↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
124/128

第百二十四話 小話「彼らの一日」

 赤髪の魔女は天涯孤独だ。

 天技と呼ばれる素養の発現で、加齢は三十代で停止した。

 老いないことを利用して、彼女はおおよそ四百年もの年月を鍛錬に費やす。

 また、魔道具の研究にも労力を傾けており、森の結界もその内の一つに挙げられる。

 彼女の名前はハクア。その髪は誰よりも長く、恐ろしいほどに真っ赤だ。

 白衣を日常的に着用するため、その身なりは里長と言うよりは研究者が近い。

 そうであろうと、この魔女は里をまとめあげている。それが仕事であり、使命でもあることから、彼女の一日は慌ただしい。


「これ、ハクアさんが作った卵焼き?」

「そうだけど、何? 文句でもあるの?」


 血の繋がらない三人が、家族のように食卓を囲っている。

 エウィン。

 アゲハ。

 そして、ハクア。

 境遇も生い立ちも異なる三人ながらも、食事の度にこうして顔を突き合わせる。今では当たり前の習慣であり、何かしらの話題がない限りは基本的に静かだ。

 しかし、緑髪の少年が場を凍らせてしまう。

 エウィンは料理が作れないため、子供のように食べる専門だ。

 一方で、ハクアはこの家の中でも偉い。そもそもここは彼女の自宅であり、エウィンとアゲハは居候に過ぎない。


「そういうわけじゃ……。ただ、味がちょっと素朴だなぁって……」

「嫌なら食べなきゃいいでしょ。ほんと、口だけは達者になって。いや、舌が肥えたって言った方が正しいかしら?」


 時刻は丁度の正午。

 つまりは昼食の最中であり、テーブルの上には油っぽい料理と白米が並んでいる。

 四角い黄色が彩りを添えるも、エウィンの感想はそれを食べた結果だ。


「僕は基本的に何でも美味しく食べますよ。ただ、この卵焼き……」

「それってもう悪口よ。私は薄味が好きって何度も言ってるでしょ。わかった、もうあんたには作らないから」

「だったらアゲハさんに作ってもらいまーす」

「く、こいつ……」


 料理当番のような制度は設けておらず、基本的にはアゲハが三食作る。

 しかし、ハクアも隙を見て一品二品手伝うことがあり、今回は卵焼きがそうだった。

 口喧嘩と呼ぶほどではない口論を前にして、三人目がフォローする。


「ハクアさんは、その、舌がおばあちゃんだから……」

「アゲハ、それフォローになってないから。むしろ本物の悪口よ」


 アゲハの指摘は正しい。

 ハクアは千年を生きる魔女だ。容姿は三十代のままながらも、心や感覚はいくらか老け込んでいる。

 本人としては否定したいところが、本物の若者からは共感を得られない。


「漬物とか野菜が好きな時点で、年寄り臭い」

「ただの偏見よ。漬物好きの子供だってくさるほどいるんだから」


 この調子で三人は軽口を言い合いながらも、眼前の昼食を次々と平らげる。

 食べ終わる頃合いだった。家長が午後の予定を共有する。


「今朝言った通り、午後の鍛錬は無し。しっかり体を休ませなさい」


 裏を返すと、午前はエウィンを鍛えた。

 普段通りなら午後も鍛錬に励むのだが、今日はそうもいかない理由がある。


「あぁ、そんなこと言ってましたね。警戒班の皆さんと作戦会議でしたっけ?」

「そんな大事じゃないけどね。最近は意味不明な襲撃もないし、至って平和だもの。ただまぁ、警戒を怠るわけにもいかないってだけ……。暇だからって、これ以上トカゲを狩らなくていいんだからね? 倉庫、パンク寸前なんだから」


 ミファレト荒野のトカゲは貴重な食糧源だ。その肉は少々硬いものの、工夫を凝らせば問題なく食べられる。

 トカゲ狩りはエウィンの仕事だ。以前は警戒班が見回りのついでに狩猟していたが、今はこの少年がたった一人で村民全員分の肉を供給している。


「わかってますって。今日だけで三回は死にかけたし、昼寝でもしようかな」


 それが許される理由は、それほどの運動をこなしたためだ。

 エウィンの一日は目まぐるしい。

 起床後、朝食を食べたら早々に修行が開始される。対戦相手はハクアゆえ、一瞬も気を抜けない。

 大地がえぐれるほどの死闘は、おおよそ十一時頃に切り上げられる。

 ここからは別行動だ。

 ハクアとアゲハは昼食作りのために帰宅するも、エウィンはこのタイミングでトカゲを狩りに出かける。

 森を抜け、ミファレト荒野を駆けまわるのだから、それだけでも重労働だ。

 さらには、自身の何倍も重たい魔物を持ち帰るのだから、運動量は並大抵ではない。

 午後も普段通りなら、鍛錬に費やす。

 しかし、今日ばかりは惰眠を貪っても構わない。


「さてと。行ってくるわ」


 昼食の片付けはアゲハに任せ、ハクアが白衣をまとう。

 外出だ。警戒班の事務所を目指して、玄関の扉を開く。

 その瞬間、外で待機していた三毛猫がミャンと鳴くも、ハクアはわずかな時間しか立ち止まらない。小さな額をそっと撫でると、早々に歩き始める。


(もう。エウィンが餌付けするから、家に居ついちゃったじゃない。まぁでも、クリクリのお目目がかわいかったわね)


