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第百七話 役者が揃いて

 いつも通りの一日だった。

 森の奥地にも朝は訪れ、大人達が眠い目をこする。

 子供達はその次だ。

 ある者は親に叩き起こされ、ある者は朝食の匂いでまぶたを開く。

 もっとも、日付が変わったところで所詮は昨日の真似事だ。

 勤労。

 勉学。

 鍛錬。

 過ごし方は人それぞれながらも、同じことの繰り返しだ。

 今日も変わらぬ日々を過ごすはずだった。

 平穏であることは不幸ではないはずだが、刺激的とも言い難い。

 その点で言えば、今回の来訪は嬉しい誤算か。

 銀色の短髪を揺らしながら、青年が優しく語りかける。


「到着、と。この時間帯だと、ハクアさんはおうちかな?」


 独り言ではない。

 小さな女の子を従えており、歩幅が狭い分、両手両足を機敏に動かしている。


「おうちかも!」


 二人の予想はあながち間違っていない。

 タイミングとしては朝食と昼食の丁度中間付近。つまりは午前十時を過ぎた頃合いだ。

 瑠璃色のツインテールをゆらゆらと躍らせながら、少女は満面の笑顔で兄を見上げる。長距離を走った直後ながらも、額には汗一つ見当たらない。

 それは兄の方も同様だ。

 徒歩なら一か月は見込みたい遠征を、この二人は一時間もかからずに走破する。

 ウイル・エヴィ。

 パオラ・エヴィ。

 久方ぶりに魔女の里を訪れた。迷いの森は既に通過し終えており、眼前には牧歌的な集落が広がっている。

 珍しい客人に里の者達は驚くも、見知った顔だと気づいた途端、彼らは安堵と共に日常へ戻る。

 この兄妹は里長の客人だ。部外者であっても、胸を張って歩けばよい。

 その結果がこれだ。

 一際大きな建物とは別の場所で、彼らは数年振りに顔を合わせる。


「あら、パオラ、いらっしゃい。今回の送迎はウイルだったわね」


 その女は白衣を着ており、真っ赤な髪は臀部を撫でられる程度には長い。

 ポケットに手を突っ込んだまま、足音に反応して口を開いた。

 ハクアの魔眼に見られながら、少女がニコリと駆け出す。


「きたよー。おにいちゃんもいっしょ!」


 パオラが上機嫌な理由は、兄の同伴が珍しいからだ。

 十二歳ゆえに、イダンリネア王国からここまでの経路は覚えられていない。誰かに導いてもらう必要があり、今回はウイルが買って出た。


「お久しぶりです。ハクアさんもお元気そうで」

「居候が二人も増えたから、退屈せずに済んでるわ」


 二年振りの邂逅だ。必要以上に盛り上がらない理由は、パオラが既に騒いでいるためか。

 白衣を引っ張るように抱き着いてから、少女が騒音の方へ顔を向ける。


「おじいちゃん、たたかってるー」


 パオラの言う通り、更地で二人の男が手合わせの最中だ。。

 長身の老人はモーフィス。丸太のような両腕を盾に見立て、一方的に殴られている。

 この巨体が劣勢な理由は、対戦相手がそれ以上に手ごわいから。格付けは済んでおり、緑髪の傭兵もある意味で攻めあぐねている。


「モーフィスさーん、もうちょっと本気出してください」

「嫌味か! これでいっぱいいっぱいなんじゃ! うぐ⁉」


 勝負ありだ。少年の拳が、サンドバッグを殴るようにモーフィスの腹筋を穿つ。

 老人は今日も短パン姿ゆえ、上半身は裸だ。

 腹部を押さえながら、苦しむように座り込む。いかに筋肉の鎧をまとっていようと、眼前の対戦相手は成長著しい。一発の打撃でモーフィスをノックダウンさせる腕力は、人間を越えていることの証と言えよう。

