第1話 : ヴェリディアの世界
場所:不明
時間:不明
目標:生存
世界は爆音ではなく、ズキズキと脈打つ鈍い痛みと共に戻ってきた。
最初の感覚は、冷たさ。
焼夷弾の記憶とは真逆の、体の芯まで蝕むような冷気。頬に押し付けられた、硬い石床の感触だ。
二番目の感覚は、匂い。
オゾン。鼻を刺す、殺菌されたような匂い。まるで落雷の直撃でも受けたかのような……俺たちを蒸発させたはずの、ミサイルの残香。
「……ッ」
俺は呻きながら、体を起こす。全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
素早く状況を確認する。致命傷はない。戦闘服は焼け焦げているが、装備は無事。ホルスターのサイドアームも健在だ。
……生きている。あらゆる論理を無視した、ありえない事実だった。
「全員、状況を報告しろ」俺は、嗄れた声で言った。
「うへぇ……まだ生きてますよ、レイ」左から聞こえたのは、軽薄で皮肉っぽい声。ハンゾウだ。奴はすでに片膝をつき、慣れた仕草で服の埃を払いながらも、その目には緊張が浮かんでいた。「これが死後の世界ってんなら、随分と内装のセンスが悪い」
「てめぇはな」右からは、もっと野太い声が響く。シバタだ。奴はすでに立ち上がり、自分の心臓を再起動させるように、巨大な拳で胸を叩いていた。「列車にでも轢かれたみてぇだ。クソ、ここはどこだ? どいつを殴り飛ばせばいい?」
「場所は……断定不能です」タクミの声だった。奴は床に座ったまま、リストバンド型のデータパッドを猛烈な勢いで操作している。「GPS信号、受信不能。既知、未知を問わず、あらゆる周波数帯に反応なし。この部屋のエネルギー反応……ありえない。興味深いですね」
俺の部隊。全員、生きている。
その安堵は、痛みと混乱を突き抜け、鋭い刃物のように俺の胸を貫いた。何が起ころうと、俺たちは一緒だ。
改めて周囲を見渡す。ハンゾウの言う通り、内装のセンスは最悪だった。
そこは広大な円形の部屋で、壁は荒削りな黒レンガ。窓はなく、出口は黒鉄で補強された巨大な木製の扉が一つだけ。床には、見たこともない複雑な文様が刻まれ、俺の頭痛と同期するように、淡い光を放っていた。
――召喚陣。嫌なピースが、カチリと嵌っていく。
その時、俺たち以外にも人がいることに気がついた。
陣の向こう側、怯えた羊のように身を寄せ合う四人の人影。
ガキだ。全員、日本人。黒い学ラン姿の男子生徒が二人と、セーラー服の女子生徒が二人。奴らは俺たちの黒い戦闘装備と、体に括り付けられた銃器を、恐怖に満ちた目で見つめている。まるで教室から悪夢の中に直接引きずり込まれた、そんな顔だった。
俺はチームに「待て」と合図し、宥めるように片手を上げた。「君たちは誰だ?」冷静に、努めて平坦な声で尋ねる。「ここがどこか知っているか?」
男子生徒の中で一番背の高い、意志の強そうな顎をした少年が、仲間を庇うように一歩前に出た。「ぼ、僕は鈴木カイトです」声は僅かに震えていた。「都立城西高校の、生徒会長をしています。こちらは、副会長の田中ミユキ」
隣にいた少女、ミユキが、こくりと緊張したお辞儀をする。真面目そうで、場違いなのが見て取れた。
カイトは残りの二人を指差す。「彼は、美術部の石川レン……それと、佐藤アサミ……さんは、ええと……」
言葉を濁したところを見ると、よく知らないのだろう。レンと呼ばれた少年はスケッチブックを盾のように胸に抱え、恐怖の中でも、物珍しそうに部屋の構造を目で追っている。もう一人の少女、アサミは、後方で気配を消し、全てを観察するかのように、不気味なほど無表情だった。いわゆる帰宅部、というやつか。
「僕たちが覚えているのは、放課後の生徒会室にいて……強い光が見えて……それで、ここに……」カイトは勇気を振り絞るように続けた。「あなた達は、一体……?」
「俺はレイだ」俺は、それ以上の情報は与えなかった。「こいつらはハンゾウ、シバタ、そしてタクミ」
俺のチームは、無言で頷くだけだった。
生徒会長。東京の高校生。
俺の頭が、ありえない情報を処理しようと猛烈に回転する。俺たちは樺太でのブラックオプス中に裏切られた。こいつらは教室にいた。作戦上の接点も、考えうる関連性も、何一つない。なぜ、こいつらが俺たちと?
まさか……これも第4エシュロンの仕業か?奴らはミサイルの代わりに、別の何かを使ったとでも?都合の悪い駒と、ついでに民間人の目撃者を数人、まとめて『消し去る』ための、新型の実験兵器か?
己の司令部が、子供まで巻き込むほど外道に落ちたという思考に、腹の底から冷たい怒りがこみ上げてきた。
「あの、あなた達も日本人なら、」カイトが必死の望みを込めて口を開く。「ここがどこなのか、何か心当た――」
「静かに」
俺は叫び声ではなく、ただ片手を上げるだけの鋭い仕草で、カイトの言葉を遮った。意識は扉に集中している。静寂の向こう側で、ブーツが石を擦る微かな音を、俺の耳は捉えていた。
カイトは抗議しようとして、戸惑いの表情で固まる。その直後だった。
ドンッ。
重く、決定的な音。扉の向こうで、鉄の閂が外される音だ。
学生たちが悲鳴を上げて後ずさる。俺のチームは一言もなく動いた。流れるような動きで、巨大な扉と背後の学生たちの間に、防御壁を築く。
この扉から現れるものが何であれ、まず俺たちを突破しなければならない。
ギィィ、と低い軋み音を立て、巨大な扉が内側へ開いていく。
最初に現れたのは四人の人影。その動きは、統率が取れていた。
パラディン。内側から光を放つかのような、装飾過多な鋼鉄の全身鎧。片手には巨大なタワーシールド、もう片手には俺の背丈ほどもあるグレートソードを携えている。バイザーの奥の視線が、冷たく俺たちを品定めする。
そして、彼らの後ろから、最後の人物が姿を現した。
年老いた男だ。背は低いが、その瞳は鋭く、理知的。白と金を基調とした豪奢なローブをまとい、その手には拳大の宝石が埋め込まれた巨大な杖。計り知れない力と、揺るぎない権威のオーラを放っていた。
老人は、俺たちの背後で怯える学生たちを完全に無視した。その鋭い視線が、俺と俺の部下たち――その焼け焦げた装備と近代的な銃器――を舐めるように見渡す。一瞬、その顔に困惑か、あるいは失望のような色がよぎったが、すぐに完璧に拭い去られた。
代わりに浮かんだのは、薄く、穏やかな笑み。まるで収集家が、新たに入手したコレクションを眺める時の……その価値を計算し、そして、いくつかを無価値だと断定するような、そんな種類の笑みだった。
老人は杖を掲げた。先端の宝石が柔らかな光を放つが、その光は奴の冷たい瞳を少しも暖めはしなかった。
「恐れることはない、勇敢なる魂たちよ!」
老人の声は、芝居がかった権威をもって、石造りの部屋に響き渡った。「汝らは、我らの必死の祈りに応えてくれたのだ!ここは偉大なるヴェリディア大陸、神聖なる『エリュシア王国』の中心である!」
彼は、選ばれし子供らを歓迎する慈悲深き家長のように、俺たち八人全員に微笑みかけた。
「ようこそ、異世界の英雄諸君!」




