六話 『依頼』
一通り自己紹介を終え、いよいよ本番に入る。
「さて、死神さん。物好きなあたしのお人形屋さんに何の用だい?」
レノバンの店は、どこからどう見ても普通の人形屋だった。子供向けからお洒落な大人の小物まで幅広く置かれている。
彼女は視線を葉巻を吹かしながら、ラキとマヤの後ろに控えるリンヤに向けていた。
油断ならない。それが第一印象。その次は、ラキやマヤとは違った方向で美人ということだ。
二人が可愛いと表現されるならば、彼女は美しいだ。子供っぽさとは正反対の大人の色気を感じる。
「え、ええと、リンヤさんは、人と一緒にいてもおかしくならない身体を求めています。そ、それで、レノバンさんに、現実味のある人形を作って欲しいらしいんです」
最後に、出来れば人型で、と付け加えて、分かりやすくまとめたラキ。
「ラキ、お前はいつから通訳になったんだ? ええ?」
「い、いえ。その、私、あのネルヴァ森林で遭難していたところを、リンヤさんとマヤさんに保護してもらいまして、それで、その」
レノバンが軽く目を見開く。
「ネルヴァ森林からのお連れで死神さんというと、ヴラヌス墓地から来たのかい?」
遭難していたところを助けられたことより、墓地からやって来たことに驚いている様子だ。
マヤに聞いたことがあるが、リンヤたちがいたヴラヌス墓地という場所は、昼間は別として夜は冥府のような場所らしい。あそこまで死霊の数が多いのは、このフィニス大陸でも中央を陣取る魔境と双璧をなすとも言われている。
そんな場所からやって来たことに驚いているのか、はたまた別のことなのか。リンヤには判別のつかないことだった。
「なるほど。魔物にもかかわらず何故か理性を持つリンヤ君が、そっちの小さなお嬢さんと一緒にいたい、しかしこのままでは無理なので、あたしの人形が必要だってことかい?」
言っていないことも正確に語るレノバンに、リンヤは警戒の色を示した。
そのことに気がついた彼女は戯けて両手を広げてみせた。
「宮仕えをしていた時期があってね、ちょっとだけ想像力が豊かなだけだ。要らぬ勘繰りで気分を損ねさせてしまったなら謝ろう」
言うが謝る気はさらさらないらしい。旨そうに紫煙を吸い込み笑ってみせる。
リンヤは、確かに変人だ、と心の中で頷く。普通ならば相手の気分を害さないように振る舞う。
しかしここまであからさまだと、逆に清々しい。
「依頼は受けよう。あたしの技術を全て尽くし、最高の人形を作ることをここに誓約する」
仰々しく言うと、にこりと微笑むレノバン。
しかし、リンヤに安まる時などなく、むしろここからだと身構える。
「さて、ラキから聞いているだろうが、あたしへの依頼は高くつく」
にやりてと、今度は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
どれほどの額をふっかけられるのか、どんな無理難題をけしかけて来るのか、どちらにせよこれが山場であることは間違いない。
しかし、
「金は材料費、金貨一枚程度でいい」
要求された金は予想の遥か下で、
「手間賃としては、ヴラヌス墓地に行ってある墓を暴いて欲しいんだ」
要求されたのは難題でもないようなことだった。
金貨一枚は銀貨十枚分。銀貨四枚程あればそこらの町で一月楽に暮らせることを考えると決して安くはないが、今の手持ちだと楽に払える。
墓を暴くこと自体は、見つかれば邪教徒と見なされかねない行為だ。しかし、死神の姿をしたリンヤにはおそれるようなことではない。
「肩透かしだとでも言わんばかりだね? そんなに困難が好きなら、とっておきのがあるんだが」
いえ結構です、と気持ちを込めて首を横に振る。
「よろしい、契約は成立だ」
レノバンは躊躇いもなくリンヤに手を伸ばす。その躊躇いの無さに、リンヤの方が躊躇したぐらいだ。
リンヤはレノバンをいい変人という格付けに変更しながら、その手を取った。
……
リンヤが受けた代償について話し合いがなされた。
「長いこと墓参りにも行っていないものでね。苔が生えまくって見えないだろうから、場所を教えておくよ」
レノバンが言ったのは、入り口から入ったとして、一番左から二番目、奥から三番目にある墓らしい。アルフォードと刻まれているらしい。
しかし、問題がある。
ここ十年余続く戦争で墓地が増設されているからだ。
そのことをレノバンに言うと、心配ないと頷いた。
「見つからなくて困るのは君だから、あたしに心配はない」
らしかった。
言われた瞬間、呆気に取られていたリンヤを見ていたレノバンが何とも面白そうな顔をしていた。
サディストだ、サディストがいる。泣きたい気分だ。