 エウィン・ナービス。緑色のカーディガンで手汗を拭いながら、苦しむ敗者と共にこの一戦について反省会を始める。

 その様子を眺める、ハクアと二人の客人。

 エウィンの情報を得られたことから、ウイルが元傭兵らしく感想を述べる。


「強いですね、彼……」

「そうね。あっという間にモーフィスを上回って、この子にだって勝ってみせたもの」


 ハクアは求められるがままに、パオラと手を繋いでいる。

 その結果、三人は並んで立っており、雰囲気だけなら親と子だ。

 パオラは地味な衣服を着ている。紺色のチュニックと黒いズボン。あちこちが汚れているも、長距離を走ったのだから無理もない。

 ウイルも貴族らしからぬ服装だ。現役時代の革鎧をまとっており、そういう意味では遠方のエウィンよりも傭兵らしい。

 薄赤色のリュックサックは、見た目に反して大容量だ。パオラの着替えだけでなく、お土産がたっぷりと詰まっている。


「エルさんも言ってましたよ。エウィン君はすごいって」

「それでもまだまだね。なんたって、あいつの目標はオーディエンだもの。ここにはいないけど、アゲハのために本気で勝つつもりみたい」


 アゲハは地球の人間であり、さらには故郷で母親が待っている。

 だからこそ、エウィンは彼女の帰還を手伝いたい。

 そのための道筋として、口約束ながらもオーディエンを打ち負かすことで専門家を紹介してもらえる。

 それが絵に描いた餅だとわかっているからこそ、ハクアは呆れるように無表情を貫く。

 対照的に、銀髪の青年は笑顔だ。オーディエンという化け物とは縁があるため、感想を述べずにはいられない。


「私の分も、彼にはがんばってもらいたいです。ところで、そのアゲハさんはどちらに?」

「なーに? アゲハに興味があるの? エルにチクるわよ」

「ち、違います違います! ただちょっと、挨拶くらいはしとかないとなぁって……」


 ウイルとエルディアは結婚を前提に付き合っている。

 正し、この青年は貴族としては半人前ゆえ、婚姻の時期は不明だ。

 会話が盛り上がった結果、話し声が周囲に伝搬する。

 モーフィス達もこのタイミングで二人の訪問に気づくことが出来た。


「なんじゃ、懐かしい顔がおるのう」

「お久しぶりです、モーフィスさん。エウィンさんは、久しぶりってほどでもないか」


 パオラを帰国させた際に、ウイルとエウィンは出会った。

 三週間前の出来事だ。


「先月振りです。パオラちゃんも、おはよう」

「おはよー。おにいちゃんが、ふたり! えへへ」


 実の兄とこの地限定の兄。パオラはそう主張したい。

 嬉しそうな少女を眺めつつ、ハクアが客人に問いかける。


「仕事で忙しいからって、一泊くらいはするのよね?」

「そうしたいのはやまやまですが、大事な会議が二つ入ってて……。片方は父を頼るわけにもいかないため、このままとんぼ返りなんです。騒がしくてごめんなさい」


 貴族には貴族の責務があり、単なる打ち合わせであろうと疎かには出来ない。

 ゆえに、到着したばかりだがすぐに帰宅だ。二年振りの集落に後ろ髪を引かれるも、長男として父の期待を裏切るわけにはいかない。

 ハクアもそういった事情は重々承知だ。この青年を引き留めるような真似はしないが、この機会を見逃すつもりもない。


「そう。だったらせっかくだし、あんた達戦ってみなさい」


 自由な右手をポケットに突っ込んだまま、赤髪の魔女がニヤリと笑う。

 一方で、パオラ以外の三人は無表情だ。

 モーフィスは自身が指名されたわけではないと理解しており、沈黙を貫く。

 エウィンとウイルはピクリとも動けない。突然の提案に思考が追い付かず、先ずは確認することから始める。


「えっと、それって僕と……」

「私が?」


 その通りだ。

 ハクアは頷くと同時に、モーフィスへ指示を飛ばす。


「悪いけど、鍛錬を一旦中断させて。この子達が戦うとなると、余波だけで人を殺せるもの」

「そうじゃろうな。おーい!」


 老人が叫びながら立ち去るも、この場だけは妙に静かだ。

 若者三人が口を開かないため、ハクアがしゃべるしかない。


「一戦交えるくらいの時間はあるでしょう? あんた達が顔を合わせる機会なんて稀なんだから。ほらほら、オーディエンに見出された者同士、思う存分戦ってみせなさい」


 そういう意味では、先輩と後輩だ。

 オーディエンは魔物でありながら、才能のある人間を探し続けていた。

 目的は主と戦わせるため。

 頂上決戦の観戦こそがオーディエンの存在理由であり、そのための人選こそが暗躍の理由だ。

 見出した一人目が、ウイルだった。

 しかし、才能の壁にぶつかってしまったため、舞台を降りるしかなかった。

 二人目がエウィン。一年前に見出され、今もこの地で腕を磨いている。

 果たして、どちらが強いのか?

