表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ごはん革命  作者: Sen
10/36

新しい味

「ジーノさん!」


 昼営業の片付けが終わった頃だった。


 卓を拭き終えたリゼが、厨房の奥へずかずか入っていく。


 ジーノは鍋を洗っていた。


「あぁ?」


「お願いがあります」


 かなり真剣な顔だった。


 ジーノは手を止めずに答える。


「やだ」


「まだ何も言ってません」


「じゃあ聞くだけ聞こうか」


 気の抜けた返事だった。


 リゼは一度息を吸う。


「昨日、碧さんが作ってくれた料理があるんです」


 厨房の隅で皿を運んでいた碧が固まる。


「え、ほんとに言うの」


「玉ねぎのズッパっていう料理なんですけど、すごく美味しくて」


「ズッパ?」


「玉ねぎを炒めて作るスープです。上にパンとチーズを乗せて」


 ジーノの手が少し止まる。


「……ふぅん」


 興味はありそうだった。


 リゼはさらに身を乗り出す。


「絶対お店でも出せます!」


「リゼ熱いなぁ」


 碧が苦笑する。


 だがリゼは真剣だった。


「だって本当に美味しかったんです」


 耳までぴんと立っている。


 ジーノは少しだけ考えるように顎を撫でた。


「材料は?」


「玉ねぎとパンとチーズです」


「…まあ安いな、チーズはもらえるし」


 第一声がそれだった。


 碧は少し笑ってしまう。


 やっぱりそこを見るらしい。


「で、お前作れんの?」


 ジーノが碧を見る。


「まあ、一応」


「じゃあちょっと食わせてくれ」


 軽かった。


 本当に軽かった。


「え、今ですか?」


「あぁ、いいよ」


 ジーノは鍋をどかす。


「夕方前なら客も少ねぇし」


 そう言って、厨房の一角を顎で示した。


     ◇


 オステリアの厨房は狭かった。


 鍋が二つ並べば、人がすれ違うのも難しい。


 だが碧は、嫌いではなかった。


 どこに何があるか分かれば、狭い方が速く動ける。


 問題は、少しだけ物の位置が悪いことだった。


「……ジーノさん」


「あぁ?」


「香草、こっちの棚の方が良くないですか」


「なんで」


「鍋から振り向かなくて済むんで」


 ジーノは少しだけ黙る。


 それから、


「あぁ、いいよ」


 と返した。


 碧は香草箱を鍋横へ寄せる。


 ついでに、水桶も半歩だけ近づけた。


 皿棚も少しずらす。


「お前さっきからいろいろ変えてんな」


「動きづらいんで」


「ふぅん」


 怒られはしなかった。


     ◇


 碧は並べられた食材を見る。


 玉ねぎ。


 黒パン。


 セレナから貰ったのと同じ白チーズ。


 あと、薄い鳥出汁。


(やっぱ鶏っぽいな)


