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異世界で幽霊になってしまったようです。  作者: 瀬木藍雲
一章 『人形師 レノバン』
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五話 『人形師 レノバン』





 闇夜の平原で一人佇むリンヤの前に、四つの『影』が姿を現した。全身が闇よりも濃い黒の装束で包まれている。

 怪しさ度合いで言えば、リンヤに迫るほどだ。


 目の前の黒装束が、決してリンヤに――否、リンヤ達に友好的な存在ではないのは、彼らが発する雰囲気が物語っていた。手に持つ思い思いの凶器が、自分らの存在が何であるかを隠す気もない。


 そして、それはリンヤも同じこと。

 敵意に対しては敵意を。凶器に対しては凶器を。闘争に対しては闘争をもって、敵性因子を排除する。


 禍々しい大鎌が月明かりを反射して鈍く光る。これは威嚇だ。無用な戦闘を避けるための。

 しかし、


「――――」


 返ってきたのは無言で凶器を構えるという敵意のみ。

 ならばリンヤも、それなりの対応をするだけである。


 影は四つに分かれ、四方から微妙にタイミングをずらして襲いかかってくる。

 動きはそれなりに速い。ラキを一般人と見立てたとすると、彼らの動きは数段上のレベルに達しているだろう。

 しかし、所詮はその程度。素人に毛が生えたレベルだ。


 リンヤは正面から最短距離で襲いかかって来た影に鎌を振り下ろす。躊躇はしない。やらなければやられる。そんな観念が殺人に対する躊躇いや恐れを消し飛ばしていた。

 狙い違わず、鎌の切っ先は影の右肩から胴体、その半ばまでを抉り、鮮血を散らす。

 本来ならば、これで絶命とまではいかなくとも、聞くに堪えない絶叫を上げ地面を転げ回るだろう。もしかすると痛みのあまり昏倒する可能性すらある。


 だが――目の前の黒装束は、その身を赤く濡らしながら、悲鳴すら上げず、どころか鎌の切っ先を更に深く押し込んで、無理矢理リンヤの動きを拘束した。


(こいつら……ッ)


 残り三方から攻めてくる気配に焦りながら、リンヤはそのまま鎌を振り下ろした。しかし、右腕と右足を胴体ごと失ったにもかかわらず、黒装束は不気味な呻き声を上げながら掴みかかって来た。


 このままでは防御が間に合わないと判断したリンヤは、魔力を練り、周囲に土の壁を発生させる。頭蓋骨をナイフのようなものが掠る感触に、久方ぶりの恐怖を覚えた。


 土壁に弾き飛ばされた三つの影の内、二つから異常な魔力の上昇を感じた。

 リンヤの魂が警鐘を鳴らす。


 ――これは拙い。


 土壁に二つの壁が張り付く。と同時、リンヤは上空へと浮かび上がった。

 下に視線を向けると、まるで人形のように黒で覆われた顔を向ける影の姿が合った。

 影は上空へと退避したのを確認すると、まるでバネ細工のように飛び上がり、リンヤへと追い縋ろうとした。その間も、魔力は尋常ではない速さで膨張していった。


 リンヤは自らの水で覆い、更に外側へ風が吹くように仕向けた。

 直後。


 闇に包まれた平原に、星が瞬いた。


 爆風と爆炎、圧倒的な魔力の奔流が同心円状に、無差別に広がった。

 それは、疑いようもなく――二つの影の、自爆。


 残ったのは、魔力の奔流によって出来た小規模のクレーターと、焼け焦げた平原。

 そして――先程より、幾分かボロくなった、死神の姿。

 全身を水で覆うことによって衝撃を緩和、強力な突風によって爆風と爆炎を吹き散らしたのだが、全くの無傷というわけにはいかなかったようだ。


(くそ、視界が、揺れる……っ)


 この爆発がただの爆薬によるものだったならば、全身をボロくさせた程度だっただろう。しかし、魔力による自爆は、リンヤの幽体にまで影響をもたらしてしまっていた。


 揺れる世界。何とか最後の影を視界に入れると、なけなしの精神力を振り絞って鎌を向ける。

 だが、影は踵を返すと、もはやお前には興味がないとでも言わんばかりに去っていった。


 その姿が闇の向こう側に消えるのを確認すると、ようやくリンヤは警戒を解き、事の次第を確認する。しかし、湧き起こってくるのは、影に対する嫌悪感と疑問。


(一体全体、何だったんだ?)


 考えど考えど答えは出ず。そして、熟考する暇も与えてはくれないらしい。

 テグノの方から多数の気配を感じる。一人二人などではなく、数十人単位の。


(街の警備隊か何かか)


 適当にあたりをつけると、リンヤは気配を闇に溶け込ませる。

 考えることは山ほどある。しかし、何よりもまず、身体を手に入れることが先決だ。

 リンヤは雑念で溢れそうになる思考を振り切り、大きく迂回しながらテグノへ向かった。





     ……





 リンヤは暗闇に紛れ、人目を盗みながら、家屋の屋根の上を渡り歩いていた。時折不意な視線に焦らされるが、何とかラキの言っていた『小鳥の小枝』の屋根に到着する。

 屋根から下を見下ろすと、入口で何かを待つ気弱な印象を受ける少女を発見した。

 ラキだ。


 リンヤはわざとらしく屋根で音を立てる。そう言ったものに敏感な彼女は、肩をぴくんと跳ねさせ、こちらに気付いた。リンヤであることを確認して安心したらしい(慣れというものは偉大だ)。


 ラキはあまり不自然にならないように、指を二本立てると、宿の中に入っていった。


(二階か)