 実は、この確認に意味などない。ハクアもそれはわかっているのだが、今回ばかりは好奇心が勝る。


「呆けてないでさっさと行くの。あ、パオラはここにいなさい。今からお兄ちゃんが戦うから、一緒に見ましょう」

「わかた! おにいちゃん、がんばれー」

「う、うん、それじゃ、行こうか……」


 ウイルとしては少々不本意だ。一歳年下の傭兵と戦う理由を見いだせず、されど急かされた以上、試合会場へ向かうしかない。

 この青年とハクアは長い付き合いだ。互いが互いの性格を熟知しており、ウイルとしても従う他ない。

 エウィンは緑色の髪ごと頭をかくも、ワンテンポ遅れて歩き出す。模擬戦が嫌ではないのだが、説明の無さには閉口してしまう。

 その二歩目よりも早く、ハクアが静止を言い渡す。


「エウィン、ちょっといい?」

「あ、はい」

「今回は最初から本気を出しなさい」


 予想外の助言が、エウィンの瞳をパチパチと開閉させる。

 全力で戦え。これ自体は至極まっとうな指示ながらも、この傭兵に限っては意味が二つも存在する。


「それって、リードアクターを?」

「そういうこと。あんたの成長は著しい。でもね、上には上がいるって学びなさい」

「い、いや、ハクアさんが目の前にいる時点で、そんなことは言われるまでもないんですけど……。わかりました、出し惜しみはしません」


 作戦会議は終了だ。

 エウィンはハクア達から離れるように歩き出す。

 遠方の対戦相手は既に待機中だ。暇を持て余しているのか、隣の老兵と何やら話し合っている。


「モーフィスさん、少し老けました?」

「はっ、言うじゃねーか。ウイルは、少し背が伸びたか?」

「かもしれません。傭兵時代と比べると、毎日が規則正しいので」


 毎朝決まった時刻に起床。

 朝食もしっかりと用意されており、昼食は手早く済ますことが多いものの、夕食は貴族らしく豪勢だ。

 早寝早起きと十分な食事が成長を促した。

 ウイルとしても、自身の変化は嬉しい誤算だ。


(エルさんとあちこち冒険してた頃に、伸びてくれれば……)


 そんな後悔が脳裏をよぎる。

 エルディアの方が長身ゆえ、思春期の男子ならば背伸びも当然か。

 もっとも、今は婚約した間柄だ。彼女に嫉妬する理由はなく、身長が伸びたことも素直に喜べばよい。


(チビだった頃よりは大人になれたのかな? ん? あれは……)


