第17話 氷霜王剣(フロスト・レガリア)
「――承知!」
――スパンッ!
まさに一閃……聖域から飛び出たリヴィアは、剣を横薙ぎに振り抜いた。すると見事にその首が宙に舞う。
宿屋の主人ゴルガン氏の、その首が……ではなく!
「――収納!」
シュンッ! 宙に舞ったその首が地面に落ちる寸前に空間魔法で収納した。間に合った……ふぅ~。
ドスンッ! 首を失ったその巨体が地面に倒れ込む。あわれ、宿屋の主人ゴルガン氏はその短い生涯を……じゃなくて!
馬にも届く体高を持つ白銀の巨躯が、俺の目の前に横たわっている。数カ月、この『霜牙の丘陵』で活動しているが、初めて見た……
「『氷霜王鹿』……丘陵の王……」
この『霜牙の丘陵』には、“牙”の名がつくほど霜狼が多く生息している。だが、この一帯の最強の魔獣はこの『氷霜王鹿』だ。
収納した“首”を魔法空間から取り出す。見た目は白銀に輝く巨大な鹿だ。だがその特徴は……氷晶でできた美しく大きな角。この角は100万バースはくだらない。だが、それ以上に……
「これで、手に入るぞ――『氷霜王剣』」
「我が君、それは……?」
「『氷霜王鹿』。この丘陵を統べる王と呼ばれるB級指定の魔獣だよ。ってか、お願いしておいてなんだけど……本当に一撃で倒したんだね、B級指定を……」
「ああ、フェリエ様の聖域と我が君の空間迷彩で、完全に死角だったしな。まぁ、それにB級程度なら問題ない」
ぐっ…… いつかは言ってみたい、『B級程度』!
だが、この『氷霜王鹿』は、一撃で仕留められなければ、たとえA級冒険者でも手こずる相手だ。気配察知に長け、敵意を感じ取れば、矢のように逃げてしまう。
生息数は少なく、遭遇そのものが難しい。ゆえに、低級冒険者が主戦場とするこの狩場に現れても、実害は出にくい――冒険者ギルドはそう判断している。
とはいえ、氷晶角を狙って上級冒険者が狩りに訪れることはある。そして攻撃が一度でも当たれば、この魔獣は〈狂乱〉へ移行し、手当たり次第に氷魔法を乱射する。内在魔素も桁外れで、狩る側は相当な消耗を強いられる。
だからこそ、最適解はただひとつ――『一撃で倒すこと』。それを、死角を突いたとはいえ、いとも簡単に……。
「……ねぇ、リヴィアの強さって、冒険者ランク的にはどれくらいなの?」
「どうだろうか。そのようなことは考えたことがないので、よくわからないが……」
『え? 普通にS級はあると思うよ』
「――S級!? 最高ランクじゃないですか!」
『「ソルベンヌの剣姫」、「狂剣の聖騎士」……ソルベンヌ公国ではもちろん、ヴァルシア共和国連邦内でも最強と言われていた聖騎士だよ。まだ若いから、騎士としての身分は低かったけど、その強さは誰しもが認める。しかも美少女! 私もこうなる前から噂だけは聞いてたよ』
「さ、さすがに最強などでは……私より強い騎士や剣士は居りましたよ」
『そうかなぁ~? まぁいいけど。それより、その鹿さんはどうするの?』
し、鹿さんって……だが、そうだ。急いで街へと戻らなきゃ。
「えっと、急いで街へ戻っていいですか? この『氷霜王鹿』の氷晶角から、剣を作りたいんです! 俺の【空間魔法】は『時間遅延効果』はあるんですが、《《まだ》》『時間停止効果』までは行きつかなくって! この氷晶角から魔素が流れ出たら、溶けちゃうらしいんで、早く解体して加工しないと!」
『……時間遅延!?』
「……時間停止!?」
「すみません! とにかく街へ!」
◇
「……なかなかいい状態じゃねぇか。これなら一端の『氷霜王剣』を打てそうだ。そうだな……10日だ。10日で仕上げてやる」
「ありがとうございます。お願いします」
冒険者ギルドで『氷霜王鹿』を丸々一体卸し、氷晶角だけを急ぎ解体してもらって、近くの鍛冶屋『一徹』に持ち込んだ。
ここの主人のゲンブさんは【鍛冶師】の『職』を持ち、魔剣の類を打てる貴重な鍛冶師だ。いままでにも数本の『氷霜王剣』を打っているらしい。
俺はいくつもの武具を使う戦闘スタイルなので、結構ここにはお世話になっている。まぁ、たいして金はないので、そこまでお店の売り上げには貢献してないけど、顔なじみではあるし、気に入られてもいる……ゲンブさんの奥さんに。
「しっかし、まさかルミスが『氷霜王鹿』を討伐してくるとはね! びっくりしちまったよ!」
「し~! あまりおっきな声で言わないでくださいよ! ギルドも気を利かせて、周りにはあまりバレないように解体場に直行させてくれたんですから」
「はっはっは! そんなこと無駄さね! アンタは顔もかわいいし、【空間魔法】持ちだし、とっくに目立ってるんだから! すぐにバレるよ!」
ゲンブさんが寡黙な職人である分、奥さんのハルさんはとても気っ風がよくて、面倒見のいい人だ。俺もだいぶお世話になっている。
『やっぱりルミス、目立ってるじゃん』
「でしょうね。やはり顔が……」
ぬ……顔、顔って。
「それで、そっちの人はアンタのいい人かい?」
「はい。リヴィアと言います。お察しの通り、いい人です」
リヴィアが俺の腕を取りながら、そう説明した。まったく言葉を挟む余地がないほど、自然な流れで……
「はっはっは! ルミスも隅に置けないね!」
今はリヴィアの姿で、全身を外套に包み、首元の目出しを引き上げたまま、口元と鼻を覆っている。顔もできるだけ隠しているが――それでも、美人のオーラだけは隠しきれない。
「それじゃ、10日後、また取りに来ます」
「まいどー!」
店を出る……ああ、ああ……ああ!!
すごいっ! あの『氷霜王剣』が手に入るなんて! いや、手元に来るのは10日後だけど!
「やった!」 可能な限り小さな声で抑えたが、思わず声が漏れる。
「ずっと、欲しかったんだ……ありがとう、リヴィア、フェリエ様」
「いや、我が君がここまで喜んでくれるなんて、私も嬉しいよ」
『うふふ、ホント男の子ってかわいい!』
「でも、ごめん。せっかくの『氷霜王鹿』の素材を換金した分が全部、俺の剣の代金に消えちゃった……」
氷晶角を売らなくても、丸々一体をギルドに卸したら80万バースものお金になった。だが、『氷霜王剣』の作製代が90万バースかかった。氷晶角というメインの素材を持ち込んでもこの価格。普通に買えば250万バースは下らない価格帯の剣だからな。本来、A級冒険者が求める剣だ。
「問題ないだろう。この冬はこの街で過ごすんだし、また狩ればいいさ」
「いや、そう何度も狩れる魔獣じゃないよ……あ、でも」
『氷霜王鹿』は接触自体が難しく、そう何度も狩れる魔獣じゃないが……リヴィアやフェリエ様がいれば、確かにたいていの魔獣が狩れてしまう。うわっ、お金には困らなさそう……
だが、問題はお金じゃない。リヴィアを見て、あらためて思った。当たり前だけど、俺はまだまだ弱い。
……これじゃあ、ダメだ。




