第24話 幻氷聖狐2
淡い白銀の光に、リルが包まれる。それはそれは目を覆いたくなるような激しい光ではなく、温かい優しさにあふれた光。その光が収まり、そこに現れたものは……
「……セリス? いや、リルなのか?」
白銀の美しい幻氷聖狐。だが、先ほどまでのセリスとは明らかに違う……まったくもって、その……落ち着きがない。
「はわわ、はわわぁ〜 なんか変な感じがする〜〜」
その場でぐるぐると回ったり、後ろ足で立ち上がってみたり、飛び跳ねてみたり……
「落ち着きなさい、リル」
フェリエがリルの頭を撫でながら、優しい光で包んだ。
「はぅ〜……気持ちいい〜」
次第に落ち着いてきたリルに、フェリエが優しく語りかけた。
「いい? リル。あなたは氷の聖霊族――『氷聖族』の眷属である、幻氷聖狐。そして、幻氷聖狐は一族の長に当たる家系が、代々その一族の力と叡智を受け継ぐと言われている。セリスに、お母さんにその話は聞いたことある?」
「うん、お母さんが私に力を渡すように、私も赤ちゃんを産んで、自分が聖霊界に行く時に、子供に力を渡さなきゃならないって……お母さん、聖霊界に……行っちゃった……」
フェリエが少しかがみ、悲しみに沈むリルをそっと抱き寄せる。
美しき聖女と、麗しき聖獣。――まるで神話の一頁が、目の前で静かに再現されたかのようだ。
「大丈夫よ、あなたは一人じゃない。セリスにあなたのことを頼まれたのだから。あなたが大きくなって、自分の伴侶を見つけるまでは、私たちと一緒よ」
「……うん、聖女さまぁ」
淡く白銀に光ったかと思うと、リルは人の姿となった……のだが……
「――えっ!? リ、リルなの?」 思わず俺は声を上げる。
フェリエに抱きつくその姿は、最初に会った頃の十歳前後の少女ではなく、二十代ほどの美しい女性となっていた。
氷青の瞳は澄んだ冷光を湛え、白銀の艶やかな長い髪が背に流れ落ちる。ほっそりと伸びた肢体は肩から腰へとなだらかな曲線を描き、白磁の肌が控えめに官能を匂わせる。
「ふぁ! リル大人になっちゃった!」
いや、外見と中身のギャップが!
「……そういえば、幻氷聖狐は長寿だと言うけれど、お母さんは何歳だったか知ってる?」
フェリエがリルの頬や首筋を撫でながら尋ねた。いやなんか、すごく官能的な絵が……
「うーん、400年は生きたって言ってたよ!」
「えー! そんなに長生きなの!? じ、じゃあ、リルも、もしかして100歳とか?」
俺はあまりの衝撃に、女性に年齢を聞くというタブーを平気で犯してしまった。
「ううん、リルは8歳!」
「かわいい!!」
思わず、ただの感想を叫んでしまった。
……にしても、フェリエはさっきから何を……?