 この魔女も猫好きだ。飼うつもりはないが、人慣れしている猫にはやさしく接する。

 飼わない理由は、寿命に他ならない。

 猫は十年ないし二十年しか生きない動物だ。昆虫と比べれば長い方だが、不老のハクアにとっては短すぎる。


(野良をかわいがるくらいが、丁度良いのよね)


 そんなことを考えながらも、里の中を颯爽と歩く。赤髪と白衣をたなびかせる姿は力強さと美しさを兼ね備えており、村民の視線を集めてしまう。

 決して広くはない集落ゆえ、目的地にはあっという間に到着だ。

 素っ気ない長屋ながらも、店舗でもなければ娯楽施設でもない以上、派手な装飾など必要などない。

 慣れた手つきで扉を開いた瞬間だった。

 騒がしいほどの話し声が、波のように押し寄せる。数人の女性が甲高い声で盛り上がっており、その勢いは留まることを知らない。

 そうであろうと、ハクアは怯むことなく入室を果たす。


「楽しそうね」


 室内は事務所らしいレイアウトだ。椅子やテーブルが整然と配置されており、壁沿いには棚がいくつも並んでいる。

 里長の到来が喧騒を一瞬だけトーンダウンさせるも、その二人はいつまでも黙っているわけにはいかない。


「ハクア様、お久しぶりです。先ほど戻りました」

「妹あねさん共々、報告のために帰還しましたっす」


 若い男女が我先にと椅子から立ち上がる。どちらもハツラツとしており、少女の方は大人びていようとまだまだ若い。

 二人を取り囲んで盛り上がっていた女性達も、ハクアの到着を受けてスッと起立をする。

 誰もがこの魔女を慕っているからこその対応であり、ハクアとしても気分は悪くない。


「久しぶりってほどでもないけど、そっちは問題ない?」


 近くの席に腰かけ、ざっくばらんに語りかける。

 ハクアにとって、この場の全員が部下だ。

 とりわけ、この二人組には重要な使命を与えているため、腰を据えて話し合わなければならない。

 室内には、十人近い人間が滞在している。その多くが警戒班のメンバーながらも、今日の主役は眼前の男女だ。


「はい。キール共々、任務に励んでます」


 小柄ながらも勝気な少女はネイ。十代ながらもその実力は高く、こうして特別な仕事を与えられている。

 黒髪はハクアほどではないが長く、左耳の後ろで束ねて尻尾のように垂らしている。

 身軽さを重視した革鎧とホットパンツ姿は傭兵のようだ。イダンリネア王国に溶け込むための変装も兼ねており、実際にはこの地で生まれた人間に他ならない。

 彼女の瞳は魔眼ではない。

 だからこそ、スパイのような仕事を任されている。

 もう一人の名前はキール。室内における唯一の男性ながらも、落ち着いた物腰は空気に溶け込めている。


「妹あねさんの暴走に振り回されてまイタッ! ほ、ほら、この通り……」


 隣のネイに殴られながらも、キールは作り笑顔で場を取り繕う。

 こちらは傭兵というより庶民のような風貌だ。防具の類を見に着けておらず、片手剣も椅子に立てかけているため、庶民にしか見えない。

 小突かれた際に茶髪のおかっぱ頭が激しく揺れるも、乱れた前髪をさっと直してハクアに向き直す。

 ネイとキール。この二人は警戒班ではない。王国の情報収集が主な仕事ながらも、今回は別件で里帰りを果たした。

 ハクアの指示だ。真っ赤な長髪を傾けながら、早々に本題へ入る。


「あいつらの手がかり、見つかった?」


 この問いかけが、室内の空気をピリリと張り付かせる。まるで室温が下がったような空気感だが、気のせいではない。

 ネイは踵同士をくっつけるほど背筋を正すも、口ごもりかけながら報告を開始する。


「は、はい! あ、その、やはりトーム山地までが限界で……。なぁ?」

「残念ながら、あいつらの足取りを追うにしても、その辺りで途切れてしまうっす。北に進めば巨人の砦、西へ進んでも草原地帯と砂丘地帯があるだけっす。どちらかでしょうし、どちらが臭いかと言えば、まぁ……」


 二人の説明は曖昧だ。

 しかし、ハクアは静かに考え込む。その間は一瞬だったが、完全な静寂は緊張感を高めるには十分過ぎた。


「西が怪しいわね。敵も素人のはずないし、これ以上は時間の無駄……。いえ、危険なだけか。あんた達は王国に戻りなさい。傭兵として金を稼ぎつつ、エルが困ってるようなら手を貸してあげて」


