第18話 統括官グレン・ハルフォード
鍛冶屋『一徹』を後にし、日も暮れかけていたため、今日は宿へ戻ることにした。
『また、あの宿に泊まるのですか……?』
「思い返すだけで、腸が煮えくり返るようだ……」
フェリエ様とリヴィアは俺の定宿『極寒の一息亭』の主人ゴルガン氏に殺意すら抱いていそうだ。
「す、すみません。氷霜王鹿の討伐報酬、俺の剣に全部つぎ込んでしまったから、お金あまりなくて……」
『あ、別にあの宿自体に不満があるわけじゃなくて……わかるでしょ?』
「えっと、はい。あ、あの、今度は同室を取りますから」
『ぐへ……』
「……ぐひ」
リヴィアの凛々しく美しい顔が、一瞬、欲望に歪むが、すぐに持ち直す。
「あ、でもそうだ。宿に戻る前に、冒険者ギルドに寄ってもいいですか? リヴィアの登録をしなきゃいけないので」
といっても、リヴィアを冒険者として登録し、冒険者証を発行するわけではない。
あくまで“俺の奴隷”という立場で冒険者ギルドに登録し、その身分証を発行してもらうだけだ。そのため、リヴィアの出自を審議判定されることもない。結果的には好都合だ。
◇
「あ、戻ってきたー。ルミス、こっちこっち!」
受付嬢のセリスさんが、俺を手招きする。
「剣の方はうまくいった?」
「はい、おかげさまで」
「よかったね〜。しかし、ルミスがねぇ〜。かわいい顔して、とんでもないことするんだから〜。あ、そうだ。別室で統括官が待ってるから。そっちの美人さんも来てください」
え? 統括官! ギルドのNo3じゃないか! 一度も話したことないんだけど……
「……なんで統括官が? 俺、何か悪い事しました?」
「え? そりゃ、E級の子がいきなり『氷霜王鹿』を狩ってきたら、事情聴取くらいされるでしょ? しかも、そんな美人さんを急に連れてきて……正直、『氷霜王鹿』より、みんなそちらの美人さんに興味津々というか……」
ま、まぁ……そうなるか。
◇
「奴隷……?」
黒髪をオールバックにした、目つきの鋭い男が俺を睨めつけている。メガネもかけており、そろそろ中指で“クイッ”ってするかなって思った瞬間……した。ギルドのNo3、統括官のグレン・ハルフォード氏だ。
「ええ、彼女とは同郷なんです。故郷の知り合いから頼まれまして。彼女もまあ、色々あったもので……」
「故郷……ああ、君は確かヴァイス男爵領の……なるほど、元領民というわけか」
故郷の名を伝え、色々あったと言えば、そこまで追求しないだろうとの思惑が的中した。複雑な気分だけど……
「わかった。君の奴隷として当ギルドで登録しよう。だが、彼女は相当な腕ではないのか? 『氷霜王鹿』を狩れたのも、彼女のおかげでは?」
「そんなことはない。我が君の助けがなければ、あの魔獣は狩れなかった」
多分、俺の【空間迷彩】のことを言ってくれているんだろうけど、あれがなくてもリヴィアなら結局、一撃で倒しただろうな。
「ルミサリス・ヴァイス君……空間魔法使いか。戦闘では使い物にならんというが、いくらでも応用は利くはずだ……ふむ、なるほど。セリス、奴隷登録とルミス君のD級昇格の手続きを」
「はい」
手元の書類を見ながら、グレンさんはあっさりとした口調でセリスさんに命じた。ん?
「――えっ!? D級に昇格できるんですか!?」
「ちなみに、ご婦人。まだ名前を聞いてなかったな。そして差し支えなければ、その目出しを下げて、顔を見せてくれないか?」
うっ、俺の質問はあっさり無視された……
リヴィアが、俺をちらりと見る。俺は小さくうなずいた。
スルリと目出しを下げて、その美貌があらわになる。
「……ひゃ~。こりゃ凄い!」 セリスさんが感嘆の声を上げる。
「……ほう」 グレン統括官の目が細められ、俺が『くるぞ!』と思った瞬間、きた――“メガネ、クイッ”が!
「リヴィア・サンクレイドだ」
リヴィアの凛とした美しい声が響き渡る。名乗るだけで格好いいな。
グレンさんは俺の方を見て、先ほどの質問を答えてくれた。
「そういうわけだ」
「どういうわけですか!?」
「君のようなE級の少年が、これほどまでの美しいご婦人を連れて歩いていたら、厄介ごとしか起こらん。せめて、D級ぐらいにはしておかんとな。まぁ、焼け石に水だが、やらないよりはいいだろう。それに君は荷物持ち役として、『迷宮』に幾度となく潜っているのだろう? 貴重な【空間魔法】持ちで、『氷霜王鹿』まで狩ってきたのだ。問題あるまい」
……おお、本当にリヴィアとフェリエ様のおかげすぎる。
そして、グレンさんは俺の方を見て、軽くため息をついた。
「できれば、君にも顔を隠してもらいたいくらいだよ、ルミス君」
「同感だ、我が君。あなたのその美しい顔を無防備にさらすのは良くない。できれば私たちだけのものに……」
リヴィアが俺の頬をやさしくなでながら、うっとりしたように俺を見ている。
「ひゃ~~」と言いながらセリスさん手で顔を覆い、見事に指の隙間からガン見していた。
「ん、ごほん」と咳払いして、グレンさんは続けた。
「ウチの副支部長からも、付きまとわれているそうじゃないか。あの貴族のバカ息子に」
「ああ、まぁ、その……そうですね」
「なに! なんだその話は! どういうことだ? 我が君!」
「いや、別に何かを直接されたわけじゃないよ。ただ……勧誘がしつこいかな。子飼いのパーティーに入れだったり、直接の部下になれって感じで」
「だが、狩場で一度、拉致されかけたと報告を受けているが」
「なに!」
「大丈夫だよ、リヴィア。俺は逃げるの得意って言ったろう? あと、サブマスが関わっているかどうかはわかっていないので」
後半はグレンさんに向けて言う。
「いや十中八九、奴だよ。なんせ奴は短絡的なバカだからな。次何かあれば、私に相談してほしい。そして、何か証拠があれば、より力になれるはずだ」
「あ、ありがとうございます。で、でもなんでそこまで俺のために……?」
「別に君のため、というわけじゃない。ただ……“汚物は消毒だ”」
グレンさんが、中指で“クイッ”と上げたメガネが、“キラーン”と光った。
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