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第百六話 貴族の少女、ウサギ狩りの傭兵

 イダンリネア王国は君主制を採用している。

 巨大国家の頂点は王族だ。

 直下に四英雄が位置する。

 貴族は英雄達の配下だ。

 ここまでが形式上の特権階級なのだが、大富豪や軍を束ねる軍団長も含めてしまって構わない。

 エヴィ家は貴族の一つ。王国内の物流を管理しており、担う責務は重大だ。上層区画に居を構えていることから、一般市民との接点は少ない。

 その室内は華やかだ。シャンデリアがそう思わせるのだろうが、食卓に並べられた夕食も力作揃いと言えよう。


「修行はどうだった?」


 青年の声は優しい。隣の少女に話しかけており、両者は行儀正しく着席している。

 彼の名前はウイル・エヴィ。その名の通り、エヴィ家の長男だ。異質な経歴の持ち主ながらも、今は父の仕事を手伝っている。

 灰色の髪は切り揃えられており、着衣はその全てが高級品だ。

 長身とは言い難いが、その佇まいは貴族でありながら傭兵に近い。

 それもそのはず。彼は五年もの歳月を傭兵として過ごした。テーブルマナーの類を忘れたわけではないのだが、刺激的な経験は今なおこの男に影を落とす。

 そうであろうと長男だ。家業を継ぐ唯一の親族として、頼まれない限りは魔物狩りに出向かない。


「いっぱいあそんだ!」


 能天気な声は心底楽しそうだ。瑠璃色のポニーテールを弾ませながら、少女はニシシと笑う。

 パオラ・エヴィ。その年齢は十二歳ながらも、容姿は幼く見える。

 それほどに小柄だ。発育が悪い理由は、彼女の生い立ちに他ならない。

 育児放棄。つまりは、食事をまともに与えられなかった。

 母親はいない。パオラを出産した後、数年で息を引き取ってしまう。

 地獄の日々はここからだ。

 父親は娘に愛情を注がないばかりか、食事さえまともに与えない。

 傭兵ゆえに家にいる時間は極端に短く、月に数度帰宅すれば多い方か。

 その度に、父親は餌を与えるようにパンを一つ放り投げた。

 具無しの、最も安いパン。これこそがパオラに許された食事であり、たった一つで数週間、あるいは一か月を凌ぐしかなかった。

 本来ならば、あり得ない。量も栄養も不足しており、餓死は当然の帰結だ。

 しかし、この少女は生きながらえる。

 それを可能とした理由は、彼女が超越者だからだ。

 類稀な生命力が、パオラを生かし続けた。

 地獄のような日々は、若い傭兵に保護されたことで終わりを迎える。

 ウイル、十六歳。

 パオラ、九歳。

 二人はその後、傭兵として大陸各地を走り回る。

 今はエヴィ家の一員として久方ぶりに食卓を囲んでおり、口の中は涎でいっぱいだ。

 眼前の料理は宝物のように輝いている。一週間振りに家族が揃ったことから、母親とメイドが腕を振るった。


「元気そうで安心したわ~。お行儀よくいられた?」


 能天気な声は女性のそれだ。パオラの対面に座っており、銀髪は長いだけでなく美しい。

 マチルダ。ウイルの母親ながらも、どういうわけかツナギ服の上にエプロンを着用している。貴族でありながら料理だけでなく庭いじりにも精を出すため、異彩を放つ存在と言えよう。

 彼女の問いかけにパオラがハキハキと答える中、いくらか老け込んだ男が頷く。

 マチルダの左隣に座る年長者こそが、この家の家長だ。しっかりと整えられた茶色い髪と堀の深い顔は、紛れもない紳士だ。


「パオラなりにがんばっているのだな。ご褒美に何か買ってあげよう。欲しいものはあるか?」


 彼の名前はハーロン。エヴィ家の当主ゆえ、持ちうる権力は非常に大きい。息子のウイルに稼業を継がせるため、日々の教育に熱を入れるも、一方でパオラについてはどこまでも甘やかしてしまう。


