ロスカ視点
一番古い記憶から現在まで、痛みと苦しみが私の日常だ。
少し駆ければ脚の骨が折れ、魔物に食らいついたら牙の一部が抜け落ち、魔法を放てばあらぬ方向へと離散して自分自身が魔法に焼かれ燃えてしまう。そして、その激しい痛みや苦しみによって意識を失うという事が睡眠となる。それが私の日常だ。
なぜかこの森の魔物に襲われる事はなく、どこで寝ようが問題はない。元より不死なのだから。
そのまま死を望んでも不老不死という呪いによって死ぬことはできない。それは、この苦しみから永遠に抜け出すことができないという事を意味する。
不老不死で半神獣という事もあり、食事をせずとも問題はない。むしろ食べずに死ねるならそうしたい。それでも死ねないのだから呪いの力は凄まじい。ただ唯一の救いは、ずっと寝ていれば痛みも苦しみもないという事であった。
絶痛絶句で苦しむ時間は悠久の時を感じさせ、感情さえも蝕んでいった……
近頃は、自分の思考さえも上手くコントロールする事ができなくなってきた。
もう生きる気力はないし、希望なんて言葉は千年以上前に忘れてしまった。私が救われるのは、この世界が終わるときだけだろう……
絶望すら過ぎ去ったある日、ロスカにとって千載一遇の好機が訪れた。この深い森の中に、とてつもない力を持つ何者かが侵入してきたのだ。
「……な、なんだこの気配は……今までこんな事は一度もなかった……」
ロスカは、ぼーっとする頭をなんとか回転させた。この力を持つ者を食せば自身の呪いが解けるのではないか? そうでないにせよ、この言うことを効かない身体が動く様になるのではないか? そう考えずにはいられなかった。
「快方せずとも……せめて……この命を終わらせてくれる者であるといいな……」
ロスカは弱り切った身体を起こし、そのとてつもない「何者か」を襲撃するための機会を伺った。
――カサカサカサ……
視野がボヤているせいだろうか。なにやら遠くの方の樹が……次々と……消えて……いるのか?
全く説明ができない怪奇現象が起きている。樹々が揺れたかと思えば消えていき、その影響で森が切り開かれているのか、周囲がどんどん明るくなっていく。
明るさがみるみる近付いてくる。察知した気配通り、とてつもない力を秘めた数体の何者かがいるようだ。
ここしかない! ロスカはここぞとばかりに、近付いてくる者達の前に飛び出した。
――ズザァッ!!
乾坤一擲! 一世一代の大勝負だ。
謎の者達の前に出てみると、やや背が低く、一見子供にも見える男が一人、背が高い女が二人、さらに大きな男が二名いた。フワフワと浮いている白いあれはなんだ?
この者達を喰らえばこの苦痛から解放されるかも知れない。そう思っていたが、対峙してみて分かってしまった。どうあがいても、この者達には敵わないと……
それでもロスカには、今目の前にいる彼等を襲うしかなかった。むしろ、「この者達なら自分の辛く苦しい生涯を終わらせてくれるかも知れない」そう思う気持ちの方が強かった。ちぐはぐな思考で、ロスカは上手くしゃべる事もできない中、彼らに最期の言葉を掛ける。
「◎△$♪×¥●&%#?!」
「何か言ってますね」
「ですね。良く分かりませんが、アイノ様に楯突こうとしている感があります。アイノ様、こちら討伐しますか?」
「いや、ちょっと待って。少し様子をみようか」
彼らは何か会話をしているようだ。
「◎△$♪×¥コ&%#ク!……クレ」
くっ……もう喋る事も難しくなっているのか……なんと無様な……
それでもロスカは力をふり絞って声を出す。
「……」
「ゴボ……ジデ……グデ……」
「『殺してくれ』と言っているように聞こえますが」
伝わった! 相手に自分の想いが伝わった。内容はどうあれ、それだけでロスカは喜びのような気持ちを抱いた。
女性と、浮遊している白い何かが会話を始めたようだが、そんなのは関係ない。ロスカは全ての力を持って、この中で最も強大な力を秘めているであろう、やや背の低い男に襲い掛かる。
顎が外れようがお構いなしに、これでもかと口を広げ噛みつきに行った。
――ガンッ!!
