
この魔紙で誓約を交わす際には、契約者双方の魔素を流して登録する。魔素を扱えない者の場合は、代わりに少量の血を魔紙に垂らすことで代用される。
こうして誓約が成立すると、契約違反を犯した者が魔素を流した瞬間、『契約違反』の文字が浮かび上がり、違反した項目が赤く光り輝く仕組みになっている。
「おい、ビルガン!」「てめぇ、何やってんだよ!」「どういうことだ!」
ビルガンはお仲間からも追及されている。
「待ってくれ! 俺は魔素なんか流しちゃいない! 血だって……あ、ああっ! まさか、あの時!」
「おお、よく気づいたね。馬鹿だから気づかないかと思った……そうだよ、迷宮内でお前が左腕に怪我を負って、俺に治療させた時さ。血をしっかり取らせてもらったよ」
コイツ、左腕に怪我をして、俺に「ルミス~、舐めて治してくれよ~」なんて、馬鹿面して左手差し出してきやがった、するわけねぇだろ、気持ちわりぃ! ま、その際に血はしっかり魔紙に吸わせてもらった、バレないようにね。
「……け、契約書はギルドに提出するはずだろ!」
「え? ギルドに相談して、俺が預かったんだよ。最初から血を吸わせようと思ってね」
「な、なぁ……!」
「あのさ、そもそも今まで俺が散々断ってきたのに、今回に限ってお前たちと荷物持ち契約を結んだの、不思議に思わなかったの?」
そこでセリスさんが一歩前に出て、説明してくれた。
「ビルガンさん。あなたに迷宮内で不法行為を受けたという報告は、今までもいくつも挙がっています。ただ、迷宮内での出来事は基本、冒険者同士で解決すること。内情がわからないこちらでは裁きようがありません。ですが今回、ルミスさんからの相談もあって話し合った結果、ルミスさんが危険を顧みず、あなたを捕縛するために協力してくれたのです」
「……だ、だましたな、ルミス!」
「えっ! どの口が言ってんの!?」
慌てたビルガンはグレンさんに向き直り、全力で言い訳を始めた。
「こ、これはサブマスに言われてやったことなんだよ! 全部アイツの命令なんだ!」
「……だそうですよ? だとしたら、問題ですね。サブマス」
そういうとグレンさんは後ろを振り返る。少し離れた場所に立っていたのは、醜いブタ……じゃなくて、バルサド支部副支部長のアルノー・デランジュ氏だ。
「――知らん! 私は、そんなやつ知らんぞ! 名前も知らん奴だ!」
「……いや、さすがにそれは無理があるでしょう。あなたがコイツを連れてギルド内や街を歩いている様子を、私も含めて、ここにいるほとんどの者が見ているのですよ?」
「……な、名前は知っている! だが、そいつの言ってることは全部嘘だ!」
な、なんというか……子供でも、もう少しマシな嘘つけるでしょ……周りも再度ざわつき始めた。
「え……マジ?」
「馬鹿だと思ってたけど……ここまで?」
「いや、ちょっと引くわ……」
「ええい、うるさい! 平民どもがぁ!」
出た腹をさらに突き出しながら、ドシドシと歩いて正面扉から出ていこうとするサブマス。途中俺とすれ違いざまに、
「せっかく目をかけてやったのに! 覚えていろよ、ルミス! 後悔させてやるからな!」
「……ということは、今後、俺に何かあったらすべてあなたのせいで、あなたが問答無用で罪に問われるということでよろしいですね? ここにいる全員が証人です」
「ふ、ふ、ふざけるな! そんな無法がまかり通ると思っているのかぁ!」
「……ホント、どの口が言ってんですか?」
フ、フギィー……ヒャハァー……フガァー……と謎の擬音を残し、サブマスことアルノー・デランジュ氏は冒険者ギルドから去って行った。
そしてグレンさんが静かに告げた。
「緊急依頼だ。ビルガン一味を拘束しろ。ギルドへの貢献点を加算してやる」
次の瞬間、「ヒャッハァー!」という歓声が上がり、冒険者たちが一斉に動き出す。そしてビルガンとその仲間たちは、瞬く間に叩き伏せられ、そのまま連行されていった。
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