「あいらん! のみたい!」

「はっはっは、パオラは本当にアイランが好きだな。ちゃんと用意するから、先ずは夕食を楽しもう」


 アイランは、ヨーグルトに水と少量の塩を加えた飲料だ。一般的な飲み物ゆえ、愛好家は貴族問わず多い。

 いつも通りの反応に、ハーロンは目元に皺を作りながら笑う。父親としては玩具や絵本の類を挙げて欲しかったのだが、娘は花より団子を優先した。

 大人達が楽しそうに談笑する中、ウイルとパオラは眼前の料理を口に運ぶ。

 暖かそうなスープ。

 肉汁溢れるステーキ。

 エビフライやムニエルさえも鎮座しており、手間暇かかっていることは間違いない。

 王国風オムレツのケチャップがパオラの口元を汚すも、兄は気にも留めずに話しかける。


「ハクアさんは優しくしてくれた?」

「うん! ごはんも、おいしかた!」

「え? 本当に? あの人の料理って、ちょっとアレだったと思うけど……」


 ウイルもまた、ハクアに鍛えられた一人だ。

 その際は当然ながら居候として共に過ごすも、彼女の手料理が薄味だったと記憶している。

 ゆえに、パオラの発言に首を傾げてしまうも、真相は単純明快だ。


「おねえちゃんのごはん、おいしい!」

「お姉ちゃん? あぁ、エルさんが言ってたな。エウィン君ともう一人、ナイスバディな女性がいるって」

「うん! おっぱい、おっきい!」

「へ、へぇ……。よし、次行く時はお兄ちゃんが連れてってあげる」

「やったー!」


 下心から発生した善意ながらも、妹を喜ばすには十分だ。

 パオラの里帰りは、言い換えるならば一時帰宅でしかない。期限を定めてはいないが、数週間の後に改めて迷いの森へ出向く。

 強くなるため。この地でもそれは可能なのだが、ハクアという最強の魔女がそこにいる以上、最短距離で強くなれる。

 盛り上がる子供達を眺めながら、ハーロンは父親としてぼやかずにはいられない。


「この国を守るためとは言え……。やむを得ないと言えば、その通りなのだろうが……」


 独り言ではない。心の奥底から生まれた本心だ。

 妻もそれをわかっており、スープ皿を置きながら同意する。


「そうですね。パオラちゃんが納得してくれても、親としてはどうしても心苦しい。この子が戦わないと、そう遠くない未来に王国が滅びるなんて……」


 両親は当然ながら把握済みだ。

 巨人戦争の真相を。

 その黒幕が未だ健在なことを。

 この家を訪れた魔女が、その時の生き残りと言うことを。

 ハクアはパオラこそがセステニア討伐の切り札だと考え、この家に足を運んだ。ウイルとは既に顔見知りだったことから、挨拶を含めてとんとん拍子に話しは進む。

 実はこの時点で、赤髪の魔女は知る人ぞ知る有名人だった。

 なぜなら、隔年で実施される光流武道会に殴り込み、英雄四人を単独で倒したからだ。

 その結果、魔女が人間であると王族に認めさせ、それが翌年の人間宣言へ繋がる。

 セステニアの殺害は、本来ならばウイルの役目だった。

 しかし、この青年は道半ばで成長限界を迎えてしまう。傭兵として稼ぐだけなら申し分ない実力ながらも、比較対象がセステニアである以上、ウイルは戦う前から失格の烙印を押されてしまう。