「ッ!」
当たり前だが、全く持って歯が立たない。前足の爪でその男を切り裂こうとしたら腕が折れ、爪が折れる。噛みついた際に牙は砕け抜け落ち、顎が砕けた。それでもロスカは攻撃を止めることをしなかった。
虫の息となり、「あぁ……このまま死ねるかも知れない。この者なら我の生涯を終わらせてくれるかも知れない」と、ロスカは未だかつてない悲しき喜びの中にいた。
最期に、この強者に立ち向かえた事を唯一の誇りとして、冥府に旅立とうではないか。薄れゆく意識の中でロスカはそう思った。
どれくらい意識を失っていたのかはわからないが、気が付くと身体が光と煙に包まれていた。身体の感覚がいつもと違う。何より痛みや苦しさがない。「あぁ……我はやっと死ねたのだ」そう思ったら光が消え、「ぽわん」と煙が消えた。「眩しい……」これまで感じた事のない輝きに一瞬目が眩む。ゆっくり目を開けると、目の前にはあの男達が立っていた。
「なっ、こ、これは……?」
ロスカは自分に何が起きているのか、状況が全く呑み込めない。ここは天国なのだろうか?そう思い辺りを見回すと見慣れた景色。ただ違うのは圧倒的な力を秘めているであろう小柄な男性と、彼を取り巻く男女の姿だ。あの浮遊している白いものは一体なんなんだろうか……?
「意識はどうだ? 名前はあるのか?」
あの男が我に向かって話掛けてくるが、突然の事態に気が動転してしまった。
自分の身体を可能な限り確認してみると、今まで醜かったであろう体躯は黄色く輝き、恐らく頭から背中にあるのであろう鬣が靡いている。立派な四肢に、晴れている視界。世界とはこんなにも極彩色だったのか。
すると、小柄な男の側近らしき女が近付いてきて、我に声を掛けてきた。
「あなたを絶望の淵からお助けになられた我らが神であるアイノ様に最大限の感謝をしなさい」
やはり! この小柄な男が我を救ってくれたのだ。そして自分は生まれ変わったのだと、ロスカはようやく事態を理解することができた。
「アイノ様、誠にありがとうございます。この御恩は一生忘れません」
我にこんな日が訪れようとは。ロスカは込み上げる感情を抑えることができなった。
「名前はあるのか?」
名前? 我にそんなものはない。
「我、いえ、私に名前などございません。そもそも、自分が何者であるのかすら良く分からないのです……」
そう答えると、アイノ様は私に「ロスカ」という名前を付けて下さった。絶望の日々から解放され、名前までいただけるとは。
目一杯の感謝をしていると、再び身体が光と煙に包まれていき、人のような見た目に変化したのだ。
「ふむ、これは存在進化であるな」
え、あの浮遊している白い物って喋るの? っていうか生き物だったの?
自分が何者になったのかは後に分かるのだが、白い浮遊している謎の生き物によると、これは存在進化というものらしく、先ほどの四足獣は麒麟という種族で、今回の二足歩行形態はワリーファーリーという種族であるらしい。
ロスカとしては、正直なところ種族云々はどうでもよかった。痛みがなく、苦しみもない、ただ自分の脚で地に立っている事だけで満足なのだから。しかも極彩色の世界を見ることができているのだ。これだけで有り余るほどの幸せを感じている。
そうこうしていると、アイノ様から食事にお誘いいただいた。食事らしい食事なんてした事がない。落ちている木の実を丸飲みにしたり、弱った魔物や魔物の死骸を何度か食べた事があるくらいだ。なので、否が応でも緊張してしまう。
果たして私に味など分かるのだろうか……?
一抹の不安を感じながらも、アイノ様の臣下らしき女が給仕してくれた料理なるものを、恐る恐る口に運んだ。
一口かぶりつくと、口内が爆発したのかというほどの衝撃が全身を駆け巡る。これが「味」というものか! これが「美味」というものなのか!! あまりの美味しさに、大粒の涙がこぼれてしまった。
それにしても、あの浮遊している白い物って、喋るだけじゃなくて料理を食べる事もできるのか……
食後、四足獣形態と獣人形態以外に、人型にもなれる事が判明した。実際に人型へ変化してみると、料理を給仕してくれた女と同じ様な容姿へと変化する事ができた。ほんと凄い力を授かったものだ。
彼等はこの魔境を進むと言うので、せめてもの恩返しとして先陣を切らせていただいた。遭遇する魔物はかなり上位であるはずなのだが、苦労する事もなくすんなり討伐する事ができたから驚きである。
魔境を進んでいくと、これまでとは空気が違う場所に出た。よし、これから先はこれまでより上位の魔物が出てくるに違いない。より一層気合を入れていかなければ!
心満意足。絶望の真ん中で死を望んでいたけれど、これからは喜びの真っ只中で生きていくんだ! 私の心は決まった。この方に我が矮小なる命を捧げ、誠心誠意遣えるのだ。
「じゃぁ、そういうわけだから、ロスカ、元気でな!」
アイノ様と臣下の皆さんが、振り返ってそそくさと別れを告げてきた。
「ツォオーーーイッッ!!!」
ちょ、「じゃぁな」じゃないんですよアイノ様! 一生ついて行きます!
それにしても、私が千年以上苦しんだのが邪神のせいだったとは……あのクソ邪神め! 絶対に許さん!
ロスカの実力はやがて結実していき、アイノの従者としてジェムボーデン救済の一翼を担う存在になっていくのだが、彼女の新たなる人生はまだ始まったばかり。
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