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第百二十三話 小話「成長の代償」

 迷いの森は荒野と隣接する形で存在している。

 イダンリネア王国からは随分と離れており、軍人はおろか傭兵でさえ立ち寄らない。

 それでも用心に越したことはなく、その森には摩訶不思議な結界が張られている。方向感覚を狂わせる効果があり、森の奥へ進むことは不可能だ。

 ここまでしたからこそ、魔女の里は平穏な日常を手に入れた。

 赤髪の魔女を頂点とするその地には、魔眼を宿した女性がチラホラと見受けられる。今でこそ人間宣言によって迫害を受けることはなくなったが、それまでは魔物として狩られる宿命を背負わされていた。

 人間宣言。二年前に、イダンリネア王国の女王が公布した発表だ。

 その内容は至ってシンプル。魔女は魔物ではなく、我々と同様に人間である、そう謳った。

 その宣言はこれ以上でもこれ以下でもないのだが、王国民にとっては大事だ。

 なぜなら、千年近く養ってきた常識が覆されてしまった。

 それでも大きな騒動にならなかった理由は、魔女が人間であると証明されたからだ。

 エルディア・リンゼー。城下町の武器屋を営む、主人の一人娘。

 彼女の明るい性格と目立つ体躯、なにより軍人から傭兵へ移った経歴から、有名人とは言えないまでも知る人ぞ知る存在だ。

 エルディアは母親が魔女ゆえ、後天的にその瞳を魔眼へ変化させてしまう。

 だからこそ、王国と魔女の架け橋になれた。

 エルディアは王国の人間だ。

 エルディアは魔女だ。

 無理やりな帰結かもしれないが、魔女は人間であると結びつけられた。

 人間宣言とエルディア。この二つがかみ合った結果、王国の民は魔女を人間だと理解し直す。

 実は、この件で暗躍した人物こそが赤髪の魔女ことハクアだ。

 三年前の光流武道会に乱入し、四英雄を打ち負かした上で女王に直訴する。

 その内容こそが人間宣言の要求であり、乱暴なやり方ながらも、女王は受け入れる。

 そして、年が明け、人間宣言が国民に発表された。

 これが今日の平和に繋がるも、当の本人はどういうわけか正座を強いられている。


「なんで、私が……」


 目を背けるように愚痴る理由は、白衣と赤髪が汚れるからではない。

 反省を促されてしまったからこそ、年長者として跳ね返ってしまう。

 彼女の隣には、エウィンも正座の真っ最中だ。

 ここは里の一画に存在する、広大な空き地。普段は運動場として活用されるも、今だけは静まり返っている。


「悪いのは僕というよりはハクアさんでは?」

「あーん? 罪を擦り付けるつもり?」


 自覚があるからこそ、ハクアは罪という単語を用いてしまう。

 二人は正座のまま口喧嘩を始めるも、それを咎めるのもまた、正座を言い渡した老人だ。


「おぬしらが壊した建物は、三件。死人は出ず、怪我が二人でどちらも打撲で済んだから良かったものの……。前から言っておるじゃろう、本気を出すならもっと離れた場所でやってくれ」


 この巨漢はモーフィス。六十歳を越えるも、その肉体は筋肉の塊だ。この里の誰よりも背が高く、実力についてもハクアに次ぐ二番手に位置する。

 もっとも今は、四位に繰り下がってしまった。エウィンとアゲハに追い越された結果ながらも、腹を立てている理由は順位とは関係ない。

 この状況がエウィンを萎縮させる一方で、ハクアは反論も兼ねて主張を試みる。


「私は本気なんて出してないわ」

「だとしてもじゃ。ほれ、家がぶっ壊れたことに変わりない」

「うぐ……」


 モーフィスは普段通りの半裸だ。短パンしか履いておらず、筋肉という鎧を見せつけている。

 仁王立ちのまま視線を後方へ向けると、その方角には倒壊した家屋。改築等を目的とした解体ではなく、だからこそこの老人は怒っている。


「念のため確認すると、実戦形式の手合わせで、エウィンが里長のパンチを避け切れず、腹に受けて吹っ飛んだ、と……。ここまではよいか?」

「はい、死ぬかと思いました。この人、手加減が下手過ぎて……」

「ちょっと! 私が悪いみたいな言い方!」


 叱られていながらも、ハクアは睨むように反論する。

 それを受け流すエウィンは平然としており、一方でモーフィスは呆れるしかない。


「里長がこやつをぶっ飛した結果、あの家が壊れたばかりか、その向こう側の建物も壊れたわけじゃが……」


 言うなれば、エウィンが弾丸のように家屋を貫いた。一軒目では威力は減衰せず、三軒目を破壊してやっと運動エネルギーを使い切る。

 どちらが加害者なのか、モーフィスは判決を言い渡したいわけではない。

 当然ながら、ハクアの落ち度だ。年長者であるばかりか、気づけばエウィンの保護者も兼ねている。

 ましてや、日々の鍛錬においては指導者でもあることから、今回の騒動においては彼女が責任を負わなければならない。


「う、わかってるわよ。建て直すの手伝うわ。こいつが」

「え⁉ いやまぁ、木材ならいくらでも運びますけど……。ハクアさんも手伝ってくださいよ。いや、手伝え」


 エウィンの主張は正しい。

 しかし、問題は言い方だ。

 二人は正座のまま、互いをボコボコを殴り合う。

 こうなってしまっては、モーフィスはため息をこぼすしかない。


(こ、こやつら……。怪我人はアゲハが治してくれたから大事にはならなかったが……。家の立て直しも、俺や警戒班が手伝えばいくらでもフォロー出来るじゃろう。明日からは、もっと離れた場所で修行してもらうしかなさそうじゃな。丁度、森を切り拓くことになるじゃろうから、鍛錬場をもう少し拡張するかのう。それにしても……)


 老人の顔が、チラリと若者を盗み見る。

 エウィンはリードアクターを発動させていないため、殴り合いでハクアに敵うはずがない。

 そうであると裏付けるように、顔中痣だらけだ。

 それでも食い下がる胆力に、モーフィスは成長を垣間見る。


(俺と手合わせしていた頃とはまるで別人……。なんという成長の早さじゃ。六十年以上生きてきたが、やはりこやつは別格じゃな)


 頭上の空は青々と澄んでいる。薄い雲はちらほら見つけられるが、日光を遮るには至らない。

 身内の騒動によって里の平穏が崩されてしまったが、それが里長によって引き起こされたとあっては、誰も文句を言えない。

 ゆえに、モーフィスがその役を買って出る。貧乏くじであろうと、誰かが反省を促さなければ、必ず死人が出てしまう。

 それほどに、エウィンの鍛錬はレベルが上がった。指導する側は実力を抑えているが、戦闘の騒音は森を震わせるほどだ。

 この少年がどこまで育つのか、モーフィスにも見抜けない。

 わかっていることは一つだけ。

 孫を見るように見守りながら、腹から声を出す。


「アゲハー! そろそろ手当てせんと、エウィンが息を引き取るぞー!」


 エウィン・ナービス、十九歳。ハクアとの殴り合いでは、まだまだ劣勢だ。

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