 棒立ちのウイルは思い出す。

 ここは空虚な更地ではない。

 模擬戦の会場だ。

 隣のモーフィスも、そうだと宣言する。


「あいつは、手ごわいぞ?」

「なんか光ってますけど……」


 ウイルの言う通り、対戦相手が白く輝いている。まとうオーラが発光しており、その重圧は別人のようだ。

 モーフィスは見届け人ゆえ、手合わせの邪魔だけはしたくない。静かに離れると、ウイルに対してアドバイスを送る。


「あれがエウィンの能力じゃ。エルディアの、あめのおきてみたいなもんかのう」

「なるほど。気を引き締めます」


 あめのおきて。魔女の魔眼に秘められた、第二形態の能力だ。第一形態が個人毎にバラバラな異能に対して、あめのおきてはシンプルに身体能力だけを向上させる。

 この極致に至った者は少なく、現代においてはエルディアとその母親だけ。

 本来ならば、例として用いるべきではない。それほどに希少な能力なのだが、ウイルはあめのおきてとその習得者を熟知しており、あっさりと納得する。

 このタイミングで、空き地の空気が凍り付いた。

 静まり返った理由は、リードアクターのプレッシャーに他ならない。


「僕はいつでもオッケーです」


 エウィンは自身が振り回されていることにいささか不満ながらも、この状況を受け入れている。居候は家長に逆らえないため、出された課題をこなすしかない。

 そういった実情をくんだわけではないのだが、ウイルは年上らしく微笑む。


「私も、準備運動はいらないかな」


 両者の間合いが十分に狭まった。

 広大な空き地を二人で独占する満足感。仮にそれが勘違いであろうと、多数の視線を集めていることに変わりない。

 声が届く距離で、二人の男が見つめ合う。

 エウィンとウイル。

 浮浪者と貴族。

 傭兵と元傭兵。

 何もかもが異なる彼らだが、ハクアの思い付きで戦う。

 もはや合図など不要だ。モーフィスもそれをわかっており、口を開こうとはしない。

 誰もが固唾を飲んで見守る中、静寂はエウィンによって破られた。

 試合開始だ。ゆらりと、純白のオーラが駆け出す。

 互いに凶器の類は持ち合わせていない。

 だからこそ、当然のように打撃が繰り出される。

 初手は挨拶代わりの右ストレート。疾走分のエネルギーが上乗せされており、大振りでなくともその威力は絶大だ。

 巨木を砕くほどの威力ながら、今回ばかりは相手が悪かった。

 ドスンと轟音が響く。エウィンの拳が対戦相手の左腕を殴った結果だ。

 正しくは、ウイルが打撃を防いだ。

 顔面を守るための防御。その点で言えば成功ながらも、青年は左腕の痺れに戸惑ってしまう。


(なかなか……)


 想定を上回る痛打だ。

 ウイルとしても、思わず後ずさってしまう。リングアウトが存在しないルールゆえ、空き地を広く使おうという方針は悪くない。

 もっとも、避難を許すか否かはエウィンに委ねられる。


「壊れないでください!」


 追撃のために距離を詰めると、容赦のない連打を繰り出す。

 眼前の貴族に恨みなどないのだが、手を抜くことも出来ない。

 なぜなら、既に理解させられた。

 ウイル・エヴィ。この男は本物だ。

 リードアクターはエウィンの身体能力を大幅に向上させる。この状態でモーフィスと手合わせしようものなら、半殺しでは済まない。

 今のエウィンはそれほどの膂力だ。

 そのはずだが、攻めあぐねてしまう。


(さ、さすが! パオラのお兄さん!)


 殴っている側でありながら、驚きを隠せない。

 眼前の対戦相手は、素の状態だ。強化魔法や戦技に頼っておらず、己の肉体のみで戦っている。

 驚異的な身体能力だ。

 エウィンはこの事実に劣等感を抱くも、集中力を欠いた理由としてはお粗末か。


「隙ありだ」


 無気力な打撃を見切ったウイル。そのまますれ違うように前進するも、反撃はここからだ。

 エウィンの後頭部を殴打するため、腕を乱暴に振り抜く。相手の虚を突いた一手ゆえ、避けられるはずがない。

 そのはずだった。


「くっ⁉」

「ほう、やるね」


 死角からの殴打を避ける。本来ならばありえない行為ながらも、先読みがあればこそだ。

 屈み、その勢いを跳躍力に置換して、エウィンはその場から一旦離れる。

 ハクアが戦わせたがるほどの男だ。弱いはずがない。

 そう実感させられたことで、エウィンとしても気を引き締める。

 対照的に、銀髪の貴族は至って冷静だ。


「なるほど、そういう何か、かな?」


 単なる独り言だ。

 しかし、その意味するところは無視出来ない。

 事実、ここからは一瞬の出来事だった。

 エウィンは身構えることすら出来ない。視界が急激にずれた結果、真っ青な空だけが映り込む。

 何が起きた?

 考えるまでもない。反応出来ない速度で近づかれたばかりか、足払いで転倒させられた。

 その結果、天を仰いでいる。仰向けにバランスを崩しており、足は地面に着いていない。

 決着だ。

 エウィンが背中と後頭部を打ち付けると同時に、拳がその顔へ迫る。


「そこまで!」


 老人の声が響いた。

 それを合図に静寂が訪れる。誰もが指一本動かさない以上、そうなって当たり前だ。

 エウィンは地面に伏したまま、目の前の握り拳を見つめ続ける。

 それは当たる直前に停止したため、負傷せずに済んだ。

 そうであろうと、負けは負けだ。少年はリードアクターを解除すると、潔く認める。


「まいりました」


 その声を合図に拳が遠ざかると、二人の視線が交わる。


「今回は勝たせてもらったけど、君も十分すごいよ。うん、自信を持って良い」

「ど、どうも……」


 勝者が手を差し伸べる。

 敗者がそれを掴む。

 この光景が観客達を和ませるも、エウィンの胸中は複雑だ。

 久方ぶりに負けた。

 悔しい。

 だけど、どうして?

