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第百十話 小話「教えて、ハクア先生」

 昼下がりの穏やかな時間帯。

 普段ならミファリザドを狩るために出かける頃合ながらも、今日は珍しく腰が重い。

 そろそろ出発するつもりでいるのだが、昼食を食べ過ぎたことから、エウィンはもう少しだけゴロゴロとしていたい。

 居間ゆえに空間面積は十分広く、カーペットはいささか古風ながらも上質だ。

 本棚が多数置かれている一画は、家主であるハクアの縄張りとなっている。昼食の後片付けが済んだことから、椅子に腰かけ薬草学の専門書を読みふけっている最中だ。

 そういう意味では邪魔にしかならないのだが、エウィンは反射的に話しかけてしまう。


「魔物って、結局何なんですかね?」


 この問いかけが、ハクアの魔眼をスッと動かす。

 そのついでだ。本を開いたまま、面倒そうに反応を示す。


「なによ、藪から棒に」

「いえ、僕もアゲハさんに言われるまでは疑問に思わなかったんですけど、言われてみたら不思議だなーと思いまして……」

「どの辺が?」

「食事を必要としないところと、倒しても倒しても次の日には元通りなところ」


 エウィンの言う通り、魔物は生物のようでそうではない。

 そうであろうと、人間は自衛のためにも生きていくためにも、魔物を狩り続ける。

 あぐらの姿勢で体を前後に揺らす少年を眺めながら、ハクアとしても呆れるしかない。


「傭兵の癖に、そんなこと気にしてどうするのよ。まぁ、確かに? 未だに解明には至っていないわね」

「ハクアさんも知らないんですか?」

「私は、セステニアの息の根を止めること以外に興味ないもの」

「おばあちゃんのくせに……」

「なんですって⁉」


 エウィンは十九歳になりたての若者だ。

 一方でこの魔女は、千年を生きる長寿。見た目こそ三十代の女性ながらも、生きた年月は非常に長い。

 自業自得な家庭内暴力がエウィンをボコボコにする最中、もう一人の同居人が居間に現れる。


「また、喧嘩してる……」

「アゲハさん、助けグエー」


 エプロン姿が似合う彼女はアゲハ。夕飯の仕込みがひと段落したことから、騒音を聞きつけこの場に足を運んだ。

 血生臭いその光景は、ある種風物詩となっている。

 凄腕のエウィンですら、赤髪の魔女には手も足も出ない。

 もちろん、殺し合いではないのだが、ハクアの鉄拳が容赦なく少年を襲う。

 彼女がいかに手加減しようと、その威力はエウィンの全力以上だ。

 顔を腫らし、鼻血を流しながら、少年はアゲハに助けを求めることしか出来ない。

 喧嘩が終わり、治療も済んだ頃合いだった。先ほどの話題が再開される。


「アゲハ、あんたは魔物のことをどう思ってるの?」


 ハクアがアゲハに意見を求める理由は、彼女が別世界の住民だからだ。

 地球には魔物のような異形は存在せず、ゆえにその価値観や知識を軽視してはならない。


「何と言うか、その、都合が良すぎる、ような……」

「そうね。その点は私も同意見よ」

(あれ? 僕だけ話しについていけない。都合って何のことだろう?)


 アゲハは口数少ない女性ながらも、この家には長く滞在していることから、ハクアにはすっかり心を許した。

 エウィンを介さずとも問題なく会話が成り立つため、賢い者同士でテキパキと会話が進んでしまう。


「食べられない魔物も、いるけど、草原ウサギや、ミファリザドは、わたし達の食を、支えてくれてる」

「まぁ、その辺りは結果論だけどね。ウサギ狩りが容易だから、王国がそこに建国された。ここだって、身を隠すのに適していたから選んだだけ。ミファリザドが生息していることも加味した上でね」