 その後釜がパオラだ。

 この少女は生まれた時点で人間を超越しており、言うなれば才能の壁という概念が取り外されている。

 少なくとも、赤髪の魔女はそう考えており、パオラに可能性を見出した。

 十二歳の少女が背負うには、過酷過ぎる重責だ。

 ハーロンとマチルダもそう理解しながらも、申し訳なさそうにパオラを見つめる。


「おむらいす、おいしい。おにくもー」


 少女の顔は心底幸せそうだ。

 兄として、ウイルは呆れるように笑う。


「小食なんだからがっつかなくても……。ハクアさんとこでもそんな感じなのかー?」

「うんー、はくあおばさんとおねえちゃんが、ごしごししてくれる」

「ハハ、あのハクアさんも、パオラの前じゃお母さんしてる、と。読み書きの勉強も一段落ついたし、次はテーブルマナーかな? 母様はどう思う?」


 ウイルの言う通り、妹はいささか行儀が悪い。自分達が貴族でなければ口酸っぱく言う必要はないのだろうが、エヴィ家の一員である以上、最低限の作法は必要だ。

 息子からの問いかけに対し、マチルダは息を吐くように言ってのける。


「かわいいから、ヨシ!」

「はいはい」


 笑顔が絶えない晩餐だ。

 家族が揃ったことから、当然と言えば当然か。

 もっとも、パオラの以外の三人は純粋に笑えていない。

 この少女は生贄だ。

 やがて自由を取り戻す化け物と、戦わなければならない。

 ウイルにその資格はなかった。

 イダンリネア王国の軍隊でさえ、絶対に敵わない。

 それほどの脅威が、セステニアという存在だ。

 部下の暗躍次第では、あっという間に解き放たれてしまう。

 もしも、その時が明日だった場合、この国は確実に滅びる。犠牲者は王国の民全員だ。

 現代における最大戦力を謳うハクアでさえ、勝ち目がないと自覚している。

 だからこそ、自身に代わる強者を探し求めた。

 そして、見つけ出した。

 パオラ・エヴィ。

 この少女こそが希望だ。

 人間の壁を越えた超越者。この定義に当てはまる人間は彼女以外にもいるのだが、そのほとんどが後天的な到達者だ。

 しかし、パオラは異なる。母体の生命力を吸うように超越者として生まれた。

 生い立ちは不幸の連続ながらも、今はエヴィ家の一員として幸せを噛みしめている。

 この少女は戦わなければならない。

 争いごとを好まずとも。

 絵本に瞳を輝かせようとも。

 家族を守るためには、ハクアの元で強くならなければならない。

 ウイルは悔やみながらも、妹に託す。当事者の一人として、そうするしかないと誰よりも理解している。

 パオラこそが切り札だ。

 赤髪の魔女でさえ、そう思い込んでいる。

 一方で、別の人物に賭けている存在が一体。それこそが炎の魔物でありセステニアの部下でもある、オーディエンだ。

 この魔物だけは、パオラに見向きもしていない。

 なぜなら、別に本命を見つけており、その成長を遠くから見守っている。

 彼は自宅を取り壊されてしまった。

 定職にも就けない身分だ。

 それでもなお、恩人を地球へ帰すために、人里離れたその地で汗を流している。

 もっとも、今は夕食の頃合いだ。居候らしく、出された食事を美味しそうに食べている。


「こ、これは……!」

「そぼろご飯、だよ。鶏肉は、ないから、トカゲ肉で、代用。どうかな?」

「おいしいです!」


 隣にはアゲハ。

 眼前にはハクア。

 二人の女性に見守られながら、もう一人の切り札が太るように二色ご飯を堪能している。



 ◆



 ここは、空き地のような更地だ。

 森の一部が切り拓かれ、このような場所が出来上がった。

 子供が遊ぶには広すぎるも、運動場としては申し分ない。

 事実、幾人かの若者達がそれぞれのやり方で己を鍛えている。

 彼らは次世代の警戒班だ。迷いの森とこの里を守るため、外敵と戦えるための力を得ようとしている。

 その様子を見守る、白髪の巨漢。老人ゆえに毛量は少なく、一方でその肉体は筋肉の塊だ。

 上半身を晒している理由は、短パン姿が彼の当たり前だから。

 そのことに違和感や苛立ちを覚える者はここにいない。見慣れた風景の一部ゆえ、隣の少年もすまし顔だ。


「モーフィスさんって、パオラちゃんをどう評価してるんですか?」


 声の主はエウィンだ。部外者でありながらすっかり里に馴染んでおり、その実力はついに真横の老兵を上回った。

 身なりが傭兵に見えない理由は、革鎧すらまとっていないためだ。金欠ゆえ、そういったものとは無縁な人生を歩んできた。

 この問いかけに対して、巨漢が天を仰ぐ。