 二本指が意図することを読み取ったが、しかし二階のどこにあるかまでは伝えようもない。少々危険を伴うが、窓から一つずつしらみつぶしに確認するしかないだろう。

 だが、それも杞憂に終わった。探そうとした瞬間、マヤが窓から身を乗り出して待っていてくれたのだ。


 彼女はこちらを見つけると、口元を緩ませる。

 ラキと会話したりしているマヤは大体無表情だ。感情表現があまり得意ではないのだろう、墓地という閉鎖空間で育った所為もある。そんな彼女が、口元を緩ませる。なんて嬉しいことなんだろうと親馬鹿思考が過る。


 リンヤは最大限の注意を払いながら、窓から部屋へと入った。

 マヤと、既に戻って来たラキの姿があった。

 部屋は広めだがベッドは一つしかない。何だかんだいって仲が良いのだ。おそらくあの小屋の時と同じように、抱き合いながら寝るのだろう。


 部屋を眺めていると、


「ご主人、ぼろぼろ……。何かあった?」


 疑問形ながら、それは確信を含んだ声だった。

 しかし、子供に心配をかけたくはないという親の意地のようなものが働いて、リンヤは首を横に振った。

 疑惑の視線を投げかけてくるマヤ。これで顔に表情が作れる肉があれば速攻でバレただろうが、生憎セルフポーカーフェイスのリンヤに死角はなかった。


 しばしの睨みっこが続いたが、先に折れたのはマヤ。しかし、若干ふてくされてしまった。


「そ、その、喧嘩はあまりしない方が……」


 マヤがジトっとした目線をラキに向けるが、彼女自身もそう思ったのだろう。「今回だけ」と呟いて、リンヤの方に近づいてきた。

 ラキのナイスフォローに感謝をしなければなるまい。顔を埋めるマヤの目を盗み、リンヤはラキに目配せをして、軽く会釈をする。すると、彼女は恐縮した様子で肩を竦めた。


「そ、それでは、明日の事について話し合いましょう」


 ラキの言葉によって、話し合いが始まった。

 女性二人を椅子に座らせ、リンヤは壁際にもたれかかるいつものパターンだ。


「まずは私たち二人が朝食を食べに行きますので、その、待って頂けると嬉しいです」


 おずおずと進言してくるラキに頷きを返す。待つことに苦はない。待たせることに苦を感じるタイプだ。

マヤも少しだけ申し訳なさそうに頷いた。


「そ、その後、少し危ない橋を渡ることになりますが、リンヤさんには人目を忍んで、私とマヤさんの後をついてきて欲しいと思います」


 それにも迷いなく頷く。今はまだ出来ないが、いつかはマヤと二人で食べ歩きなどもしてみたい。そのためにも、今には耐える時だ。

 それからレノバンの店までの道のりを相談したりと、様々な計画を煮詰めていった。


「あ、あまり詰めても意味はありませんからね。今日はみなさん疲れているでしょうし、もう休みましょう」


 ラキが提案したのは、マヤがうつらうつらと船を漕ぎだしたからだ。やはり十時間以上の長旅は、十三歳のマヤには辛かったようだ。普段ならば反論でもするだろうが、今はその気力もないのだろう。


 リンヤは木のメモを取り出すと、『少し風に当たってくる』と書いて、ラキに見せた。

 マヤは既に撃沈しており、夢の世界と現実とを行き来している。その頭を一撫ですると、リンヤは窓から外に出た。


 深夜に差し掛かり、テグノはすっかり様変わり。娼婦などが路頭で客引きなどをしている。怪しげな店も出始め、裏の顔が出ていた。


 そんな光景を、屋根の上でぼぅっと眺め続ける。ずっと、ひとりで。


 ――人の殺めたその日、寝ずに過ごすひとりの夜は、いつもより長く感じた。


 人を切り裂く感触を思い出し、震えそうになる身体を必死に抑え、意識は遠い彼方、視線は夜の街へと投げ続けた。





     ……





 リンヤは時折後ろを気にするマヤを見ながら、明け方の街を物陰に隠れながら進んでいた。

 ラキが言うには、レノバンの店はこの東街門区にあるらしい。徒歩で十分もかからないと言われたが、リンヤにはその十分が異様に長く感じられた。


 人の視線を避け、時には魔法を駆使し、物陰から物陰へと移動していく。マヤたちが不自然にならない程度の速さで歩いていくので、見失わないようにするだけでも精一杯だった。


 そんな苦労が続いて二十分。予定よりも十分ほど長くかかったところで、ラキは不意に脇道にそれた。

 追いかけると、そこには一件の古ぼけた家があった。

 一目で分かる。

 ここが、レノバンの店だということが。


 幸いにも、人気はない。

 リンヤは手招きするラキとマヤの元に近寄ると、扉を二回ノックする。

 返事はなかった。再びラキが、「す、すみませぇん」と情けない声交じりでノックをしようと手をかけたとき、


 ――扉が勢いよく開けられた。


 扉の前にいたラキは後ろに吹っ飛ぶと、何ともおかしな姿で停止した。


「あ、レノバンさん。お、おはようございます」


 そのおかしな格好でラキは口を開く。視線を辿ると、見覚えのある紫煙が目に入った。


「……なんだ、ラキか。……それと、おかしなお客さんがいるようだな」


 濃い朱色の長髪を頭の後ろで結い上げ、緩んでいた表情を引き締める。咥え葉巻を一旦口から離し、紫煙を吐きだすと、その女性はリンヤを見て、


「いらっしゃい。あたしが、人形師レノバン。レノバン・アルフォードだ」





大学への引っ越しがあり、少しの間更新できない可能性があります。

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