第21話 過去
それから10日間、俺たちは『霜牙の丘陵』に泊まり込むことにした。氷霜王剣が出来上がるまでは、とにかくお金を稼ごうという算段だ。
それに、グレン統括官が言っていた、“サブマスのちょっかい”が正直、面倒くさい。リヴィアはいくら顔を隠していても目立つからなぁ。なるべく、街に滞在する期間を減らそう。
残りのお金で食料や日用品を買い込む。この帝国北部の寒い地方で、野営するためにはかなりの準備が必要で、持ち運ぶのに難儀するが、そこは俺の空間魔法の出番というわけだ。
だが、フェリエ様……じゃなかった、フェリエの【聖域展開】、【聖風草】、そして【聖浄化】があれば、どれだけ極寒の地、あるいは灼熱の地でも、最低限の準備で野営可能だ。ついでに俺の【空間迷彩】もあれば、なお良い、ときたものだ。ふっふっふ……
また狩りの合間に、リヴィアに剣の稽古をつけてもらう。俺は色んな武器を使うが、基本は剣だ。一流の聖騎士に剣の稽古をつけてもらえるなんて、めちゃくちゃ贅沢だ。
「――せいっ! はっ!」
「くっ……ぐふっ」
木刀を下に叩きつけられた、その瞬間――さらに間合いを詰められ、剣の柄で軽く胸を突かれた。
ダメだ、全然動きがついていけない。もっとだ、もっと……
「今日はもうこれくらいにしよう、我が君」
「……そうだね。明日もあるし」
正直、フェリエの【聖域】の中では、いくら鍛錬しても疲労はすぐに回復するため、やろうと思えば朝まで鍛錬できるのだけれど……昨晩のように。だが、睡眠は大事だ。いくら神聖魔法で回復しても徹夜続きだと、どこかに無理が生じる。
「我が君は剣の基本はきちんと身についているな。日々の鍛錬がうかがえる。これは、その……“家”で正規に訓練を受けていたのだろう?」
「うん、そうだよ。親父殿にみっちりしごかれてたよ。あと兄上にもね」
リヴィア達には軽く俺の身の上話は伝えている。
俺の実家は、帝国北部ノルヴァン州南西部にあるヴァイス男爵領。俺はヴァイス男爵家の次男として育った。そう、何を隠そう、わたくしルミスは一応、貴族様でした。あくまで、“でした”、だけど。
貴族といっても、小さな男爵領で、特に土地も肥えておらず、大した産物もない。それでも男爵領はそれなりに栄えて、贅沢というわけではないが、何不自由ない暮らしは出来ていた。なぜなら、我が男爵領には『迷宮』があったからだ。
魔物の魔晶石や迷宮産素材の取引により領内は活気に満ちており、我が男爵家もそれなりに潤っていた。だが……
――『迷宮開放』。
事前にその予兆を感じ取った親父殿は、兄を中心とした討伐隊を編成し、迷宮に投入した。結果――全滅。その報を受け取るや否や、迷宮が開放された。魔物が迷宮内からあふれ出し、ヴァイス男爵領の領都ヴィシスを蹂躙した。その結果、ヴァイス領の四分の一は、魔物とともにあふれ出た“高濃度の魔素”に汚染され、『魔界』と呼ばれる地と化した……
ヴァイス男爵家は長男を失い、親父殿は迷宮からあふれ出た魔物と対峙して重傷を負う。俺は親父殿に代わって領兵の指揮を執り、魔物の対応にあたっていたが……限界だった。
『ああ、もうこのまま……死ぬんだな』
そう思っていたところに、帝国北部軍が現れ、命からがら生き延びた……
『迷宮統治不行届』――ヴァイス男爵領は取り潰しとなった。親父殿は一命はとりとめたものの、“当主としての責任を取る”と言って、自らを奴隷の身分に落とした。
さすがに、中央政府もそこまでの沙汰は命じていなかったため、慌てて親父殿の身柄を引き取り、中央政府の奴隷官吏として働かせているらしい。元々親父殿は中央政府で有能な官吏として働いていたらしいからな。
美しかった姉は中央貴族の側室として嫁いでいった。最後、別れる日の前夜、泣きながら俺に縋りつく姉の姿は……一生忘れないだろう。
迷宮内の討伐隊に何があったかはいまだわかっていない。養子だった俺を実の弟のように、いや、それ以上にかわいがってくれた優しい兄。大好きだった、あこがれだった五つ上の兄上。兄上……もし、あのとき俺が……
そして、元々養子であり、男爵家の相続権も持っていなかった俺は、平民に戻り、冒険者となったというわけ。
俺はヴァイス家の何代か前の当主様が、平民のメイドに産ませた庶子の子孫らしい。
別にそれでヴァイス家から疎まれたり、差別を受けたりしていたわけではない。むしろその逆。その出来事はかなり昔の話だったが、それでもヴァイス家から援助を受け、仕える仕事も与えられていた。俺の母はヴァイス家でメイドとして働き、父もまた、同家に仕える兵士だった。
血のつながりはかなり薄いが、俺にはヴァイス家の血が流れており、ヴァイス家特有の特殊固有スキル【空間魔法】が発現したため、親父殿が俺を養子にしたというわけだ。
実父、実母は迷宮開放の折に……死んだ。兄上を失い、親父殿や姉上とも、もう会えないだろう。養子に来た際に俺を慈しんでくれた奥方様は、俺が来て一年ほど経つ頃に、病気で身罷られた。子供心に、とてもやさしい人だったことを覚えている……
俺は一人だ。一人になった。あれだけ愛していた家族が……誰一人いなくなった。平和で幸せな時間は……唐突に終わりを告げる。
俺は強くならなければならない。絶対に、絶対にだ。あの頃の幸せは取り戻せないことはわかっている。それでも、必ず、取り戻す……俺の、故郷を……
「一人じゃないでしょ?」
食事の準備をしていた俺に後ろから聖女様が優しく抱きついてきた。とりとめのない思考の迷宮から、一気に現実に引き戻される。
「……なんで俺が何考えてるか、わかるの?」
「え? そんなの愛しているからに決まってるじゃない?」
さも当然のように言っているが……そうか、決まってるのか……のか? ただ、心が急に暖かくなったのは確かだ。
「…………おいしいご飯、作るね」
「いやん! 嫁に来て!」
「そこ逆でしょ!?」
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