外伝1 この世界は
碧がこのオステリア・ジーノで働き始めた日の夜。
碧はリゼに問いかける。
「なあリゼ、なんでフェルメリアって人間と獣人が別れて暮らしてるんだ?」
「え、ここだと人間と獣人は仲良く暮らせてますよ?」
リゼの返答は碧が想像していたものとは大きく異なっていた。
「え、でも、みんな仲悪そうじゃない?」
「フェルメリアは世界で一番獣人が暮らしやすい街ですけど…」
リゼはきょとんとした表情で碧を見つめる。
「碧さんって、なんでそんなに何も知らないんですか?ちょっと怖いですよ?」
「いや…おれもわかんなくて、記憶ないんだよね」
「記憶ないんですか?」
碧はこの世界のことをまだ何も知らなかった。
「人間なのに、獣人の私と一緒にご飯を食べたのは、そういうことだったんですね」
リゼは少しだけ納得したように頷いた。
「普通は、あんまりないんですよ」
「何が?」
「人間が獣人と同じテーブルで食事するの」
碧は目を瞬かせた。
そんなことを気にしたこともなかった。
同じけん車に乗っていて、一緒に歩いていたから同じものを食べる。
ただそれだけだと思っていた。
「やっぱり碧さんって変わってますね」
リゼは苦笑する。
「そうなのか?」
「そうですよ。獣人と同じ食卓を囲む人間なんて、そう多くありません」
「なんで?」
「なんでって……」
リゼは少し困ったように耳を伏せた。
「昔からそうだから、でしょうか」
「それじゃ分かんないな」
「私も全部知ってるわけじゃないですけど」
窓の外では、フェルメリアの夜が静かに更けていた。
屋根の隙間から、夜風が細く入り込んでくる。
「碧さん、本当に何も覚えてないんですね」
「そうみたいだな」
「じゃあ、まず種族の話からしましょうか」
リゼは指を一本立てる。
「人間」
次にもう一本。
「獣人」
さらに一本。
「エルフ」
そして最後に一本。
「魔人」
「魔人?」
「私は見たことありませんけどね」
リゼは肩をすくめた。
「海の向こう、セド大陸にいるって聞きます」
「じゃあ人間と獣人とエルフは?」
「みんなノード大陸です」
そう言いながら、リゼは床に指で簡単な地図を描き始めた。
「ここがフェルメリア」
中央に小さな円を描く。
「世界最大の交易都市です」
「そんなに大きいのか」
「はい。だからいろんな人が集まってくるんです」
さらに東側へ線を伸ばす。
「こっちがカンポリア共和国」
「カンポリア…」
「野菜の国です。市場で売ってる野菜のほとんどはカンポリア産ですよ」
続いて北東を指す。
「ヴァルテーナ王国」
「ヴァルテーナ…」
「ここにはエルフの森があって、香草がたくさん作られてるんです」
さらに海側を指差した。
「ポルトヴェラ公国」
そこでリゼは少しだけ胸を張った。
「私の故郷です」
「そうだったのか」
「魚がおいしいんですよ」
その言い方に、碧は少し笑った。
さっきまで世界地図の話をしていたのに、結局は食べ物の話になるらしい。
「じゃあ西側は?」
「メールハーフェン帝国、シュトロームラント王国、シュテインベルグ帝国があります」
「どんな国なんだ?」
リゼは少し考え込んだ。
「正直、よく知りません」
「知らないのか」
「行ったことありませんし」
そして少しだけ声を落とした。
「ただ……」
「ただ?」
「獣人は暮らしにくいって聞きます」
部屋に少しだけ沈黙が落ちる。
「フェルメリアよりも?」
「ずっとです」
リゼは静かに頷いた。
「たぶん、東側の獣人で西側に行きたいっていう人はいないと思います」
碧は何も言わなかった。
昼間見た市場の光景を思い出す。
獣人たちが集まる区画。
向けられた視線。
なんとなく感じた距離感。
それでも。
この街はまだ良い方なのだという。
碧は、獣人には暮らしにくい、という言葉に少し引っかかった。
その意味を知るのは、もう少し先の話である。
本編のストーリーをかきあぐねているのでちょっと休憩です。
この物語の世界観を具体的に決めていなかったので、少し整理しました。これからもう少し設定を増やしていけたらいいなと思っています。