 ハクアにとって、敵は三種だ。

 一つ目は魔物。人間を襲う外敵ゆえ、人類共通の敵と言っても差し支えない。

 二つ目はセステニア。これの完全抹殺こそが、ハクアの生きる理由だ。

 そして、三つ目は魔女。

 同胞であるはずの存在から、この里はなぜか狙われている。

 迷いの森が襲撃にあった回数は、一度や二度では済まない。

 その度に警戒班あるいはモーフィスやハクアが迎え撃つも、両陣営が無事で済むケースは稀だ。

 基本的には、敵側の魔女が敗れ去る。赤髪の魔女はそれほどに強く、彼女が駆け付ければ戦闘はあっという間に決着だ。

 しかし、それまでの時間を稼ぐ際に、警戒班が被害を被ってしまう。

 モーフィスも娘と義理の息子を失った一人だ。

 警戒班は危険と隣り合わせであり、だからこそ猛者が選ばれ、この地を託されている。

 裏を返すと、警戒班を異なる理由で動かすわけにはいかない。

 そういった背景から、ネイとキールに白羽の矢が立った。

 今回与えられた仕事は、この地を襲った魔女の足取りを調査。簡単なようで非常に困難な任務と言えよう。


(どんなに痛めつけても、絶対に吐かない連中だもの。手がかりはさすがに……)


 ましてや、この大陸は広い。人間の住める場所は限られるも、開拓そのものが進められていない以上、敵の拠点を割り出すことなど不可能に近い。

 それでも、ハクアは今回の報告に満足している。

 方角については、以前から推測出来ていた。

 北西か、西か。大陸図的にもこの二つしかありえない。

 その確認作業が部下によってなされた以上、さらなる調査は別の担当に任せるつもりだ。


「他に、報告したいこととかある?」


 ここからは定例的な話し合いが進められる。

 ネイとキールの帰郷は久方ぶりゆえ、もたらされた情報は多く、一方でハクアとしては退屈だ。

 イダンリネア王国ではこれといった事件が起きておらず、この場で議論するような案件は一つもなかった。

 ゆえに、今後もエウィンの鍛錬に集中することが可能だ。


(反応速度と身のこなし、確実に良くなってる。本当に、信じられない成長速度で……。モーフィスを数か月で追い越した時も驚かされたけど、今のあいつは比較にならない。どういうことかしら? あー、私の指導がきっと優秀なのね)


 自画自賛だ。

 実は的外れなのだが、ハクアとの鍛錬が彼を育てていることに変わりない。

 後に、この魔女は改めて知ることとなる。

 エウィンという人間がいかに特別かということを。

 そんなことは露知らず、今は警戒班の事務所で談笑に耳を傾ける。

 この報告会はだらだらと続いたが、ハクアが立ち上がったタイミングで終了だ。

 夕食作りのために、帰宅しなければならない。家には腹を空かせた居候が待っており、アゲハと共に献立を考える必要がある。

 慌ただしい毎日だ。

 しかし、平穏であることも事実なのだろう。

 日中はエウィンを鍛え、その合間に昼食と夕食を作る。

 朝食に関しては、アゲハに任せてしまって構わない。

 なぜなら、彼女は三人の中で起床が最も早い。

 大学を中退後、引きこもっていた頃は昼夜逆転が当たり前だった。

 しかし、今はその頃が嘘のように規則正しい。

 早寝早起きが完全に習慣づいており、夜も誰よりも早く布団に入る。エウィンとの鍛錬に付き合うことから、心地良い疲労が安眠へ繋がっている。

 起床の後、アゲハは三人分の朝食を用意する。

 完成する頃には家長が自力で目覚めるため、後はエウィンを起こすだけでよい。

 午前はハクア指導の鍛錬を眺めつつ、適宜エウィンの傷を癒す。時折参加させられるも、足手まといを避けるためにも汗を流すことを拒まない。

 午後も引き続き運動だ。食後は筋肉トレーニングに充てられ、腕立て伏せやスクワット等のメニューをこなす。

 その後はハクアとの模擬戦が再開されるも、アゲハはやはり裏方だ。

 もっとも、彼女の治療がなければ、エウィンは幾度となく絶命していただろう。

 それほどにハクアの指導はハードだ。教え方の問題ではなく、実力差がそうさせてしまう。

 だからこそ、アゲハは神経をとがらせて待機せねばならない。あくびくらいは許されるも、一瞬の攻防でエウィンが死にかける以上、走り出す心構えは常に必要だ。

 心身ともに疲れるため、夜更かしなど出来るはずもない。

 ましてや、ゲームやインターネットといった娯楽が存在しない以上、この世界は日本より退屈だ。

 アゲハは明日に備え、自室で早々に眠る。想い人のために朝食を作るためなら、早い就寝も苦痛にはならない。

 エウィンは強くなるために。

 アゲハは支えるために。

 ハクアはこの世界を守るために。

 日々を過ごしている。

 三人は進むしかない。

 その先に絶望的な戦いが待っていようと、立ち止まる猶予などありはしない。


「この野菜スープ、ハクアさんが作っ……」

「うっさい。嫌なら食うな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。