↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
122/128

第百二十二話 女の名はセステニア

 両親について、もはや何も思い出せない。名前はおろか顔すらも不確かだ。

 それは長すぎる年月を生きており、古い記憶はどこかに捨て去ってしまった。

 ここは地上から隔絶された地下迷宮。この施設は同胞達と共に作ったはずだが、その記憶すらも見当たらない。

 長い黒髪が揺れている。水中をたゆたうように揺れている。

 この女は罪人なのか? 見えない十字架にはりつけにされており、身動きすら許されない。

 完全な拘束だ。

 事実、彼女は千年もの間、こうして過ごしている。

 女は巨大な炎に包まれている。まとっているのではなく、その内側に閉じ込められている。

 広大な地下空間には光源の類が見当たらず、それでもその部分だけが明るい理由は、大きな炎がまばゆいためか。

 女はそこから動けない。

 真っ白なワンピースと長い髪だけが揺れ動いている。

 そのはずだが、闇の中でペタリペタリと足音が響き始めた。


「セステニア様」


 女の声だ。他者を嘲笑うような声質ながらも、今だけは演じるように声色を整えている。

 ゆっくりと近づくそれは、人間のようでそうではない。

 魔物だ。

 顔も、腕も、足すらも人間の女性と見間違うが、どういうわけか胴体部分が見当たらない。

 代わりに、そこには火の玉が浮かんでいる。四肢と頭部は人間を模倣するように配置されている。

 これの名前はオーディエン。おおよそ四百年前から歴史の裏で暗躍しており、ここには報告のために舞い戻った。

 しゃなり、しゃなりと歩みを進めながら、オーディエンは炎の前で跪く。


「招集した部下ガ、全員殺されましタ」


 嘘は言っていない。

 だからこそ、オーディエンは顔を伏しながら笑みを浮かべている。

 ここでの部下とは、煉獄から連れて来た千を越える魔物達だ。それらは赤髪の魔女によって滅ぼされたため、作戦の立案者である主人に事の顛末を話さなければならない。

 この発言を受けて、女は両手両足を固定されたまま、つまらなそうに口を開く。


「この時代のニンゲンも、やるではないか」


 女の名前はセステニア。千年前に、巨人戦争を引き起こした張本人。その見た目は中肉中背の女性ながらも、耳の形状だけは異質だ。上へいくらか伸びており、少なくとも現代の人間には見受けられない。


「ソのようでス。ニンゲンの国へ真っすぐ向かわせましたガ、軍隊に阻まレ、部下は全員殺されましタ。イやはや見事でしたヨ、ニンゲンはたいした被害も出さずニ、コちらの手駒は一掃されましたかラ」


 オーディエンは事実と嘘を織り交ぜる。

 数千の魔物が殺された、これは本当だ。

 一方で、目的地はイダンリネア王国ではなく、聖地ムサ。正しくはエウィンであり、この少年の成長を促すためだけに、オーディエンは煉獄の魔物を切り捨てた。

 これこそが真実だ。

 そのはずだが、上司に虚言を伝える。

 オーディエンはセステニアの部下ではあるのだが、決して忠実ではない。

 一方で、裏切ってもいない。

 頭上の人間が願う通り、結界から解き放つつもりだ。

 しかし、同時に己の願望も実らせたい。


(エウィンのおかげデ、ヤっと叶いそうダ。ハクアにも感謝しないとネ)


 それは、子供じみた欲望だ。

 巨人戦争を締めくくる時のような、最強同士の殺し合い。このような死闘をショーとして鑑賞したい。これこそがオーディエンの願いだ。


(アルジは強イ。エウィンにもっともっト、モっともっと強くなってもらわないト……)