「紛れもない天才じゃろう。少なくとも俺のような凡人には、あれこれ語る資格すらないほどにな」


 モーフィスは六十六歳の老人だ。

 しかし、その身長は誰よりも高く、分厚い筋肉も衰えを知らない。

 この二人は手合わせを終えた直後だ。今は小休憩の最中ゆえ、鍛錬をさぼっているわけではない。

 話題は、ここにはいない少女。彼女は二週間前に帰宅したため、話す際は記憶を掘り返さなければならない。


「そんなに……。まぁ、十二歳でモーフィスさんやアゲハさん以上ですしね。その頃の僕なんか、ウサギを追いかけたり追いかけられたりで、惨めなもんでした」


 草原ウサギは、この世界における最弱の魔物だ。

 本来ならば踏み台でしかないのだが、エウィンはこの魔物しか狩れなかったため、貧困から脱却できずに十年近くを過ごす。

 その理由は、才能がなかったから。

 魔物を倒すことで、人間は肉体的に成長することが可能だ。

 個人差はあるのだが、草原ウサギを十から数十程度殺せば、筋力や反射神経、持久力といったパラメーターが一回り以上は向上してくれる。

 その時点で、ウサギ狩りは卒業だ。

 格下の魔物を狩ったところで、成長の機会は得られない。

 傭兵は次のステップとして、隣接する森を目指すのが普通だ。

 一方で、エウィンは才能の壁という成長限界を早々に迎えてしまったため、草原ウサギを狩り続けるしかなかった。

 そして、十年近い年月が過ぎ去るも、今はこうして魔女の里に滞在している。

 モーフィスとしても、少年のことを盗み見ずにはいられない。


「パオラは、次いつ来るって?」

「来週だったと思います。ハクアさんがそんなことを言ってました」

「そうか。おまえさんのように住み込みで鍛えたいところだが、嬢ちゃんはまだ子供だからな。勉強も大事だし、親から引き離すのも酷ってもんか」


 モーフィスの発言はあながち間違いではない。全くの正解とも言えない理由は、パオラには頼れる兄がいるという点だ。

 ウイルは貴族でありながら傭兵でもあり、その実力は妹すらも上回っている。

 休日だけでも遊び相手になれば、それ自体が鍛錬の一環になるだろう。

 練習用の剣で打ち合う子供達を眺めながら、エウィンは話題を元に戻す。


「今はまだ僕の方がパオラちゃんより上ですけど、素質の差ってやつでいつの日か抜かれるんですかね?」

「どうだろうな。俺には難しいことはわからんが、里長曰く、あの子に限界なんてない。壁にぶつからないまま、どこまでも強くなるらしい。その点だけは、本当に羨ましい限りだぜ」


 モーフィスとしても、ぼやいてしまう。

 エウィンはその理由を知っているため、緑色の髪をそよ風に吹かれながら問いかける。


「その気持ち、わかります。モーフィスさんは四十代の頃でしたっけ?」

「ああ。俺は四十半ばで、成長が完全にストップした。どれだけ筋トレを続けようと、里長に練習相手を頼もうと、今以上は強くなれなかった。頭打ち、限界、才能の壁、言い方はいくらであるが、俺はここまでってことだ」


 実力としては申し分ない。

 仮にイダンリネア王国へ移住した場合、傭兵としていくらでも稼げるだろう。要領さえ良ければ、大金すらも夢じゃない。


「パオラちゃんは超越者の中でも、さらに特別……」

「そうらしいな。この世界を救うとしたら、あの子らしいが……」


 そして二人の間に沈黙が訪れる。

 そうであろうと、この辺りは騒がしい。

 武器と武器がぶつかり合う音。

 気合の籠った雄たけび。

 そういったエネルギーが彼らの成長を促すことから、無音であろうはずもない。

 棒立ちの二人こそが異物ながらも、休憩時間は継続だ。


「僕はアゲハさんに恩返しが出来れば、他はどうでもいいので。世界うんぬんはパオラちゃんにお任せって感じです」


 エウィンの紛れもない本音だ。

 自分自身さえ救えていないと自覚しているため、どうしてもこのような言い方になってしまう。

 もっとも、モーフィスとしては賛同出来ない。


「そう都合良く進むとも思えんがのう」

「え?」

「おまえさんも気づいておるじゃろう? 嬢ちゃんは、才能に恵まれただけの子供じゃ。大人に言われたから努力はするが、おまえさんのような必死さがまるで足りていない。まだ子供だから、と言われたらその通りなんじゃが……」

「僕が必死かどうかは一旦置いとくとして、あの子が戦うことに向いてるかって部分は、確かにって感じです。絵本を読んでる時のパオラちゃん、活き活きと言いますか、楽しそうなんです。本当は、どこにでもいるただの子供なのかも……」


