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第百十九話 その跳躍は山すら越えて

 サンドワームはウルフィエナ由来の魔物ではない。

 煉獄。闇に支配されたその地こそが、巨大ミミズの出身地だ。

 事の発端は、七千年前まで遡る。

 その時代は巨人とゴブリンがこの地を支配していた。人間の移住は数千年後ゆえ、魔物達は退屈な日々を過ごすしかなかった。

 言い換えるなら平和なのだが、そのような日々はあっさりと覆されてしまう。

 空間に浮かび上がった、巨大な穴。

 あるいは扉だったのだろう。

 それは向こう側から現れた。

 容姿はミミズよりも芋虫が近い。胴体の下部には多数の足が生えており、それらが一斉に動くことで巨体は前へ進む。

 サンドワームだ。その姿はあまりに大きく、巨人族すら蟻のように踏み潰せてしまう。

 この日、コンティティ大陸は地獄と化す。サンドワームがあらゆる生物を手当たり次第に捕食し始めたからだ。

 巨人族ですら例外ではない。

 ゴブリンや他の魔物の同様だ。

 一部の巨人は海を渡って東の大陸へ避難するも、大半は抗い、そして吸い込まれてしまう。

 その後も、サンドワームの凶行は止まらない。山に大穴を開けながら、西へ東へ暴れまわる。

 巨人族とゴブリンの絶滅は時間の問題かと思われた。

 しかし、歴史が物語るように、事実は異なる。

 なぜなら、サンドワームが前触れもなく討たれたからだ。

 それもまた、どこからともなく現れた。二本の足で歩くも、全身のあらゆる箇所が金属で構成されている。

 人型の魔道兵器。その大きさは巨人族と同程度ながらも、これは超長距離射撃を前提に開発されており、そうであると裏付けるように砲身が巨大な芋虫へ向けられた。

 魔道動力炉が臨界に達したその時だ。発射された光が、サンドワームを容赦なく貫いた。

 決着だ。後にケイロー渓谷と呼ばれるその地で、巨体が溶けるように朽ち果てる。

 その際に、サンドワームは最後の力を振り絞って卵を産み落とすも、その時点で気づけた者はいない。

 そして、時代は移ろう。

 七千年後の光流暦千十九年、卵は孵り、サンドワームが地上に現れた。

 近年、ケイロー渓谷にゴブリンが集結していた理由がまさにこれだ。彼らだけがその予兆を察知するも、一方で抗う術を持ち合わせてはおらず、抵抗虚しく朝食として多くが食べられてしまう。

 サンドワームに知能など備わっていない。本能の赴くまま、空腹を満たすためだけに獲物を食べ尽くす。

 これはシイダン村に人間の気配を感じ取り、畑を踏み潰しながら東を目指した。

 ゴブリンや傭兵からちょっかいを出されるも、そんなものは痛くもかゆくもない。遅れて現れた二人の人間についても同様だ。

 巨躯は止まらない。

 全てを捕食するまで止まらない。

 七千年前は謎の兵器に後れを取るも、この時代の魔道技術は遥かに低下している。

 つまりは、敵などいない。

 思うがままに暴れることが可能だ。

 そのはずだった。

 一筋の光は、流れ星のようでそうではない。

 真っ白なそれは帯電するようにバチバチと輝いている。空から落下するような軌跡ながらも、実際にはただの跳躍でしかない。

 その正体は人間だ。白い光は、彼がまとった闘気に他ならない。

 次の瞬間、緑髪の若者が、自身の何十倍もの化け物を両断してみせる。

 言うなれば、ついでだ。彼はイダンリネア王国を目指しており、その過程で巨大な化け物を目撃したことから、そしてそれが傭兵や王国軍を襲っていたことから、跳ねた勢いで漆黒の大剣を振り下ろした。

 彼の名前はエウィン・ナービス。リードアクターをフル稼働させてまで急ぐ理由は、逸る気持ちを抑えられないからだ。


(アゲハさんのズボン! アゲハさんの半ズボンを買うんだ!)


