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第百五話 僕にとっての帰る場所は

 街灯が闇を払うように煌々と輝く。

 行き交う人々は疲弊しながらも、その足並みは軽快だ。

 家路を急いでいるのか。

 夜の町に溶け込もうとしているのか。

 目的地は千差万別であっても、労働を終えたことは間違いない。

 あるいは夜勤の者もいるだろう。

 街灯の向こう側は完全な闇だ。少し探せば、太陽の代わりに欠けた月を見つけられる。

 夜の到来だ。イダンリネア王国も例外なく、闇に包まれる。

 それでもなお、城下町は騒がしい。大通りともなれば、人々が隙間なく行き交う。

 この少年のまた、石畳の道を歩く一人だ。大きなリュックサックを背負いながら、港の方角を目指す。


(予定より遅くなっちゃったな。頼まれたものは、全部買えたはず……)


 想定外のシチュエーションに伴う疲労感。体力的には問題なくとも、精神的には疲弊気味だ。

 緑色の短髪を揺らしながら、エウィンは通行人に混ざって歩き続ける。

 パオラを送り届け、その後はウイルやエルディアと話し込んだ。

 店が混みあったタイミングでエウィンは立ち去るも、長居し過ぎたらしい。


(包丁屋さんで無駄に吟味したのが失敗だったか。結局は安いの買っちゃったけど……)


 帰国の理由は、パオラを一時的に帰宅させるためだ。

 しかし、実際にはそれだけに留まらない。

 せっかくの遠征ということから、里長が駄賃を握らせる。小遣いではなく、この金で物資を購入させる腹積もりだ。

 魔女の里でも、生活必需品の多くはまかなえる。食べ物は当然ながら、家屋の建築さえもお手の物だ。

 しかし、全てを内製させようとは思っていない。

 遠く離れた地には、イダンリネア王国が存在している。

 その地ならば何でも揃うため、刃物や調味料の類はそこから仕入れている。

 正しい判断だ。金を稼ぐ必要はあるが、それもスパイを送ることで解決させる。


(塩もいっぱい買ったけど、ちょっと走れば海があるんだし、自分達で作らないのかな? 値段的には安いから、自作となると労力に見合わないとか?)


 エウィンの背負い鞄はパンパンだ。その重量は人間を潰せる程度には重いはずだが、この傭兵は汗一つかいていない。


(まぁ、でも、色々経験出来たな。色んなお店で買い物したり、屋台で立ち食いもしちゃったし。んでもって、貴族のウイルさん……)


 今日という一日は初めての連続だった。

 だからこそ、充実感は否定出来ない。

 それでも困り顔な理由は、日帰りという目論見が狂ってしまったからだ。


(さすがに夜道を帰りたくない。一歩外へ出れば、真っ暗で何も見えない……)


 頼れる光源は月明りだけ。

 さすがにそれでは光量が不足するため、エウィンとしても予定を変えざるを得ない。


(明日の朝一番に帰ろう。こっちには我が家があるんだし)


 正しくは所有者不明の廃墟だ。朽ちかけの物置小屋ゆえ、雨風すら満足にしのげない。

 それでもそここそがエウィンの住居だ。十年以上もの間、そこに住み続けた。

 いかに久方ぶりの帰国とは言え、家路を迷うはずもない。足が経路を覚えており、大通りの流れに身を委ねる。

 城下町は東側が大海原と面しており、貧困街はその隣だ。

 エウィンの自宅は港付近ゆえ、その方角を目指せば良い。

 幅広な道から通行人が減りだした理由は、彼らが目的地にたどり着いたから。住宅街からは多数の光が漏れ出ており、その数だけ営みが存在している。

 エウィンは左手側の脇道へ足を踏み入れるも、打って変わって薄暗い。それでも歩く速度を落とすことなく、ジグザグと我が家を目指す。

 もう間もなくだ。

 廃墟のような建物であろうと、屋内にはブルーシートが敷いてある。

 そここそがエウィンの帰る場所だ。少なくともこの少年はそう定義しており、頭の中で帰宅後の行動を思い描く。


(絶対埃まみれだし、先ずはシートを交換しないとか。あ、もしかしたら野良猫が住み着いてるかも……)