 十二歳は紛れもない未成年だ。世界を託すには、さすがに若すぎる。

 自分達が不甲斐ないことは大人達も重々承知だ。モーフィスとしても、禿げかかった頭皮をかくしかない。


「里長が言う、セステニアという女。それほどのもんなのかのう?」

「ハクアさんですら手も足も出せないとか。本当だとしたら、努力や才能でどうこうなるとも思えませんけどね。そう言いつつも、僕は諦めるわけにはいかなくて……」


 本人は呆れるように笑うも、隣の老人は真顔を貫く。


「嬢ちゃんは先天的な超越者。だから、際限なく強くなれる。ところで、おまえさんはどうなんじゃろうな」

「僕? どうと言われましても……」

「草原ウサギで停滞していた傭兵は、ここにはいない。おまえさんも、限界を越えた稀有な存在じゃ。いったい何があって、壁を越えられた?」


 振り返れば、一年が過ぎ去ろうとしている。

 エウィンはアゲハと出会った。貧困街での出来事だ。

 怯えるように泣き続ける女性へ、手を差し伸べただけだった。

 そして二人は歩き出すも、その矢先に不幸は訪れる。


「ゴブリンに射られました。アゲハさんの折り紙で死なずに済みましたが、もしかしたらきっかけはこれなんですかね?」

「死にかけたから、枷が外れた……。妄想の域を出んのう」

「でも、そのタイミングでパワーアップしたことは間違いないんです。ゴブリンも瞬殺出来ましたし」


 その通りながらも、原理の解明には至っていない。

 それでも困らない理由は、身体能力の向上は事実だからだ。

 一過性の馬鹿力ではない。

 魔物討伐で金を稼げる程度には強くなれた。

 今ではモーフィスすらも上回れたことから、成長速度はただただ異常だ。

 エウィンを育てた指導者として、男は持論を述べる。


「おまえさんが立派な超越者であっても、里長のお眼鏡には敵わない。本当にそうか? 生まれながらの才能ってやつは、そこまで大事なのか? おまえさんは、半年もかからずに俺を越えた逸材だ。その点だけは誇ってくれて構わない。こんなことは、六十年生きてきて初めての経験だ」

「そ、そこまで褒めてもらえると、それはそれでむず痒い……。実際のところ、僕とセステニア、僕とオーディエンってどのくらいの差があるんですかね?」

「さあな? 里長に訊くしかあるまい。話しは変わるが、おまえさんが俺を越えた以上、次の練習相手を探さないとな」


 午前は基本的に鍛錬の時間だ。

 モーフィスが学校で言うところの先生となり、若者達へ戦い方を教えている。

 エウィンもそういう意味では生徒の一人だ。

 もっとも、卓越した実力の持ち主ゆえ、トレーニングと平行してモーフィスと実戦形式の模擬戦に打ち込んでいる。

 リードアクターというドーピングを使わずとも勝ててしまうことから、この老人の言う通り、次のステップへ進むべきだろう。

 その意味するところを、エウィンはくみ取れない。


「練習相手? モーフィスさんだけでなく、同時にアゲハさんも相手にするとか?」


 アゲハはここにいない。

 普段ならば、エウィン同様にトレーニングの最中だ。

 しかし、今日はハクアに料理を教えており、それはそれで重要な責務と言えよう。


「アゲハは嬢ちゃん以上に戦闘向きじゃない。そんなことはおまえさんが一番わかってるだろう?」

「まぁ、そうだと……思いますけど……」


 アゲハはただの日本人だ。身体能力だけならモーフィスに匹敵するも、格闘技のセンスが微塵もない。

 性格も奥手な上に温和なことから、本来ならば傭兵稼業に巻き込むべきではないのだろう。

 それでも彼女がこの地に滞在する理由は、彼女自身がそれを望んだからだ。

 その意志は評価するも、老人は唇を尖らせる。


「どういうわけか、アゲハには異常な力が宿ってやがる。でもな、本質はただの町娘だ。殺し合いには向いていない。巻き込むにしても、後方支援に留めるべきだろう。荷物の運搬や傷の手当だな」

「そこらへんは重々承知しています。今までもそうしてきましたし。まぁ、以前は僕しか戦えなかっただけなんですけど……」


 エウィンが積極的に魔物を狩り、アゲハが後方から見守る。野営時は彼女が料理当番として腕を振るうため、分担が出来ていたことは間違いない。


「アゲハはおまえが守ってやれ。その意味、わかるな?」


 モーフィスの眼差しは本気だ。両腕を組んでおり、背筋を正してエウィンを見下ろしている。

 この問いかけが少年をこわばらせるも、沈黙は一瞬だった。


「はい。やばくなったら僕が魔物を引きつけて、その内に逃げてもらいます」

「おう、そういう真っすぐなところが、里長やアゲハをイライラさせるんだろうな。ガハハ!」

「え? 何それ怖い。いわれのない暴力、断固反対」


 小休憩はここまで。

 二人は鍛錬場と言う名の空き地で、模擬戦を再開させる。

 光流暦千と十九年。エウィンがアゲハと出会って、丁度一年。

 冒険は貧困街から始まり、今は縁あって魔女の里に滞在している。

 超越者。人間の枠組みから逸脱した者達。

 気づけばエウィンも、その枠組みの一人だ。アゲハと出会ったことで、その力を身に着けた。

 対となる人物を探すとしたら、それはパオラだろう。この少女はそのような素質を生まれながらに宿しており、だからこそ、赤髪の魔女が切り札と定めた。

 エウィンとパオラ。

 浮浪者と貴族。

 立ち位置はまさに対極だ。

 宿した才能も、実は似ているようで全く異なる。

 そのことに気づいている者はいない。

 否。たった一人だけ、勘づいている者がいる。

 それはファファファと笑いながら。

 最前列の特等席に座りながら。

 世界の行く末には一切の関心を持たず、極上の演目を楽しもうとしている。

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