9話
「これはウチが全部食べる訳やないねんコギト君」
「あっはい」
不満そうなモナカがコギトにそう言う。
「ウチも色々養わなきゃあかんからなぁ。な?」
「はい」
「そういう意味ではコギト君が手伝ってくれて助かっとるんやで?」
「はい」
モナカの圧に押され「はい」としか言えなくなってしまったコギトだったがそれもモナカが空気を変えるように手を叩いたことで霧散する。
「さーておふざけもここらへんにして一旦ウチの拠点に帰るでー!」
そうしてモナカの車は駐車場をでる。
それから外を眺めていたコギトはあることに気がついた。
「企業連って聞いてたよりちゃんと人々の面倒を見ているんですね……」
元々反企業派の都市で生まれたコギトは子供連れが仲良く街を歩いている光景を見て今まで聞いていた企業が人を奴隷のように扱う話とはかけ離れているように思えた。
今見ている光景だけなら反企業連の都市と何ら変わりはない。
「まぁここの区画は割と企業に勤めてる人も多いし、それなりにマトモなとこやで」
「マトモ?」
「見たらわかるわ、気分の良いもんや無いやろうけど社会勉強に見せたる」
そうして街の門を抜けたあと道を大きく逸れ街を覆う壁に沿って走っていく。
しばらく走ると建物が見えてくる。
(いや、建物というか……掘っ立て小屋?)
粗末な建物が沢山建ち並んだそこはまさしくスラムと言うべき場所なのであろう。
痩せこけた子供たちが走り回っているのを見てコギトが少し顔をしかめた。
「これが都市に入れん人たちの分かりやすい見本やな」
「都市の中の生活圏はまだ大きな余裕がありそうでしたが……」
「まぁあるやろな。でもコギト君、企業はこうやって分かりやすい下の人々を作って都市の人々の労働意欲を上げとる。企業の反感を買ってしまえば自分たちもこうなると見せつけることで人々を必死にさせるんやな」
「不快ですね……」
そう言って企業連への不快感を顕にしたコギトの顔をモナカはミラー越しに見つめていた。
「ここにおる人々はいつも都市に入ることを夢見とる。都市の中で生活できれば自分は幸せになれると信じて生きとるんや。そんな保証は何処にもないのに」
そう言ってモナカは遠い目をする。
コギトはそれには気付かず都市の外壁を睨みつけていた。
その時モナカが何かを見つけ顔を顰める。
「イヤーな奴らを見つけてもうたな」
その視線の先には企業に所属する軍人だろうか。
数人の男たちが銃を持って歩きながら談笑しているのをコギトは見た。
「コギト君、胸糞悪うなるから見んほうがええよ」
だがコギトはそれには従わず男たちの方を見つめたままだった。
そのまま男達はスラムに近づいていく。
まさかとコギトが思うと同時に男たちは銃を構える。
「ッ!」
そしてスラムの住人たちに向かって銃弾を撃つ。
子供たちが泣きながら逃げていくのを見たコギトは今手元に武器があったなら男達に突撃していたのではないかと言うほどの怒りに包まれる。
ギリギリと歯を噛み締めた。
「……企業にとってスラムの人間はゴミ以下の存在や、都市の人間がそれを使って遊ぶのに何ら問題はないと言うわけやな」
「……本当に企業ってやつは嫌になりますね」
「……そうやな」
モナカはそう言って小さなため息を吐く。
それから暫くの間二人の間に会話はなかった。
モナカは道無き荒野をそのまま進みコギトは窓の外の光景を眺め続ける。
最初に口を開いたのはモナカだった。
「そろそろウチの拠点に着くでー」
コギトが窓から外を見るとどうやら流れの枯れた渓谷に居住区を作っているようだった。
渓谷の入り口まで進むと車が止まった。
「ごめんなーコギト君。ウチの子たちって結構騒がしい子が多いんや。ちょっとお客さんおるからって注意してくるけん待っとってくれん?」
「分かりました」
「ほなちょっと失礼するわー」
そう言ってモナカは足早に車を降りて居住区に入っていった。
その時コギトの視界に3人の人間が現れる。
「皆さん……」
その3人とはもちろんvoidたちのことだ。
『よぉコギト、無事……とはまぁ言えないが生きて再開できて何よりだ。イレギュラーが発生してしまったのはすまなかったな。完全にこちらの不手際だ』
「あ、いえあそこを僕一人で抜けれた自信はないので……これぐらいの傷なら」
『コギト君、私は貴方を無傷で逃がすつもりだったのよ。その観点で見れば今回は失敗だし結果助かったとはいえ運が悪ければ高確率で死んでいたわ』
『ま、だから俺らも準備を完全に整えてくることにしたんだ。今姿を表すことになったのもその影響だな』
「準備ですか」
『あぁ……例えば今後必要となるだろう拡張データを作成してきた。俺らと声を出さずに会話するための発信能力をお前に授けるものだ』
「それは良いですね」
コギトもvoidたちと話すためにいちいち声を出さないといけない現状には問題があるとわかっている。
例えば街中であればコギトは頭のおかしな奴だと思われること間違いないだろうし、戦闘中であれば会話を聞かれて敵に奇襲を行われたりするだろう。
つまり声を出さないで会話するというのは現状最も重要な事柄の一つであった。
ブブブと微かな羽音をたてて蜂型のバグドローンが近付いてくる。
『今回はコイツにデータを仕込んでいる。ちょっと痛いかもしれないが我慢してくれ』
「大丈夫です」
そうコギトが答えるとバグドローンはコギトの後ろ側にまわる。
そうしてうなじあたりに取り付いたかと思うと一瞬だけだが鋭い痛みが走った。
「ッ!」
『すまないな、流石に痛み止めも刺す瞬間は効いてないんだ。さてこれで俺等にデータを送信出来るようになったと思うんだがどうだ?心の中で念じるようにすればいけるはずだ』
「分かりました。ちょっとやってみますね」
そう言われたコギトは言われた通りに言葉を念じる。
『あー、あー、通じていますか?』
『よし、いい感じだ』
『良かったです。ちなみにこれって考えていること全部伝わるんですか?』
『いや、伝える内容はお前の意志で絞ることができる。そこには時間をかけたからな。安心してくれ』
『分かりました』
聞かれて困るようなことを考えるつもりは今のところないが一応コギトは気になっていることを聞いた。
どうやらvoid達はそこに時間をかけたらしい。
『一応他にもバグドローンの数を増やしたりしたな』
『そうなんですね』
眼の前に現れた二体目の蜂型バグドローンを眺めながらコギトは答える。
そうして新たにできるようになったことを聞いているうちにモナカが戻って来たようで車の扉が開いた。
「いやーコギト君遅うなってゴメンなー」
「そんなに待っていないので大丈夫です」
「そーか?ならまぁ良かったわ。すぐに車停めるから降りる準備しとってなー」
そう言ってモナカは車を少し走らせたあとに停めた。
どうやらそこは倉庫のようで沢山の物資が積まれているようだ。
扉が開くとコギトと同じかそれよりも小さな子供たちが入ってきた。




