第23話 幻氷聖狐
女の子に手を引かれ、連れて行かれた先には……
「だ、大丈夫ですか!?」
妙齢の美しい女性が倒れていた。岩陰に隠れるように、身を潜めて。
「フェリエ、この人の治療を!」
「……うん」と、リヴィアの姿のままおもてに出てきたフェリエは、倒れている女性に手を当てた。そのまましばらく目を閉じていたが――
「そっか。うん、わかった。君、こちらへ来なさい」
フェリエは俺の横に立っていた女の子を呼んだ。女の子はずっと俺の手を握ったまま、黙って横たわる女性を見つめていた。
「キュ、キュ〜」
「ほら、行きなさい」
一歩だけ踏み出した女の子は、ためらうように足を止め、俺の手を強く握り直したまま動かない。仕方なく手を引いて女性の方へ歩き出した瞬間、抑え込んでいた感情があふれ出したのか、女の子は一気に女性へと駆け寄り、その胸に飛び込んだ。
「――キュピー! キュー!」
「……人の言葉で話しなさい、リル」
「人……言葉……難しい……」
「きちんと教えたでしょう、困った子……ふふ、今から私が受け継いできた力を渡すから……そうすれば……」
女性は穏やかに話しているが、とても苦しそうだ。
「フェリエ、回復魔法は……?」
フェリエは静かに首を横に振る。
「……彼女はもう寿命なの。種族の定め……天寿を全うするの」
「え? 寿命……種族……?」
女性は上半身を起こし、泣きじゃくる女の子を優しく抱きしめた。
「……私のかわいいリル。もう少しあなたが成長するまで、一緒にいたかったのだけれど……」
女性はフェリエに向き直り、頭を下げた。
「この子は今から種族の力を引き継ぎます……ですが、まだ本当に幼いのです。力はまだ安定しませんが……どうか、お傍においていただけないでしょうか? 聖女様……?」
「――なにっ!?」 リヴィアが一瞬でおもてに出て、女性に剣を向ける。
『……なぜ、私が聖女だと?』
女性の身体が淡い白銀に輝き始めた。そして、一瞬、目を覆うくらいの眩い光に包まれた……再び、目を開けてそこに見たものは……一匹の白尾の美しい狐。
白銀に淡く透ける毛並みには霜光を宿し、長く優雅な尾は雪の絹を引くように揺れている。氷青の瞳を静かに伏せたその姿は、獣でありながら何か“聖なる存在”であるように感じられた。
「え? ……人じゃない。魔獣……?」
『魔獣じゃないよ。ただの「幻氷狐」かと思ったけど……「幻氷聖狐」……原初の力、氷の聖霊族の力を宿すと言われる聖獣。氷聖族の使いと言われる幻の聖獣……』
淡く翠緑に光り、フェリエの姿となる。そしてフェリエは、傅くように座る幻氷聖狐の頭を優しく撫でた。
「あの時も、こうやって優しく撫でてくださいました……」
「……私が幻氷聖狐を見たのは一度だけ。あなたが、あの時、王宮で会った……?」
「はい……聖ヴァルシア王国の国王に隷属化されて飼われていた……あの時の哀れな狐にございます。そして、こうして頭を撫でていただいている間に、私の『魂の楔』を解除していただき……貴方様に救われた……」
「あの後、しばらくしてあなたが姿を消したことは人伝に聞きました。ですが、なぜここに……?」
「……貴方様のことを、聞き及び……最後に少しでもお役に立てないかと、後を追っておりました。ですが、貴方様は自力で……もう姿を見せることなく去ろうと思っていたのですが、ふふ、命数が尽きました。まさか、最後にまた、こうやってお目にかかることになろうとは……」
「……お母さん」
女の子も淡く白銀に光ったかと思うと、小さな、だが、白銀の美しい狐になっていた。甘えるように顔を母親の首筋に埋める。
「……今から、この子が、我が種族の聖霊族の力を継承します。ですが、この子は本当に幼いのです。力を継承しても、うまく使いこなすことは……すぐにはできないでしょう。それでも……聖女様、いずれは貴方様のお役に立つはずです。どうかこの子を従魔としてお傍においていただけないでしょうか。この子の父親も先の内戦の折に、隷属狩りに遭い……死にました……この子もいずれ人間に狩られるでしょう。そうなる前に……貴方様の……」
「ごめん、私の一存では決められない。なぜなら私は今、このルミスの奴隷だから」
フェリエが俺の腕に抱きついてくる。
「――聖女様が、この少年の、奴隷……!?」
「え! いや、ちがっ! そ、それは形だけのもので!」
「え? なんにも違わないよ? ご主人さま?」
見るものを蕩けさせるような笑みを浮かべるフェリエ。
「ふふ……聖女様が信頼なさっているのであれば……御仁、この子の名はリル。まだ幼い娘ですが、どうかお傍においていただけまいか? 冒険者とお見受けいたす。我が一族の力は必ずや……いずれ貴方様の力になろう。それまでの間、どうか、この子を守ってやってくれまいか……」
幻氷聖狐が俺に頭を下げた。
「え、えーっと、いや、まあ、はい。俺で良ければ……」
「ふふ……リル。こちらがあなたの主様よ。ご挨拶なさい」
小さな幻氷聖狐が俺の前にちょこんと座る。
「リルです! こんにちは!」
「ル、ルミスです! こんにちは!」
元気よく挨拶されたので、俺もつられて元気よく返してしまった。
「ふふ、ありがとう、ルミス……そして聖女様、貴方様に恩を返したくて追いかけてきたというのに……また、恩を受けることになってしまいました……」
「ううん、いいの。それにあの時、あなたがこっそり教えてくれた聖霊族のお話。とても面白かったわ。いずれ、どうしても困った時は、頼らせてもらうかも――セリス」
「……名前を、覚えていてくれたのですね。決して国王にも伝えなかった私の魂名を……聖女様……はぁ……もう私にも時間がないようです……リル……私のかわいいリル。我が一族の力をあなたに……もう、あなたしか……」
「――お、お母さん!」
母親の幻氷聖狐、セリスの身体が淡く輝く雪の結晶に変わっていく。そしてその雪の結晶が、リルの身体に浸透していった……
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