 立ち上がり、思考を加速させるも、考えはまとまらない。

 そんな中、審判を務めた男が歩み寄る。


「なるほどな、その手があったか。まぁ、エウィン相手にそれが出来れば苦労しねーがな。ガハハ」


 分厚い胸板を見せつけながら、モーフィスが笑う。

 老人とは思えない筋肉ながらも、エウィンにとっては見慣れた姿だ。今はそれよりもその意味を問いたい。


「その手って?」

「そうだな、言うなれば、おまえさんの倒し方ってやつだ。ウイル、教えてやれ」


 エウィンはただの傭兵ではない。

 六歳で両親を失ったばかりか、単身でイダンリネア王国に逃げ延びた。

 本来ならば不可能な所業ながらも、それを可能とする能力が彼には宿っている。

 危機の事前察知。

 魔法とも戦技とも異なるこれは天技と呼ばれる神秘であり、これがなければ無力な子供が王国にたどり着けるはずもない。

 今回の模擬戦においても、この先読みが役立った。

 これこそがエウィン討伐における最大の障壁だ。

 そのはずだが、ウイルという元傭兵は平然と言ってのける。


「エウィン君は光るオーラとは別に自動発動型の能力……、そうだな、意識外からの攻撃を見極められる、そんな天技を持ってるんじゃないかな?」

「う……」

「だったら、来るとわかっていても避けられない、そんな状況を作ってしまえば対処もしようもある」


 ウイルが仕掛けた足払いが、そのための奇策だ。

 足を蹴られること自体を察知出来れば話は変わるも、エウィンの先読みはそこまで万能ではない。

 モーフィスはこの種明かし自体が楽しいのか、敗者を慰めつつも大声で笑う。


「ガハハ! 気にするでない! ウイルは歴戦の戦士だからな! 里長にも鍛えられたからこそ、今じゃ王国の英雄に匹敵するほどじゃ。おまえさんもいずれは追い付く……かもしれん」

「ほ、本当ですか?」

「がんばり次第じゃな、ガハハ」


 イダンリネア王国の四英雄。彼らは王族に次ぐ特権階級だ。偉いだけでなく、その実力は絵本の登場人物に勝るとも劣らない強者だと言われている。

 千年前の巨人戦争において、オージス王に付き従った者達。彼らは四英雄の祖先であり、現代の当主達は語るまでもなく超越者だ。


「私自身はその英雄に勝てなかったから、偉そうなことは言えないんだよね」


 ウイルの発言は謙遜ではない。

 この貴族は三年前の光流武道会に出場した。

 順当に勝ち進めるも、決勝戦で敗れる。

 対戦相手は四英雄の一つ、ギルバルド家の当主だ。正しくは代理ながらも、その実力はウイルを上回る。

 当時十七歳の貴族がこの大会に出場した理由、それは魔女が魔物ではないと王族に訴えるためだった。

 仲間以上恋人未満のエルディアが魔眼を宿したがために、ウイルは光流武道会が軍人のための催し物だと承知しながらも、傭兵として出場を決意する。

 しかし、結果は敗退だ。決勝まで進めた時点で過去に類のない偉業ながらも、対戦相手が英雄である以上、勝ちの目は薄かった。

 もっとも、彼の行為は無駄ではない。

 優勝者が決まった次の瞬間、闘技場に招かれざる客が現れる。

 赤髪の魔女ことハクアだ。傷だらけの弟子を見かね、彼女が乱入した。

 結果はあまりに一方的だった。

 ウイルを負かした英雄だけでなく、残りの英雄三人さえも瞬く間に倒してみせる。

 傷一つ負わない圧勝だ。

 この事実を見せつけられた以上、ハクアが手続きの類を一切無視した不届き者であろうと、王は彼女を無視することは出来ない。

 その結果が人間宣言の施行だ。

 ウイルは負けこそしたが、その勇気と行動は結果に結びつく。

 ウイル・エヴィ。貴族でありながら、傭兵としてエルディアと共に世界を駆け巡った若者。

 ハクアの指導で人間の壁を越えるも、その先で自分の壁に突き当たってしまう。

 四英雄はさらに上の存在だ。

 そして、ハクアは彼らですら子ども扱い出来てしまう。

 この事実がエウィンの双肩に重く圧し掛かるも、立ち止まってなどいられない。

 アゲハの帰還。

 そのための条件は、オーディエンとセステニアを打ち負かすこと。

 あまりに遠い条件だ。現状ではおおよそ不可能としか思えない。

 事実その通りながらも、エウィンは知ることとなる。

 限界など意味を成さない。

 エウィンとアゲハ、この二人だけは例外規定だ。

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