 対戦カードは内定済みだ。

 エウィン対セステニア。

 両者の合意など無視して、オーディエンは虎視眈々と準備を進めている。

 そんなことは露知らず、女は巨大な炎に囚われたまま、ぼやくことしか出来ない。


「オマエは、何をしていた?」

「怖くて怖くテ、逃げることしか出来ませんでしタ」

「ふん、ふざけたことを……」

「ニンゲンの多くはゴミのような存在でス。デすガ、一部は突出した力を持っていまス。千年前ノ、六人のようニ……」


 初代王こと、オージス・イダンリネア。

 四英雄。

 そして、後に肉体を失い白紙大典と名乗る、マリアーヌ。

 この六人がセステニアと戦った。

 彼らは全員が超越者ながらも、決着は封印という形ゆえ、一時休戦に過ぎない。


「この時代には残ってはおるまい? あの時のような強者など……」

「ハイ、オっしゃる通りでス。ソれでもニンゲンハ、強者の血を絶やさず残していまス。アルジに限って敗北などありえませんガ、ゴ留意ヲ……」

「くだらない。どうであれ、ここから出られたらの話しだ」


 セステニアの言う通り、彼女は巨大な炎に縛られている。内側から炎の魔法を発射することは可能なのだが、それで人間を殺すためにはここまで呼ばなければならない。

 実は過去に二度、結界の強度が弱まった。

 それでも脱出には至らず、はりつけのまま、出来ることは部下からの報告に耳を傾けることだけだ。


「結界についてハ、良い報告がありまス。ツいに目途がつきましタ」

「本当か?」

「ハイ。何年かかるかまではわかりませんガ、ファファファ、必ずや解除してみせまス」


 これもまた、真実と嘘だ。

 オーディエンがその気になれば、数日で結界を砕ける。

 しかし、そんなことはしない。

 タイミングは、対戦相手の準備が整った時だ。

 今、セステニアを解き放った場合、今度こそ人間は滅ぼされてしまう。

 オーディエンはそのことを理解しているため、報告に嘘を織り交ぜて時間を稼ぐ。

 つまりは足止めだ。

 最高の娯楽を楽しむためなら、己の主人すらも騙し続ける。

 これこそがオーディエンの本質であり、セステニアはきな臭さを感じながらもそこまでは見抜けていない。


「オマエの言うことを鵜呑みにはしないが、任せるしかないのも事実か……。暇潰しにニンゲンの戦力を削ぐつもりでいたが、結界の破壊を最優先に動け」

「ハイ、お任せくださイ」

「よしなに」


 偽りの報告会はこれにて終了だ。

 オーディエンは立ち上がると、音もなく闇の中へ消え去る。

 その顔は、心底満足そうだ。主人を欺いたことに罪悪感など抱いておらず、今後も己のためだけに向けて動くつもりでいる。


(アと何年、待てばいいのかナ? 十年? 二十年? ソれくらいなラ、待ってあげられるヨ)


 エウィンがハクアを越えて、セステニアと並ぶ時。それこそが、オーディエンの願いが叶う瞬間だ。

 もっとも、それがいかに困難か、この魔物も知らないわけではない。

 ハクアは最強の魔女だ。

 なぜなら、おおよそ四百年の歳月を、鍛錬に費やした。

 人間にはたどり着けない領域だ。寿命が八十年前後である以上、彼女を上回ることなど出来やしない。

 それでもオーディエンは期待する。


(ワタシが存在する理由……。ワタシが生まれた理由……。ソの瞬間こそガ、ワタシの全テ!)


 通路には素足の足音が響くも、無音への変化には理由がある。

 床の材質が変化したためだ。

 先ほどまでは薄紫色の廊下を歩いていたのだが、今はガラスのような透明な何かの上に立っている。

 あるいは硬い液体か。水面のように、踏みしめる箇所から真っ赤な波紋が広がっている。


(エウィン、期待しているヨ)


