十二:ため息
「はい。遮光カーテン。」
ルチルティアはきょとんとしている。
ラピスラズリが彼の涙の真珠を売ったお金でまず買ったものは紫色の遮光カーテンだった。
本当に遮光するのかは知らない。
しかし、布を扱う物売りの店で見た中では一番遮光していた気がする。
「え…と、?」
「そんなに発光してるんじゃどこに行っても目立って視線が喧しいでしょ。それ被ってたらちょっとはマシじゃない。」
しかめっ面をしながらラピスラズリは言った。まぶしいのだ。
「あ、ありがとうございます!」
「あとこれは紙。ペン。インク。」
「あ、ありがとうござい…いんく?」
小瓶に入った黒いインク。
ルチルティアは不思議そうに見つめている。
まさか…。
「…これをペン先につけないと黒い字は書けないよ。」
「……え!ペンって、黒い字が書けるものじゃ無いんですか!」
「人間界のインクは湧き出てこないのよ。」
こんな細々したところまで常識が外れているとは。
「はあ…。あなたまさかランプのつけ方までわからないとか言わないよね。」
これだけ日常生活に支障をきたすようでは、先が思いやられてしまう。
「あ!それはですね、大丈夫です!昨日ラピスラズリさんがつけているのを拝見しました!この木の棒で火をつけて、この白い棒につけてるんですよね!」
得意げに言ったのはいいけれど。
「…あれ、この白い棒は短く溶けてしまった後どうしたらいいんでしょう…。」
ランプの中に挿してある、昨日よりも短く溶けた蝋燭をしげしげとみつめている。
「……作品を作るより前に…今日今から日常生活にの知識を叩き込むから5秒で覚えろわたしの創作時間を削るんだから感謝もしろ。」
鬼の形相でラピスラズリは言った。
「ひ、…ひゃい。」
ルチルティアから変な声が出た。
……
人は好きではなかったけれど、人を放っておくほど冷酷な心にもなることができなくて。
ラピスラズリは宙に浮いているようだった。
根本的な性格はきっと、元々人を放って置けないタイプなのかもしれない。
ほとんど赤い屋根の家で過ごしていたのに、数時間後にはなぜか、ラピスラズリは息切れを起こしていた。
「……んっとに、あんたは、どんな御花畑に住んでたのかしらねッ!」
「す、すみましえん…。」
青い顔でルチルティアは言った。
白い顔からますます生気が引いていく。
「火は!?」
「自然には出てきません!」
「気温は!」
「調節しないと暑いし寒い!」
「ご飯は!」
「作らないと食べられません!火を使うことが多いです!」
「物資は!」
「買ったり作ったりとってきたり調達します!」
「買うためには!」
「お金がいります!」
「稼ぐためには!」
「働きます!」
「だけどあんたは!」
「働くより泣きます!」
「よろしい。」
「はひ…。」
ルチルティアはホッと肩をなでおろす。
気が抜けたのか早速ポロリと涙が溢れて綺麗な真珠になって床に転がった。
「…私がこんなに声を張り上げだのは人生初よ。レアよ。良かったわね。全く良くは無いのよね。」
ブツブツと独り言を言いながら、ラピスラズリは転がった真珠をさらりと拾ってハンカチに包んだ。
ああ…そして今日もごっそりと絵を描く時間が減ったな…。
大きくため息をついて、描きかけのキャンバスを持ち上げた。
これだけ常識を教えても、まだまだ彼との認識の差は埋められていないだろう。
そう考えると頭がクラクラした。
面倒な拾い物をしたものだなあとかなり後悔している。
「す、すみません、ありがとうございます…ぐす。」
幸いなのはこいつがそんなに悪い生き物ではなく、かなり素直なところだった。
「…まあ…あとは好きなだけ書いたら…。
ここには誰も来ないし。」
ビビが死んでからは、代わりのシスターも居ない。
そして誰もこの聖堂の管理をしたがらない。
「ここにはもう私以外、誰も居ないから。」
淡々と、静かにラピスラズリは呟いた。
筆と絵の具を手に取りながら、絵を描く準備を進めていく。
「…誰も、ですか。」
「そう、誰も。元々この街の人間はこの聖堂にはあまり来なかったから。」
それに、街の中には最近新しい聖堂が建った。恐らくもうこのビビの聖堂には人が寄り付くこともないのだろう。
静かで心地いい庭を守るためには、そちらの方が都合がいいので特に困っては居ないけれど。
「私が寄り付くのもあって、この建物はほとんど放置されてるんだよ。」
イーゼルを手にとって、家の扉を開ける。
外はもうおやつどきの時間。
お昼を過ぎて少し和らいだ日が、ラピスラズリを照らした。
「…あの、ええと。こういうところにはこう…黒い服を着た人が、よく居ると思っていたのですが…。」
天で見ていたときのことを思い出す。
ルチルティアはよく、この世界を観察していたから。
「ああ、シスター?よく知ってるね、常識的なことは欠如しまくってるのに。」
こちらに顔を向けて、ラピスラズリはじっとりとルチルティアを見つめた。
「う…返す言葉もございません…。」
彼はしおしおとしおれていった。
なんだかなあ、気が泣けるなあ…ラピスラズリはちょっと呆れてまた小さくため息をついた。
「居たんだけど今は居ない。」
「シスターさんですか?どうして?」
きょとんとした顔で、ルチルティアは不思議そうに言った。
「死んだの。」
一瞬、間が空いた。
「…し、?」
「そ。死んだ。」
さらりと呟かれたその言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「し、って、あの、死ぬ…?」
頭が空回りして、ルチルティアは自分でも何を言っているのかよくわからなかった。
「あの死ぬって、他にどの死ぬがあるの?」
ほんの少しも表情を変えずに、そのまま流れるように、淡々と。
こちらを見つめて、彼女は続けた。
「あの聖母像って意外と頑丈なのよね。」
黒くて艶やかな、吸い込まれそうな彼女の瞳。
じっとルチルティアの瞳を見つめて、さらに彼女は空気を吐いた。
「像の首から紐を垂らして、首吊って死んだの。」
またぼちぼち書きます。