 そして、履かせたい。

 つまりは下心だ。

 アゲハは太い脚を気にしており、本来ならば長ズボンしか履きたがらない。

 そうであろうと、買ってしまえばどうにかなるだろう。少なくともエウィンはそう楽観視しており、イダンリネア王国を目指して走っている。

 この遠征自体は単なる買い出しだ。家主のハクアから様々な物資を買ってくるよう頼まれた。

 そのためには軍資金が必要なのだが、エウィンは駄賃として予想よりも多い金額を受け取る。

 当然ながら、差額は駄賃だ。

 つまりは自由に使って構わない。ギルド会館でうどんを食べたところで、使い切れる金額ではない。

 ゆえにエウィンは悩むも、ハクアの一声でハッと閃く。


「アゲハに服でも買ってあげたら?」

「でも、アゲハさんっておっぱいがおっぱいだから試着しないと……。あ! ズボンなら大丈夫か!」


 ズボンであろうと試着すべきだが、尻の大きさ含めて十分把握出来ている。

 アゲハが真っ赤な顔で震えていようと、エウィンは金を握りしめて家を飛び出した。

 急ぐあまり、リードアクターを発動させるも今回はそれが功を成す。

 一刀両断だ。

 多数の人間とゴブリンを吸い込んだ魔物は、まな板に置かれた大根のようにドスンと切り裂かれる。

 エウィンはその手応えに満足して走り去るも、ウイルだけはその閃光を見逃さない。


(い、今のはエウィン君か? 見違えるようなプレッシャー……、一皮むけたのか? こうもあっさりと、私を追い抜くなんて……。はは、すごいな)


 もはや笑うしかない。

 つい先日の手合わせでは、この貴族はエウィンを打ち負かした。

 しかし、今はそうもいかない。逆転されたと気づかされた以上、その成長速度には感心しつつも呆れてしまう。

 一瞬の出来事であろうと、ウイルほどの猛者なら見逃さない。

 エウィンの勝利を。

 エウィンの実力を。

 一方で、その他大勢には理解不可能だ。

 眼前の化け物が動かなくなった理由を。

 その巨体から血しぶきが吹き上がる理由を。

 軍人や傭兵ですら首を傾げるのだから、遠方から眺めていた農家達はさらに混乱してしまう。

 そうであろうと、わかることもあった。

 芋虫のような魔物が討伐された。

 それは同時に、自分達が助かったことを意味する。

 大歓声だ。畑の作物を揺らすように、喜びの声が湧き上がる。

 もちろん、心の底から喜べるような事態ではない。

 ここに至るまでに、食べられてしまった傭兵や農家。

 巨体が踏み潰した畑の復旧。

 そして、わずかながらに生き延びたゴブリン達。

 問題は山積みだ。

 とりわけ、ゴブリンについては早急に対処すべきだろう。

 それをわかっているからこそ、ジーターはサンドワームを警戒しながらも、標的をゴブリンへ変更した。

 しかし、ウイルは軍人達を静止させる。種族は違えど共闘した間柄ゆえ、この場は見逃したいと考えた結果だ。

 それを察してか、ゴブリン達はおそるおそる西へ帰る。サンドワームが倒された以上、この場に留まる理由がない。

 この光景に、目撃者は感動を覚える。

 銀髪の青年は貴族でありながら、ミミズの化け物を打ち破った。少なくとも彼らはそう解釈した。

 ゴブリンは弱者ではないのだが、ウイルは追撃を試みないばかりか、軍隊にもそれをさせない。

 その姿は英雄のそれだ。真の功労者は別にいるのだが、それを知る者はほとんどいない。

 サンドワームの討伐がきっかけで、ウイルは後にこう呼ばれることになる。

 救国の傭兵。

 平民にとって、貴族よりも傭兵こそが身近な存在だ。

 だからこそ、シイダン村や王国の民はこう呼んでしまう。

 一方で、ウイルとしてはもどかしい。傭兵と呼ばれることが原因ではなく、手柄を奪ってしまったからだ。

 そうであろうと、後からの是正は難しい。この件は人づてに伝聞され、最終的には女王の耳に届いてしまう。

 それが恩賜に繋がるも、ウイルにそれを拒む度量などない。

 ましてや、シイダン耕地の復旧にはそれ相応の金と時間がかかってしまう。

 田畑の回復と人員の再配置。それらは可及的速やかに実施する必要があるため、エヴィ家として受け取った金を利用するしかない。

 サンドワームの襲撃は、こうして幕を下ろす。

 エヴィ家はその地位をより盤石なものとするも、引き換えにより一層忙しくなってしまう。

 その結果、ウイルとパオラは迷いの森から足が遠のく。時間が工面出来ない以上、やむを得ない。

 そうであろうと、赤髪の魔女は多忙だ。

 鍛える対象をパオラからエウィンへ変更した上に、この少年は十分成長した。ハクア自身が直接鍛えられる程度には育ったことから、今後は修行を加速させる。

 もっともそれは明日からであり、今日はエウィンの帰宅を待つしかない。


「あいつがズボン買って帰ったら、変態って罵るのは当然として、一回くらいは履いてあげなさいよ」

「ひぃ」

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