 おおよそ半年振りの帰宅だ。

 不安がないと言えば嘘になるが、それ以上に心が落ち着いてくれる。

 いかに暗かろうと、周囲の風景はことごとく懐かしい。

 崩れた壁も。

 お化けが出そうな廃墟も。

 その全てがエウィンにとっての当たり前だ。

 歩き続けた結果、ついにたどり着く。

 同時に、自分の目を疑わずにはいられなかった。


「あ、あれ、どういうこと……?」


 少年の記憶を否定するように、その一帯は明るい。

 それもそのはずだ。漁師やその関係者が忙しそうに行き交っている。

 そこには、物置小屋のような我が家があるはずだった。

 しかし、今は異なる。

 代わりに大きな倉庫が居を構えており、目当ての建物は見当たらない。


(まさか……)


 その予想は正しい。

 港が拡張された。

 その際に、隣接エリアが整備された。

 その区画こそが貧困街だ。実際には一部だけが港に置き換わったのだが、エウィンの自宅が飲み込まれたことに変わりない。


(う……)


 たじろぐしかない。

 眩暈に抗えない程度には動揺しており、座り込まないだけ立派か。


(おうちが……)


 帰る場所を失った。

 その事実が、十八歳の若者に重く圧し掛かる。

 貧困街には未だ多数の建物が放置されており、探せば代替地が見つかるだろう。

 それでも涙を堪えられない。六歳から住み続けたその場所は、雨漏りが酷くともれっきとした自宅だった。

 思い出と呼べるものなどなくとも、十年以上も住み続けた。その分だけ愛着も積もっており、今晩もそれに浸れると思っていた。

 完膚なきまでに取り上げられた。

 残念ながら、浮浪者ゆえに抗議する資格すら与えられていない。

 もしもそのようなことをすれば、治維隊に取り押さえられるばかりか、収監すらも避けられない。

 エウィンは諦めるように来た道を引き返す。

 ここに自宅は見当たらず、就寝という選択肢すらも奪われてしまった。


(どうしよう……)


 考えながら、無計画に歩き続ける。

 道端に寝転がれば、浮浪者らしいと言えなくもない。

 あるいは、代わりの廃墟に忍び込むか?

 実は、宿屋に泊まれる程度の所持金は持ち合わせている。

 しかし、そういった候補を見落とすように、エウィンは何十分もかけて城下町を通り過ぎてしまう。

 その結果、眼前には真っ暗な地平線。夜のマリアーヌ段丘は怖いほどに静かだった。


(荷物もあるし、戻るか)