 この世界の肉は、鳥か魔獣が多い。


 市場へ通ううちに、碧もなんとなく察し始めていた。


 狐人や牛人が普通に暮らす世界で、普通の動物は多くないのだろう。


「ぼーっとして焦がすなよ」


 ジーノの声が飛ぶ。


「もちろんです」


 碧は鍋へ油を落とした。


 刻んだ玉ねぎを入れる。


 じゅわ、と音が鳴る。


 甘い匂いが広がり始めた。


「ほう」


 ジーノが少しだけ目を細める。


「こんな炒めるのか」


「これ大事なんです」


 碧は木匙でゆっくり混ぜる。


 焦がさない。


 でも火は止めない。


 じわじわ色を変えていく。


 リゼは横でじっと鍋を見ていた。


「これだけで匂い違いますね」


「玉ねぎは炒めると甘くなるんだ」


「不思議です……」


 その時。


「またなんか作ってる」


 いつの間にいたのか、ルカが窓枠へ座っていた。


「お前店まで来るのかよ」


「暇だったから」


 ルカはそう言いながら鍋を見る。


「なんか昨日と同じ匂いする」


「同じの作ってるからな」


「ふぅん」


 興味あるのか無いのか分からない返事だった。


     ◇


 しばらくして、ズッパは完成した。


 炒めた玉ねぎのスープへ、黒パンを沈める。


 その上へチーズ、熱で少しずつ溶けていく。


 最後に刻んだ香草をひとつまみ。


 ジーノは器を覗き込み、


「……見た目は地味だな」


 と呟いた。


「まあ、スープなんで」


「違いねぇ」


 ジーノは木匙で少し掬い、口へ運ぶ。


 数秒。


 黙る。


 碧は少しだけ緊張した。


 リゼは耳を立てて結果を待っている。


 そして。


「……あぁ」


 ジーノが呟く。


「なるほどな」


 もう一口食べる。


 今度はチーズごと。


「うまいじゃねぇか」


 リゼの顔がぱっと明るくなった。


「ですよね!?」


「お前が作ったわけじゃねぇだろ」


「でも私が言ったんです」


「はいはい」


 ジーノは苦笑しながら、もう一度ズッパを見る。


「これ腹に溜まるな」


「パン入ってるんで」


「夜向きか」


 そこまで考えている。


 碧は少し驚いた。


 だがジーノは当然みたいに続ける。


「玉ねぎ安いし、パンも余り使える、売れれば相当儲かるだろうな」


「……やっぱ店の人だな」


 碧がぼそっと言う。


「当たり前だろ」


 ジーノは肩をすくめた。


「店は回らねぇと意味ねぇんだから」


     ◇


 その日の夜。


 オステリア・ジーノの壁へ、新しい板が掛けられた。


『本日のおすすめ

 玉ねぎのズッパ』


 字はジーノ。


 かなり雑だった。


「汚っ」


「読めるだろ」


「まあ」


 リゼは少し嬉しそうに看板を見上げている。


 その時。


「なんだこれ」


 常連らしい獣人の男が看板を見る。


「新メニュー?」


「まあな」


 ジーノが適当に返す。


「食うか?」


「うまいの?」


「知らん。食えばわかるだろ。」


 適当だった。


 だが男は笑う。


「じゃあ頼む」


 碧は厨房へ向かった。


 鍋へ火を入れる。


 玉ねぎを混ぜる。


 オステリアの厨房は狭かった。


 だが今日は、少しだけ動きやすい。


 水桶が近い。


 香草が取りやすい。


 皿も手を伸ばせば届く。


 ほんの少し。


 でも、その少しが大きかった。


「碧」


 ジーノが後ろから声を掛ける。


「はい?」


「玉ねぎ、昼のうちに炒めとけ」


「え?」


「時間かかってしょうがねえ」


 碧は少し目を丸くする。


 確かにそうだった。


 ズッパは、玉ねぎを炒める時間が一番長い。


 注文ごとにやる料理じゃない。


「……仕込み前提か」


「店はそういうもんだ」


 ジーノは鍋を混ぜながら言う。


「全部注文入ってから作ってたら死ぬ」


 碧は少し笑った。


 その感覚は、妙によく分かった。


 その時。


「……今日の方がおいしい」


 声がした。


 見ると、いつの間にいたのか、ルカが店の隅でズッパを食べていた。


「なんで普通に食ってんだよ」


「ジーノが出した」


 ルカは当然みたいに言う。


 ジーノは鍋を混ぜながら、


「あぁ、いたからな」


 とだけ返した。


 ルカはスプーンでチーズを掬う。


「パン柔らかい」


「そこかよ」


「昨日ちょっと硬かった」


「細かいな……」


 リゼが少し笑う。


 店の中には、酒の匂いと笑い声が広がっていた。


 その中へ、甘い玉ねぎの香りが静かに混ざっていく。


 オステリア・ジーノに、少しずつ新しい味が増え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