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ごはん革命  作者: Sen
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ルカのネックレス

 玉ねぎのズッパと、改良した豆のスープ。


 その二つが定着し始めてから、オステリア・ジーノは前より明らかに忙しくなっていた。


「ズッパ二つ!」


「スープ追加!」


「パンもう切れてるぞー」


 昼前だというのに、店内はかなり騒がしい。


 碧は鍋を混ぜつつ皿を洗う。


 狭い厨房。


 だが、前よりずっと動きやすい。


 皿棚。


 香草箱。


 水桶。


 少しずつ位置を変えたことで、やはり厨房は効率よく動ける場所へと変わっていた。


「碧」


 ジーノが袋を投げて寄越す。


「悪い。玉ねぎ足りねぇ」


「もうですか?」


「最近減り早ぇんだよ」


 ジーノは面倒そうに言いながら鍋を混ぜる。


「市場行ってきてくれ」


「わかりました」


 碧は袋を肩へ掛けた。


 その時。


「私行きましょうか?」


 リゼが言う。


 だがジーノは首を振った。


「お前は残れ。今日は回んねぇ」


「……はい」


 リゼは少し悔しそうだった。


 碧は苦笑する。


「すぐ戻るよ」


     ◇


 昼の市場は相変わらず人が多かった。


 石畳の通り。


 荷車。


 呼び込み。


 焼いた肉の匂い。


 最近は、碧もだいぶ慣れてきていた。


「玉ねぎ玉ねぎ……」


 露店を覗きながら歩く。


 山積みの根菜。


 香草。


 干した魚。


 吊るされた鳥肉。


 そして、大きな爬虫類みたいな肉。


「火蜥蜴安いよー!」


 店主が叫ぶ。


 碧は肉塊を見上げた。


 赤黒い鱗が少し残っている。


(やっぱりこっち系なんだよな)


 この世界では、鳥と、魔獣の肉が当たり前のように食べられている。


「……不思議な世界」


 ぼそっと呟く。


「なにが?」


 声がした。


 振り向く。


 いつの間にいたのか、ルカが後ろの樽へ座っていた。


「うわっ」


「またそれ」


「お前ほんと急に出るな」


「碧が鈍いだけ」


 ルカは平然としていた。


「お店に居たんじゃないの?」


「玉ねぎ無くなっちゃって、ジーノのおやじに頼まれてね」


「おいしくなったもんね、ジーノのスープ」


     ◇


 玉ねぎを買い終えた帰り道だった。


 市場の奥。


 少し人通りの減った路地。


 そこから、小さな鳴き声が聞こえた。


「……鳥?」


 覗く。


 小さな店だった。


 木籠が並び、中では色鮮やかな小鳥が飛び跳ねている。


 赤。


 青。


 黄色。


 甲高い鳴き声が店の奥から響いていた。


「インコか……?」


 思わず呟く。


 妙に懐かしかった。


 その時だった。


 店先の麻袋が目に入る。


 小鳥用の餌らしい。


 雑穀。


 種。


 乾いた粒。


 そして。


「……は?」


 碧の足が止まる。


 袋の奥。


 細長い、淡い色の粒。


 籾のままのものもあれば、殻が擦れて白っぽく見えるものも混ざっている。


 碧はゆっくり近づく。


 指で掴む。


 硬い。


 細い。


 ところどころに籾殻が残っている。


「……まさか」


 喉が乾く。


 店の奥から、身長の低い店主が顔を出した。


「鳥餌か?」


 碧は答えなかった。


 指先の粒を見る。


 その瞬間。


 脳裏へ景色が蘇った。


 フェルメリアへ来る時。


 街道脇の低い湿地。


 一面に広がっていた、琥珀色の草。


風に揺れていた、あの穂。


「……あれ」


 碧は小さく呟く。


「あれ、米だったのか……」


「コメ?」


 店主が首を傾げる。


「東の方から流れてくる穀物だよ。たまに鳥が食べるんだ」


 碧は息を飲んだ。


 手の中の粒を見る。


 見間違えるはずがない。


 米だった。


「それ、そんなに大事なの?」


 隣でルカが言う。


 碧は答えなかった。


 代わりに、袋の中の米をもう一度見る。


 米。


 本当に米だ。


 この世界へ来てから、初めて見る。


 それだけで、胸の奥が変なふうにざわついていた。


 帰りたいのか。


 懐かしいのか。


 自分でも分からない。


「これ、全部ください」


 碧が言うと、店主は少し驚いた顔をした。


「鳥飼ってんのか?」


「……まあ、そんな感じです」


 説明が面倒だった。


     ◇


 店を出たあとも、碧はしばらく袋を抱えたままだった。


 ルカはその横をぶらぶら歩いている。


 碧の視線が、ふとルカの首元で止まった。


 服の隙間から、琥珀色の飾りが覗いている。


「……それ」


 碧が小さく呟く。


 ルカはすぐに指でネックレスを押さえた。


「なに」


「いや、なんでもない」


 碧は静かに首を振った。


「どこかで見たような気がしただけ」


 碧はそれ以上聞かなかった。


 ルカもそれ以上説明しなかった。


 市場の喧騒が遠く聞こえる。


 腕の中の米袋。


 ルカのネックレス。


 どちらも、どこか遠い場所の匂いがした。


 風が吹く。


 市場の奥で、小鳥たちが一斉に鳴いた。

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