 破天荒な結論だ。

 迷いの森へ戻る。そう判断した。

 現在の時刻は夜の八時。

 徒歩なら一か月以上はかかる道のりを、この傭兵はゆっくりと歩き出す。

 大門の守衛達も目を疑ってしまう。

 それでも、エウィンの足取りに迷いはない。その先にしか居場所を見つけられない以上、二本の足はついに走り出してしまう。

 背中のリュックサックは破裂しそうなほどにはパンパンだ。人間など簡単に押し潰せてしまう。

 そういった事情などお構いなしに、この少年は暗闇の中を走り抜ける。



 ◆



 一つ屋根の下に二人っきり。そういう意味では、珍しい状況だ。

 無駄に広い家屋には、家長と居候しか見当たらない。

 ハクアとアゲハだ。今晩だけは、二人で明かすことになるだろう。

 そうだとしても、不用心と言うことはない。どちらも常軌を逸した実力者ゆえ、ここに攻め入る不審者などいるはずがない。

 夕食も、後片付けも、入浴すらも済ませた。

 後は眠るだけだ。時間帯としても丁度良い頃合いゆえ、ハクアが椅子から立ち上がる。


「先に寝るけど」


 悠久の時間を生きているからこそ、早寝早起きを心がけている。

 あるいは、老人ゆえに夜更かしが出来ないだけか。見た目こそ三十代ながらも、実年齢は千歳を優に超えている。

 この声掛けを受けて、アゲハもまた、読みかけの本をテーブルに置く。

 彼女の服装も寝間着ゆえ、眠る準備は万全だ。


「わたしは、もう少しだけ、読んでから……」

「そう、おやすみ」


 ここは居間だ。

 ハクアは居候のためにマジックランプを点灯させたまま、自室に向かって歩き出す。

 アゲハは揺れる赤髪を眺めながら、一日を締めくくる挨拶を送ろうとした。

 その時だった。


「おやすみな……」


 挨拶が遮られた理由は、予期せぬ異変が原因だ。

 この事態には、ハクアもピタリと立ち止まってしまう。


「こんな夜中に誰か来た?」


 苛立つように顔をしかめるも、事実としてはその通りだ。

 里すらも寝静まった頃合いに、玄関の扉がコンコンと叩かれた。当然ながら施錠しており、不審者はそれをわかっているからこそ、ノックを試みたのだろう。

 この状況において、彼女らに居留守という選択肢は選べない。室内は照らされており、外からも窓越しにそれは見えてしまう。

 アゲハも誤魔化せないとわかっているため、心配そうに年長者を見つめる。

 つまりは、来客対応を押し付けた。人間不信の彼女には、玄関を開く勇気などない。


「どうせモーフィスあたりでしょう? 無礼千万ってことでぶん殴ってやろうかしら?」


 物騒な物言いだが、ハクアならばそれが許される。

 あるいは、殴られる側が諦めているだけか。

 どの道、腕力でこの魔女に勝る者などいないため、機嫌を損ねた側が謝罪するしかない。

 客人を殴るためにハクアが玄関へ向かう。同時に息を吐いた理由は、苛立つ自身を落ち着かせるためだ。

 もちろん、相手の出方次第では容赦しない。

 そのはずだが、次の瞬間、そういった感情は完全に消え失せてしまう。


「戻りました」


 朝方に送り返した居候が、なぜか目の前に立っている。

 覇気のないその姿には、さすがのハクアも驚きを隠せない。


「え、あんた、もう帰ってきたの?」


 至極当然の反応だ。

 事前に取り決めたわけではないのだが、彼女はエウィンの帰宅を翌日だと想定していた。

 パオラの送迎。

 王国での買い出し。

 これらをこなすとなると、日没は避けられないと考えたためだ。

 その推察は正しい。

 事実そうなってしまったのだが、この傭兵は夜道を走って日帰り遠征を強行してしまう。


「はい。さすがにクタクタです」


 エウィンを疲弊された要因は二つ。

 携帯用のマジックランプすら持ち合わせていないため、迷いながらの旅路となってしまった。

 そもそも荷物が非常に重く、走ると上下左右に揺れてしまう。振動を抑えるために、慎重な疾走を終始心掛けた。

 そういった要因から、この少年は体力を消耗してしまう。

