第25話 みんなで野営
リルを迎えてから5日、俺たちはそのまま『霜牙の丘陵』にて狩りを続けた。街に戻っても良かったが、一族の“力”を引き継いだリルが安定するには時間がかかると、フェリエが判断したからだ。そして、その判断は正しかった――
「今だ! リル!」
「はい! 【幻氷咆】!」
声なき咆哮が放たれ、凍てつく冷気が面となって押し広がる。その中にいた霜狼や雪角兎はすべて氷像と化し、刹那の静止ののち、結晶の群れへと砕け散った。
「……ああ、素材が……」
「こら、リル! 凍らせるだけだと言ったろう! 砕いてはダメ!」
「うわーん、ごめんなさーい!」
俺が切ない声を上げ、リルはリヴィアに怒られる……何度目かの場面。8歳のリルにはまだまだ大きすぎる、“幻氷聖狐一族の力”。
そりゃそうだ。まだ8歳なんだもんな、見かけは神々しい聖獣だけれども……
力を制御しやすいという理由で、リルはいま幻氷聖狐の姿で行動している。それでもなお、現在使っている力を完全には制御できていない。
しかも、フェリエが言うには、その力はまだ、本来の全力ではないという。
「次! また現れたぞ! リル、やれ!」
「はい! 【聖氷爪】!」
何十もの氷の刃が飛び交い、霜狼と霜角鹿が、ほぼ細切れになる……ああ、素材が……
「こらっ! 攻撃をもっと抑えなさい!」
「うわーん、ごめんなさーい! いっぱい出ちゃうよ〜」
「……でも、相手を一撃で仕留めるのはいいことだ。よくできたぞ、リル。おいでご褒美だ」
「わーい、リヴィアさま大好き!」
リルは聖獣の姿のままリヴィアに駆け寄り、おやつをもらっている。
「待て! …………よし!」
「おいしー!」
完全に餌付けされてる! リヴィアは騎士団で従魔のお世話係もしていたそうな……
「ルミスも一緒に食べよーよ! おいでよ〜」
「え、俺は別に……」
『――ルミスも来てっ!』
ふぇ! 急にフェリエが強い口調で命令してきた……なんで?
とりあえずフェリエのもとに向かうと、なぜかフェリエの姿になって待っていた。
「まずは膝立ちになって……はい、ルミス、“あ〜ん”……」
えぇ〜、と思いながらも、膝立ちになり、フェリエを見上げる形のまま、口を開けて待つ。が、なかなか、こない……
「はぁはぁ、いいわ……この絵面……リルも人の姿になって」
「はい!」
俺の隣に美しい女性が現れ、同じく膝立ちのまま口を開けて待つ。
「……いいわ、とてもいいわ……私の指にお菓子の屑が残らないように、綺麗に舐め取るのよ……はい」
両手に干し芋のおやつを持ち、俺とリルの口に入れてくれる……フェリエの指ごと――
「ほいひ〜(おいし〜)」
リルがフェリエの指をおしゃぶりしながら、嬉しそうに顔を緩ませる……な、なんだ、これは……なんのご褒美シーンだ……いや、誰へのご褒美だ!
「ほら、ルミスもお口が止まってるわよ……はぁはぁ」
し、仕方なくだ! これはフェリエに命じられたから、仕方なく……! 仕方なく、俺は一心不乱に……
心の奥底から「いや、命じられたら何でもするんかい!」という声が聞こえた気がしたが……その声は一瞬で消えた。
◇
夜はフェリエの聖域内で野営する。正直、ここほど安全な場所は他にない。リルは戦闘時を除き、人の姿で過ごすようフェリエに言われていた。これから長く行動を共にする以上、早めに人の姿に慣れさせるためだ。
そして、人間の生活に馴染ませるため、食事も俺たちと同じものを取り、用意の手伝いもさせている。包丁などの道具の扱いも、少しずつ覚えさせねばならない。
「うわー、ルミス、お料理上手〜」
「野営料理くらいだけどね。料理するのは子供の頃から好きだったんだ」
「いいお嫁さんになるね〜。あ、ルミスはリルのお婿さんだった!」
「い、いや、リルは同じ仲間のお婿さんを見つけないと……」
「えー、リルはルミスがいい!」
ぬおっ! 美人から無邪気に愛の告白を受けた!
「リルはずっと三人がいいなぁ〜。フェリエさまとリヴィアさまと……ルミスと!」
リル……かわいすぎる……見た目は色気のすごい美人だけど。そして、何故か俺だけ呼び捨てだけど。
まぁ、それはともかく、料理を作り終える。最初は、聖女様や聖騎士様のお口に合うかどうかと心配になったりもしたが、フェリエもリヴィアも「とても美味しい」と言ってくれる。
リルなんて、「こんなに美味しいの初めて!」って感動してくれた。そりゃ、まだ8歳ならね、なんて思っていたけど、一族の力を引き継いだとき、母のセリスが王宮で食べていた料理の記憶もなんとなく残っているという。国王が見栄を張るため、セリスに貴族が食べる料理と同じものを与えていたそうだが、それよりも遥かに美味しいと言ってくれる。
「なぜだかわかる? リル?」
と、フェリエが聞いたことがあった。
「えー、ルミスがお料理上手だから?」
「そうね。それもあるけど……何よりも、愛がこもっているからよ! ルミスが私達のことを、とてつもなく愛している証拠なのよ!」
「うれしい!!」
キラキラした瞳でリルが俺を見つめてくる。いや、まあ……そうだけど。
「う、うん。そうだよ。みんなが大好きだよ」
うれしい! とまた叫んで、リルが俺に飛び込んできた。女性の柔らかな感触といい匂いが俺を包む。これが本当に幻影魔法……?
「ふふ、さあ、リル。お勉強の時間よ……人が愛し合うということがどういうことなのか……子供を、子孫を残すためにはどうすべきなのか……? 幻氷聖狐一族の命運はあなたにかかっているのだから、リル」
「はい! いっぱい勉強する! フェリエさま!」
「い、いや、フェリエ。まずは食事の片付けをしないと。歯も磨きたいし、身体も拭きたい……」
「――【聖浄化】!」
……はい、これ一発です。食器や日中使った道具、武具等まできれい、清潔に。身体や着ている衣服がきれいになるのはもちろん、歯磨きまで必要無くなるとは……
あまりに便利すぎる魔法……頼りすぎるのは良くないけど、自分で洗うよりよほど衛生的だからなぁ。まぁ、街中では多少自重しよう。
なんて考えている間に【聖風草】も敷かれ、聖女の清らかな笑みを浮かべながら、フェリエは乱暴に俺の上に乗っかり、強引に俺の服を脱がせ始めた。いや、ギャップ!
「リル、人の身体がどうなっているのか、その隅々まで、しっかり観察するのよ……それが、私の【魂の幻影】に近づくために、あなたが人の身体を手に入れるために、とても必要なことなのだから……そして、何より、人間が愛を確かめ合うとはどういうことなのか……しっかり学びなさい!」
「はい!」
こうして、毎晩リルのお勉強の時間は続く。『幻氷聖狐』一族の命運をかけて…………
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