 実は、この魔物も彼のことを見誤っている。

 当然だろう。エウィンはアゲハと契約を果たした時点で、人間の枠組みから外れてしまった。

 二十年もかからない。

 十年すらも必要ない。

 たったの一年だ。それだけの月日で、エウィンはハクアを越えてみせる。

 もっともそれは一年後のことであり、今は人体が壊れるほどの修行で汗と涙を流すしかない。

 エウィンとセステニア。

 両親を失った傭兵と、両親の名前すら忘れた女。

 本来ならば、この二人が戦う理由などない。あるはずもない。

 そのはずだが、仕組まれてしまった。

 気づけば、舞台の上に立たされていた。

 こうなってしまっては、降板などありえない。

 そのつもりも、ない。

 エウィンは知った。この戦いが人類の運命を左右するのだと。

 ましてや、地球への扉を開くためにも、敵前逃亡だけはありえない。

 世界を救うためにも。

 アゲハのためにも。

 エウィンは戦う。

 主役に抜擢された以上、その重責から逃げるつもりはない。



 ◆



「もう嫌だ! 逃げる!」


 耳をつんざくほどの叫び声だ。悲鳴とも言い換えられるのだが、少年は腹の底から吠えた。

 声の主はエウィン。運動日和の晴天に負けじと、彼の顔は青ざめている。

 当然だろう。右腕がポッキリと折れており、ピンク色の骨が皮を突き破って体外へはみ出している。


「ふん、アホなことを。私から逃げられるとでも?」


 赤髪の魔女が、両腕を組みながらふんぞり返る。腕を折った張本人ながらも、こうも威張れる理由は強者ゆえか。

 実戦形式の鍛錬に休みなどない。

 ハクアはこう主張しており、エウィンとしても否定しない。

 しかし、こうも痛めつけられては、弱音の一つも吐いてしまう。

 ましてや命に関わるほどの負傷が続けば、逃亡という選択肢を選びたくもなる。


「今の僕なら! 今の僕ならー! ぐえぇ!」

「無駄だって言ってるの。リードアクターでキラキラ光っても、今のあんたじゃ私の足元にも及ばないって知りなさい。アゲハー、さっさと治してあげて」

「うん」


 どんな傷も、アゲハが触れば魔法のように完治だ。彼女は訓練に立ち会っており、こういった事態は頻繁に訪れるため、決して退屈しない。

 アゲハに右腕を撫でられつつもエウィンが起き上がれない理由は、ハクアに踏まれ続けているためだ。

 地面に伏したまま、ぼやかずにはいられない。


「強くなる前に死んじゃいます。もっと手加減してください」

「してるわよ」

「だとしたら、もっと上手に手加減してください」

「う、うるさいわね……。あんたが強くなれば済む話しなの」

「そうなる前に殺されるって言ってるんですー。ハクアさんはハクアさんで手加減の修行が必要なんじゃ?」

「あー言えばこー言う……。ほんと、減らず口だけは達者なんだから……。ほら、さっさと立ちなさい」

「じゃあ、足どけてください」


 治療後もエウィンは踏まれっぱなしだ。

 ハクアもそれを承知で言い放つも、アゲハがこのタイミングで助け舟を出す。


「区切りも、いいし、少し、休憩する?」

「賛成賛成!」

「アゲハはすーぐ甘やかすんだから。だったら気分転換も兼ねて、あんた達で手合わせなさい。見ててあげる」


 本来ならばあり得ない提案だ。

 なぜなら、エウィンはリードアクターを進化させ、驚異的な身体能力を得た。

 だからこそ、アゲハでは手も足も出ない。

 そのはずだが、そうではない。

 彼女もまた、ひっそりと能力を向上させている。

 ワスレナグサ。そう命名したそれは、黒髪を先端側から半分を青く変色させるだけではない。リードアクターのように、彼女の肉体を大幅に強化する。

 もっともこれは、以前までのお話だ。

 エウィンのリードアクターが強化されたタイミングで、ワスレナグサも同様に変貌していた。


「おまたせ」


 彼女の長い黒髪は、毛先だけが青い。

 しかし、今は根本に至るまで青一色だ。

 それだけに留まらず、あふれ出る闘気は台風のように空気を震わせる。

 見た目の変化に留まらず、アゲハはエウィンに匹敵するほどの実力を身につけた。対戦相手としては申し分なく、だからこそハクアはこのペアを戦わせる。

 その結果が、これだ。


「はい、そこまでー」


 ハクアが審判らしく、決着を言い渡す。

 そこには、仰向けに倒せるエウィンと、恥ずかしそうに身を捻るアゲハ。

 この状況には、年長者として愚痴らずにはいられない。


「エウィン、あんた、真面目にやりなさいって」

「い、いいパンチもらっちゃいました……」

「顔面にね。おもいっきり鼻血出てるけど、それって……。まぁ、いいわ。アゲハはアゲハで手加減しすぎよ。そこのバカは隙だらけなんだから、もっと目一杯打ち込みなさい」

「そ、そう言われても、うぅ……」


 アゲハが恥じらっている理由。それは、エウィンの視線を敏感に感じ取ったためだ。

 彼女が体を激しく動かす場合、当然ながら、大き過ぎる乳房が水風船のように振動してしまう。

 エウィンはその揺れを決して見逃さず、アゲハもその視線に照れてしまった。

 ゆえに、真剣勝負など不可能だ。

 戦っている振りをして乳繰り合ってしまうのがこの二人であり、ハクアとしてもため息をこぼしてしまう。


「どうしたものかしら。エウィンは当然ながら、アゲハにも強くなってもらわないと困るのだけど……」


 模擬戦の相手としても、治癒能力の保持者としても、彼女は貴重な戦力だ。

 そういった点から、アゲハとエウィンは肩を並べて欲しい。少なくとも、ハクアはそう考えている。

 もっとも、焦る必要はない。眼前の二人は確実に成長しており、魔女は魔眼を細めながらその光景を眺める。


「だ、大丈夫?」

「もちろんです。眼福過ぎて、むしろ夢心地です」

「そ、そうなんだ。私が殴る前から、鼻血出てたもんね。ビックリして、思わずグーで殴っちゃった……」


 光流暦千十九年、五月。二人の修行が開始された。

 指導役はハクア。この時代における、最強の魔女だ。

 エウィンの当面の目標は、この指導者を越えることだろう。

 そこが始まりであり、その先にはオーディエンとセステニアが待ち構える。

 長い道のりだ。

 しかし、必ずたどり着ける。

 ハクアはそう確信しており、この若者を容赦なく鍛えるつもりだ。

 青空の下、彼らは汗を流す。

 強くなるために。

 アゲハのために。

 そして、この世界を守るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。