 ましてやその移動距離は、日本列島の走破に近い。日付が変わる前にたどり着ける方が異常だ。

 エウィンの帰宅に驚きながらも、ハクアは家長として迎え入れる。


「とりあえず入りなさい。荷物は受け取るわ」

「あ、どうも。買い忘れは、多分大丈夫なはずです」


 額の汗を拭いながら、エウィンが靴を脱ぐ。

 その横でハクアがリュックサックを受け取るも、アゲハは呆けたように椅子から立ち上がれない。


「ど、どうした、の?」


 そう問いかけるも、これが彼女の精一杯だ。実は異変に気付いており、だからこそ困惑している。


「こんな時間に帰っちゃってすみません」

「ううん、き、気にしないで。でも、何か、あったの?」


 アゲハは確信があるからこそ、エウィンの目を見つめる。ゆっくりと立ち上がると、詰め寄らずにはいられない。

 その圧力と大きな胸に対して、少年は仰け反るしかなかった。


「えっと、話せば長くなるのですが……」

「うん」

「僕の家が、取り壊されてなくなってました」


 説明は一瞬で終了だ。それでいて不足はしておらず、自身の状況をあっさりと伝え終える。

 所有者不明の廃屋ながらも、そこはエウィンにとっての帰る場所だった。

 そして、アゲハについても実は当てはまる。この世界に転生後、一時的に寝泊りしたことから、この報告には耳を疑ってしまう。

 しかし、それも一瞬だけだ。

 普段の気弱な態度が嘘のように、エウィンを優しく抱きしめる。


「おかえりなさい」

「え? え?」


 汗まみれだろうと関係ない。

 土汚れすらも気にしない。

 そういった負の側面を中和するように、アゲハが年上らしく包み込む。

 対照的に、エウィンの顔は真っ赤だ。全身を硬直させながら、人形のように動けない。

 若者二人の抱擁を眺めながら、家長は小さく息を吐く。


「見せつけてないで、お茶でも入れてあげたら?」

「あ、うん……」


 この指摘を受けて、アゲハがトタトタといなくなる。

 一方で、エウィンは未だ棒立ちだ。暗かった表情は、その面影をすっかりと手放した。

 その姿を気にも留めずに、家長がリュックサックを漁り続ける。


「包丁……、布地……、塩……。よくもまぁこんなに持って帰れたわね。多くて困るものじゃないけども……」


 独り言ではないのだが、返事はない。十八歳の少年は未だ硬直しており、言うなれば案山子だ。

 ゆえに、ハクアは喋るのを止めない。


「鞄がだいぶ痛んで……、そろそろダメそうね。さすがに重量オーバーよ。背負うところが擦り切れちゃってる。やっぱり、マジックバッグが欲しいわね。ウイルに頼んでどうにか工面出来ないかしら」


 マジックバッグは魔道具の一種だ。見た目こそただの背負い鞄だが、使い勝手は似て非なる。

 なぜなら、容量以上の荷物が収納可能だからだ。鞄の口以上に大きな物体は入れられないが、小物ならばいくらでも詰め込めてしまう。

 傭兵ならば誰もが欲する魔道具ながらも、入手の機会は貴族以上に限られる。

 それほどに希少な鞄だ。

 もっとも、エウィンは別の単語に反応を示す。


「ウイル……。あ、ウイルさんに会いましたよ、今日」

「へ~、どこで?」

「エルさんちです。パオラを届けたら、お店にいました」

「ふーん。元気そうだった?」

「まぁ、そうだと思いますけど……」


 ハクアが食いついたか否かは少々謎だ。

 エウィンは予想を交えながら返答するも、このタイミングで会話が途切れてしまう。

 ゆえに、追加の情報を提供するしかない。


「ウイルさんから色々聞きました。白紙大典のこととか、ウイルさんとエルディアさんが婚約してるとか」

「確かに話してなかったわね」

「ウイルさんも、ハクアさんの弟子だったんですね」

「何年も前のことよ。良い線いってたけど、伸び悩んじゃってそこで挫折。兄は家を継いで、代わりに妹が意志を継いだって感じかしら? あんただっていつ壁にぶつかるかわからないのよ、他人事のように呆けてないで精進なさい」