「フェリエ、さっきからなんでそんなにリルを触りまくってるの?」
「……幻氷聖狐はその名の通り、幻影魔法を得意としているの。セリスやリルの人の姿は、もちろん幻影魔法のなせる技。でも、聖霊族の魔法は……少し特殊だと言われていて。さっきの、一族の力を受け継ぐ前のリルは明らかに、ただの幻影魔法だった。だから私は、リルを見ても一発で幻氷弧だとわかったの。でも、今のリルは私の【魂の幻影】に近い。私の“眼”で見ても、魔素の揺らぎが少ないし、触った感じでもほぼ人間の肉体。衣服だけが明らかな幻影魔法って感じかな」
そ、そうなのか。確かにさっきリルと手をつないでいるときは、少しふわふわしている感じではあったけど。
「セリスはね、一目見ただけでは幻影魔法だとわからなかった。きっと長い年月をかけて、幻影魔法を極めていったのでしょう。もっとも、リルが助けを求めてきた時点で察しはついていたから……鑑定魔法で確認はしたのだけれど」
そして、フェリエはその美しい顔を少しわざとらしい、困った表情を浮かべて言った。
「あ、でも、さすがにリルにイヤらしいことはできないよ? 私の【魂の幻影】はリヴィアの魂石と私の身体を核としているから、ルミスが朝までリヴィアを“弄ぶ”こともできるのだけれど」
「いや、“弄ぶ”って! 言い方! てか、リルをそんな目で見るわけないでしょ!」
『……私の身体でよければ、いくらでも、ルミスの好きにしてくれて構わない……例えどんなことでも、ルミスが望むなら……いや、もっと、もっと、“あんなこと”や“こんなこと”を……』
なんかリヴィアがぶつぶつ言ってる……
「でもね、お母さんが、私が魔法の練習を頑張ってもっと人間になれば、人間と結婚もできるって言ってたよ」
「……え?」 「へっ?」 『……ん?』
「私たちって仲間が少ないから、どうしても同じ仲間の旦那さんが見つからないときは、人間の男の人から“種”を分けてもらいなさいって! その種を食べれば赤ちゃんできるんだって! だから、どうしても旦那さん見つからないときは、ルミスの“種”ちょーだい!」
「――ぬへっ!」
変な声出た! いや、美人が無邪気な表情で何言ってんの!?
「……すごい」
フェリエがやけに真剣な表情でつぶやいた。え、怒ってんのかな?
「あの、フェリエ。子供が言っていることだから、真に受けないで……」
「リル……お母さんが確かにそう言ったのね? あなたたちが使う、その聖霊魔法を頑張って練習すれば……人と交わる……結婚して赤ちゃんが産めるって」
「うん! でも、それはとっても難しいことだから、すっごく魔法を練習しないといけないんだって……でも私、魔法のお勉強苦手だからなぁ」
「大丈夫よ、私が教えてあげる……一緒に頑張りましょう!」
な、なんか、フェリエがすごい乗り気だ。なんで? え、もしかして、本当に俺の“種”を……
「フ、フェリエ。その、それよりも同族の仲間を見つけてあげることが大事なんじゃないかな……?」
「もちろん、それも頑張るわ! でも、せっかく聖霊魔法を直に体験し、研究できるのだから、こんな貴重なことはないわよ!」
なるほど、そっちか! 聖女様ともなれば、『魔法』に対する知的好奇心も並外れているのだろうな。
「もともと私の【魂の幻影】は、聖霊魔法を参考に、その魔法理論を構築したの。セリスが言った通り、種族のちがう『幻氷聖狐』が人の姿となって、人と交わることができるというなら……それは人の身体を創り上げることと同じ。もし、本当にそれが可能なら……リヴィア、私の身体を核としなくても、あなたの魂石だけを核とした……リヴィア・セレスティ・サンクレイドが私の目の前に現れるかもしれない……」
『フェリエ様……私は今のままでも十分に幸せです。常にフェリエ様と共に居れますし』
「でも! 私はあなたの温もりを直に感じたいの! あなたを力いっぱい抱きしめたい! あなたに抱きしめられたいの! 私の『魂の友』……」
『――フェリエ様!』
……二人にしかわからない強い絆を感じる。二人で幾多の試練を乗り越えてきたのだろう。そんな二人が、俺は、たまらなく愛おしい。
「……それに、それが叶えば……私とリヴィアと、そしてルミスと……ぐへ」
『はい……三人で……ぐひ』
「『――夢の三位一体を!』」
「…………はい??」
「待って、リルも合わせれば……四人一緒に!?」
――いや、俺の感動はっ!?
「あ、でも……」
フェリエが、なぜか冷めた視線を俺にぶつける。
「基本、私たちハーレムとか認めてないからね? 百歩譲って、リルはかわいいからいいとして」
なんで俺怒られてんの!?
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