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ごはん革命  作者: Sen
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仮住まい

 狐耳の少女は、崩れかけた壁の上で尾を揺らしていた。


 細い目が、碧とリゼをじっと見下ろしている。


「……誰?」


 碧が聞く。


 少女は少しだけ首を傾げた。


「先に入ってたのそっちじゃん」


「いやそうだけど」


「ならそっちが名乗るのが先でしょ」


 妙に堂々としていた。


 リゼが少しおずおずと口を開く。


「えっと……リゼです」


「碧って言います」


 少女は数秒黙ってから言った。


「ルカ」


 それだけだった。


 風が吹く。


 空き家の割れた窓が、かたかた鳴った。


 碧はもう一度、家の中を見回す。


「……ここ、住んでいいのか?」


「別に、誰も使ってないよ」


 ルカは壁から飛び降りた。


 軽い。


 猫みたいに音がしなかった。


「でもその家はやめた方がいい」


 ルカは天井を指差す。


「梁、腐ってるから。雨降ったら多分落ちる」


 リゼの耳がぴくっと動く。


「お、落ちる……?」


「隣の方がまだマシ」


 ルカはそれだけ言って、隣の空き家へ歩いていく。


 二人は顔を見合わせたあと、慌てて後を追った。


     ◇


 隣の家は、少しだけ原形を保っていた。


 屋根は半分残っている。


 窓は割れていたが、壁はまだしっかりしていた。


「……ほんとだ」


 碧は天井を見上げる。


 さっきよりだいぶマシだった。


「こっちは前に雨漏り塞いだから」


 ルカが言う。


「前に?」


「ちょっと住んでた」


「今は?」


 ルカは向かい側の家を指差した。


「あっち」


 見ると、一番端の半壊した家の窓へ布が掛けられていた。


 どうやら本当に住んでいるらしい。


「……ここ、人住んでたんだな」


「住んでるよ」


 ルカは平然と言った。


「たまに増えるし減る」


 リゼは少し不安そうに周囲を見回す。


 碧は床を軽く踏んだ。


 軋む。


 でも抜けはしない。


「……直せば住めそうだな」


「えっ」


 リゼが振り向く。


 本気で言ってるのか、という顔だった。


 碧は壁を見上げる。


「屋根も半分あるし」


「半分しかないんですけど……」


「壁あるし」


「壁だけで生活できませんよ……!?」


 一瞬、空き家にリゼの声が響いた。


 ルカが少し。


「なにそれ」


 リゼは少し恥ずかしそうに耳を伏せる。


 碧は苦笑した。


「でも、他に無いだろ」


「……それは、そうですけど」


 金は少ない。


 宿へ泊まり続ければ、すぐ尽きる。


 だったら。


 碧は空き家群を見回した。


 扉。

 板。

 窓枠。


 使えそうなものはいくらでもある。


「隣の家とか崩して使えばいけそう」


 その言葉に、ルカが少しだけ目を丸くした。


「……へぇ」


「ん?」


「普通、そういうこと考えないから」


 ルカは面白そうに笑った。


     ◇


 その日の夕方まで、三人は空き家を見て回った。


 使えそうな板。


 まだ腐っていない梁。


 壊れていない棚。


 碧は気づけば夢中になっていた。


 リゼは最初こそ不安そうだったが、途中からは黙々と掃除を始めていた。


 窓際の埃を払う。


 割れた皿を集める。


 床を布で拭く。


「……なんか、ちゃんとしてるな」


 碧が言う。


「え?」


「掃除」


 リゼは少し困ったように笑った。


「だって、汚いので……」


 一方ルカは、途中でふらっと消えたと思ったら、いつの間にか戻ってきていた。


「これ」


 そう言って、古びた麻袋を放る。


 中には釘や金具が入っていた。


「こんなのどこで拾ってきたんだよ」


「その辺」


「雑だな」


「使えるよ」


 実際、かなり使えそうだった。


     ◇


 日が沈む頃には、家の中が少しだけ“部屋”になっていた。


 床の見える範囲が増えた。


 机も立った。


 窓には布が掛けられている。


 リゼは額の汗を拭きながら、小さく息を吐いた。


「……疲れました」


「おつかれ」


 碧も壁へ背中を預ける。


 腹が減っていた。


 だが、不思議と昨日までより気分は軽かった。


 その時。


 ぐぅ。


 腹が鳴る。


 ルカだった。


「……」


「……」


「……なに」


 ルカが少し睨む。


 碧は笑った。


「いや、腹減るんだなって」


「減るけど」


「なんか食う?」


 ルカは少し黙った。


 それから、そっぽを向いたまま小さく言う。


「……食べる」


 その返事に、リゼが少しだけ笑った。


     ◇


 結局その日は、市場の外れで安く売られていた干し肉と黒パンを三人で分けることになった。


 窓の外は、もう暗くなり始めていた。


 ルカは床へ座ったまま、ぼんやり外を眺めていた。


「ルカって、ずっとここに住んでるの?」


 碧が聞く。


「んー」


 ルカは曖昧に返事をした。


「前は別のとこいた」


「家族は?」


 一瞬だけ、ルカの尾が止まる。


「知らない」


 短かった。


 それ以上話す気はなさそうだった。


 碧も深くは聞かなかった。


 3人は固いパンを齧り始めた。


     ◇


 食事を終える頃には、夜風が冷たくなっていた。


 リゼは空き家の隅へ布を敷き、今日使った道具をまとめている。


 碧は壁へ寄りかかったまま、大きく欠伸をした。


「……眠い」


「今日は結構動きましたから」


 リゼも疲れているらしく、耳が少し垂れていた。


 その時。


「あ」


 碧が気づく。


「ルカは?」


 さっきまで一緒にいたはずだった。


 だが、いつの間にか姿が消えている。


 扉も開いていない。


 気配すらなかった。


 リゼが窓の外を見る。


 空き家群の一番端。


 半分崩れた家の窓に、小さな灯りが見えていた。


「……戻ったんじゃないですか?」


「いつの間に」


「ルカさんって、幽霊みたいですね」


 リゼが少し笑う。


 碧もつられて笑った。


 静かな夜だった。


 屋根の隙間から、少しだけ夜風が入ってくる。


 でも昨日の宿より、不思議と落ち着いた。


 碧は床へ敷いた枯れ草の上に布をかぶせ、寝転がる。


「……なんか、家っぽくなってきたな」


 その呟きに、リゼは少しだけ目を丸くした。


 それから、小さく微笑む。


「まだ廃墟ですけど」


「そのうちよくなるよ」


 灯りが消える。


 暗い空き家の中、二人は静かに眠りへ落ちていった。

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