「食べられる生物が、一日の上限は決まってるけど、無限に取り放題……。こんなの、本来はありえない」

「ありえなくても、魔物はそこにいる。そして、そいつらは決して親切な隣人じゃない。千年前に私達は家族を殺されて、村も滅ぼされたもの」


 巨人戦争。光流暦が策定される前から、人間と巨人族は争っていた。

 ハクアの発言はそれを指しており、当事者だからこそこのような言い回しになる。

 一方で、アゲハは冷静だ。この世界に転生を果たして既に一年近くが経過しており、部外者意識は完全に消え失せた。

 それでも、日本人としての常識や知識が、魔物の生態を否定したくなる。


「わたし達は、魔物を知らなすぎると、思う。調べようが、ないのかも、だけど……」

「そうね。ただ、あいつらは多種多様過ぎる。もはや一グループにまとめてはいけないのかも……。ちょっと、エウィン、話し聞いてる?」

「ほげー」


 満腹感と高難度や問答が、エウィンから生気を奪う。

 カーペットに寝転がり、そのまま惰眠を貪る一歩手前だった。

 これからトカゲ狩りに出向く必要があるため、眠るわけにはいかない。

 それをわかっているからこそ、ハクアは里長として釘を刺す。


「ほげーじゃない。あんた、魔物とそれ以外……、そうね、そこら辺の猫との違いがわかる?」

「当たり前です。かわいいか否か!」

「うるさ……。こいつ本気で言ってそうだから、アゲハ、正解を教えてあげなさい」


 その主張も正しいのだろうが、残念ながら不正解だ。

 魔物と動物の差異について、日本人が言い当てる。


「魔源を、宿していれば、魔物」

「そういうこと。本当にアゲハは賢いわねー。エウィン、恥ずかしくないの?」

「いえ、全然」

「く、開き直ってる……」


 エウィンはこの世界に生まれて十九年。

 対するアゲハは二十四歳ながらも、ウルフィエナの住民としては一年足らずの若輩者だ。

 ハクアはその差を指摘するも、この少年は意にも介さない。


「それが魔物の定義なんですか?」

「うん、そうだよ。エウィンさんが、よく読んでる、魔物図鑑にも、書いてあったよ」

「あんたねー、読み込むなら全てのページに目を通しなさいよ」

「く、正論が僕を傷つける。暴力反対! 暴力反対!」


 エウィンの趣味は読書だ。貧困ゆえにそれ以外を知らないだけだが、傭兵としての知識を蓄えられることから、一石二鳥と言える。

 もっとも、興味を持てない箇所は読み飛ばしていた。それ自体は好き嫌いの範疇ながらも、ハクアの指摘には論理的な反論など出来ない。

 アゲハとしては、庇いたい頃合いだ。


「エウィンさんは、魔物に詳しいと、思うよ」

「ですよねですよねー」

「おだてるんじゃないの。ほら、すぐ調子に乗る。話しを戻すけど、魔物は魔法を使う使わないに関わらず、魔源を内包しているわ。あんた達が毎日狩ってるトカゲも例外じゃない。そこで新たな出題、どうして魔物は魔源を蓄えている?」


 まるで授業のような言い回しだ。

 ゆえに、ハクアは背筋を正して考えるも、エウィンは学校に通ったことがないため、興味なさげに寝転がる。


「そういう生き物だからー?」

「身も蓋もない言い方しないの。ハクアはどう?」

「出生、ううん、魔物がどこから来ているのか、そこに関係してる?」

「私もそう考えてるし、王国の学者連中も同意見のようね。魔物はこことは異なる世界から、こっちに湧いてきている。そういう意味では、アゲハもある意味お仲間ね」


 魔物は異世界からの侵略者。これ自体は、長年言われ続けた定説だ。

 しかし、根拠はない。

 観測結果からそうとしか考えられないためだが、理由付けとしては少々弱いか。

 アゲハとしても、やはり首を傾げてしまう。


「魔物は、狩られたとしても、ある瞬間に、自然発生する。まるで、補充されるように……」

「その通りよ。私も実際に何度か目撃したことあるもの。幻のようにぼんやりとそこに現れて、パッと固定化される、とでも言えばいいのかしら。あっという間だし、場所も完全にランダムだから、そうそう立ち会えるもんでもないけどね」


 この現象こそが、魔物が非常識な証だ。

 細胞分裂でもなければ、卵からかえるわけでもない。

 倒されたら倒された数だけ、翌日にはその土地に魔物達が蘇る。この表現は正しくなく、死体はそのままに別の個体がその地を闊歩する。

 アゲハは日本人だからこそ、こう表現してしまう。


「まるで、ゲームみたい」


 彼女の言う通りだ。

 リポップ。

 あるいは、再配置。

 ゲームならば当たり前の仕組みながらも、この世界はゲームでもなければ仮想世界でもない。少なくともアゲハはそう捉えている。

 エウィンはこの単語については既に教わっているため、なるほど、と頷ける。


「魔物とか、そういう敵を倒して遊ぶ玩具でしたっけ?」

「あ、うん」

「倒した敵が元通りになってくれないと、ずっと遊べませんしね」


 知らないなりに正しい考察だ。

 一方で、ハクアは眉をひそめてしまう。


「倒しても倒しても戦いが終わらない。それって私達に勝ち目がないってことよ? それでいいの?」

「僕にそう言われてもー。それに、そのおかげで僕はお肉にありつけてますしー」


 エウィンの言う通りだ。

 ミファリザドを毎日狩って、持ち帰る。これはこの少年の日課であり仕事となっている。

 その結果、毎日三食、好きなだけ肉料理を食せているのだから、恩恵を受けていることは間違いない。

 アゲハもその点が気になっており、転生者として可能性を述べる。


「わたし達は、魔物に、生かされている?」

「どうかしらね? あんた達の言う通り、この世界がそういう仕組みなのは否定出来ない。魔物を殺して、魔物に殺されて、人類は歴史を紡いできた。今後もそうやって生きていくしか……ないのかも。少なくとも、この千年は何も変わっていないし、今後も変える必要はないのかもね」


 長寿の魔女にとって、この話は重要だ。

 ゆえにシリアスな空気を作ってしまうも、十九歳の傭兵を触発するには至らない。


「急に真面目なこと言っちゃって。おばあちゃんなんだかグハッ!」

「死ね!」


 家庭内暴力が再開した瞬間だ。

 誰かが賢くなったわけでもなければ、魔物について何かがわかったわけでもない。

 エウィンが殴られただけかもしれないが、このような出来事は日常茶飯事だ。変わり映えのない日々は、こうして彩られていく。

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