「まぁ、これぐらいの代償は払って貰わなければ、割に合わないのでね」
この女性がどうして報酬に無理難題を言うのか分かった気がした。
楽しんでいるのだ。無理難題をふっかけられて、あたふたする依頼者を見て。
「そう言えば、レノバンは誰が死んだの?」
唐突にマヤが話題を振った。それは、全員が気になっていたが、空気を読んで誰も聞かなかったことだ。
マヤの胆力を褒めるべきか、遠慮のなさを叱るべきか。この場合は後者だろうと思い、コツンと頭を小突こうとしたとき、
「旦那と息子だ。流行り病にやられてね、六年程前に」
遮るように、レノバンが口を開いた。
重苦しい雰囲気が立ち込める。
「あたしは駄目な妻で、駄目な母だった。仕事ばかりでね、病に囚われ苦しむ二人よりも仕事を優先させた」
語るレノバンからは飄々とした雰囲気はなりを潜め、代わりに怒りのような感情が感じ取れた。それは表層に出ているわけではなく、彼女の深層に閉じ込められているものだった。
「後悔出来るのは、いつだってこの手から零れ落ちた後だ。零れ落ちた後に、それが大切なものだったと気付く」
いきなりレノバンは笑みを作った。
「だから、お嬢さん。いつだって後悔しない道を選ぶといい。あたしみたいに、落ちぶれたくなかったらね」
彼女は言うと、我が子を愛でるかのように、マヤの頭を撫でた。マヤは気恥ずかしせそうに俯きながら、しかし決して嫌がることはなかった。
「はい、辛気臭い話は終わり。久々の客なんだから張り切って行こう。芳竜の茶葉が手に入ったんだ。茶でも飲もう」
空気を払拭するかのような、優しげな声で言うと、マヤもラキも首を縦に振った。
それからしばらくの間、談笑がなされた。
レノバンの巧みな話術の前では、マヤもクスクスと笑うしかなかった。
「ふむ、菓子が切れたか。どれ、持ってくるから、寛いでなさい」
言うと、彼女は立ち上がり奥の部屋に入って行った。
マヤとラキは楽しげに話している。内容はあまりよく分からない、おそらくガールズトークというやつだ。
リンヤは本棚に視線をやると、他とは少し雰囲気の違う本を手に取った。
表紙には、『日記』と『レノバン•アルフォード』と書かれている。
これは見てはいけない、駄目だ絶対駄目。そう思いながらも、リンヤの手は意思に反して表紙を捲っていた。
『幻想暦七五〇年 緑下月 十五日
今日から日記をつけたいと思う。
母様が死んでしまい、人形師を名乗ることになった。
心構えも何もないいきなりのことだったが、人形師の名に恥じない仕事をしたい。
母様、空から見守っていてください』
今から十年前の日記だ。
ちなみに緑下月とは、春先、前世でいう三月を表す。緑、赤、黄、青の月がそれぞれ上、中、下の三つに分かれて一年が形成されている。
それから、適当にページを捲り、ある日の日記が目に留まる。
『幻想暦七五三年 赤上月 四日
素敵な人と出会った。少し変わった人だが、こんな気難しいあたしに話を合わせてくれる。
これが、一目惚れか』
『幻想暦七五三年 赤上月 十四日
彼とお付き合いの関係になることが出来た!
母様が死んで以来、こんなにも晴々とした気持ちは初めて!』
なんとも少女らしい日記だ。見ていて新鮮味すら感じる。
そろそろ拙いか、と思いつつもリンヤは更にページを捲っていた。
『幻想暦七五四年 青中月 十一日
子供が産まれた。
よかった……!』
おそらく、産んですぐに書いたのだろう。文字がよれてしまっている。しかし、込められた感情は一層強いものだった。
もう無理か、と思いつつも、リンヤは更にページを……、と、
「ほほう? いい趣味をしているね?」
後ろから覆い被さるようにして、身体が拘束される。
「人の日記なんて見ちゃいけないよ?」
軽く吐息。肉体があったら身悶えする程の色気のある声音だった。
後ろから日記を取ると、振り向いたリンヤににっこり微笑んだ。それがリンヤには悪魔の笑みにしか見えなかった。
「罰として、マヤちゃんにこっぴどく絞られてなさい」
はっ、と思って振り向くと、顔を全くの無にしたマヤが、静かに、それはもう大層静かに、佇んでいた。
ち、違うんだこれは……、と言い逃れようとしたリンヤに、言葉という逃げ道は用意されていなかった。
「ご主人。お話がある」
それから二時間、マヤによるリンヤの意識改革が行われた。
ご感想などくだされば嬉しいです。
追記
iPhoneのメモで書いて投稿したのですが、スペースが出来ていませんでした。
改稿はiPhoneからでは面倒な作業になってしまうので、パソコンが機嫌を直してから一気に行いたいと思います。
見苦しいかと思いますが、これからもよろしくお願いいたします。