 まるで母親のような言い回しだ。

 あるいは師匠か。

 エウィンとしては頷くしかない。


「わかってますって。アゲハさんの帰還、ひいてはお母さんとの再会、諦めてませんから」

「そう、パオラに先を越されないように……。って忠告も変な話しね。あんたの方が上なんだから」


 ハクアの言う通り、この少年は成長著しい。

 生まれながらの超越者にすら、模擬戦で勝ち続けている。

 このタイミングでアゲハが台所から戻るも、お盆には一杯のコップ。

 エウィンはそれを受け取るも、喉を鳴らさずにはいられなかった。


「体に染みるー、ありがとうございます」

「ううん、おかわり、いる?」

「ひとまずは満足です。あ、そういえば、ケイロー渓谷のゴブリン、妙に多かったです」


 ケイロー渓谷は、イダンリネア王国と迷いの森の中間付近に位置する。

 山脈に挟まれた過酷な土地ゆえ、居住地としては適していない。

 だからなのか、ゴブリンが住み着いており、そうであろうとエウィンは首を傾げてしまう。

 対照的に、ハクアは大量の塩を数えることに夢中だ。


「ふーん、襲われでもした?」

「いえ、そこら辺は大丈夫なんですけど。寄り道ついでに大穴の方も調べてみたんですが、相も変わらず妙な気配が……。何なんですかね?」


 ケイロー渓谷には、二つの大穴が存在している。

 一つ目は、ミファレト荒野へ続く洞窟だ。蛇の大穴と呼ばれており、まるで機械を使って掘ったように綺麗な横穴がその口を開いている。

 もう一つが、底の見えない穴だ。太陽の陽射しが届かない程度には深く、穴の直径も家が落とせる程度には幅広だ。

 エウィンは後者について述べている。魔物感知が反応するため、地下深くに何かがいることは間違いない。

 そうであろうと、ハクアとしても困り顔だ。いかに千年以上の長寿であろうと、知らないものは知らない。


「さあ? 試しに降りてみたら?」

「なるほど、その手が……。さすがに怖くて試せませんけど」


 底なしの大穴に飛び込む勇気。残念ながらエウィンは持ち合わせていない。

 ハクアはこの話題に興味がないのか、待ちわびたようにアゲハへ視線を送る。


「アゲハ、ちょっとこれ頼まれてくれない?」

「ん」

「お塩、台所に運んでちょうだい」

「うん」


 鞄の中身は大量の土産だ。夜中であろうと、早々に片付けてしまいたい。

 こうなってしまうと、エウィンとしては手持ち無沙汰だ。汗だくの男に手伝えることもないため、コップ片手に立ち尽くす。

 その姿を眺めながら、家長は指摘するようにぼやいてしまう。


「あんたはさっさと入浴済ませなさい。それとも、そのまま寝るつもり?」

「あ、お風呂入って来まーす」


 エウィンがこの場からいなくなろうと、居間に静寂は訪れない。

 袋詰めされた塩を複数持ち上げるアゲハ。調味料が届いたことから、彼女としてもこの状況は喜ばしい。

 無表情のようでわずかにほほ笑む同居人を眺めながら、ハクアは年長者として釘を刺す。


「エウィンがあがったら、次はあんたも入浴よ」

「え……」

「え、じゃない。男くさいわよ、普通に」


 エウィンを抱きしめた弊害だ。アゲハの寝間着は、彼の水分をしっとりと吸ってしまった。

 この事実を指摘された以上、塩を運ぶどころではない。大きな瞳を見開きながら、おそるおそる嗅ぎ始める。


「あへぇ」

「キモ……。あんた、あいつの前でそんな顔するんじゃないわよ。いや、本当に……」


 綺麗な顔が台無しだ。

 ハクアとしても呆れるしかない。


(エウィンはエウィンで抜けたところがあるけど、この子も大概ね。私としては、暇しないで済むけど……)


 褒めてはいないが、悪口でもない。長く生き過ぎた弊害で、このような出来事さえスパイスに感じられる。


(吹っ飛んだ眠気が戻って来たし、雑に片づけてさっさと寝よう)


 本来ならば就寝時間だ。エウィンの帰宅で賑わってしまったが、ハクアは荷物を片隅に寄せて作業を切り上げる。


「先に寝るわ。おやすみ」

「あ、おやすみ、なさい」


 長い赤髪を揺らしながら、ハクアが寝室に向かう。

 対照的に、アゲハは居間と台所を往復中だ。塩を運んでいる最中ゆえ、両者は必然的にすれ違う。

 慌ただしい一日はこれにて終了だ。

 天才少女が帰宅しようと、ここには三人が残っている。

 その内の一人が、自宅を失った。我が家がそこにないという光景に、傷ついてしまった。

 もっとも、エウィンは無意識に気づいている。

 ここもまた、もう一つの帰る場所だ。

 だからこそ、すがるように夜道を走った。

 この少年が故郷を追い出されようと。

 貧困街のボロ小屋を没収されようと。

 この家に帰れば済む話だ。

 口うるさい、赤髪の魔女。

 転生した、黒髪の日本人。

 偶然にもその資格を得た、緑髪の傭兵。

 今は三人で暮らしている。

 この事実は、誰からも否定されない。

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