四話 『産業都市テグノ』
鎌が走駆竜の頭部に向かって振り下ろされる。あわや直撃というところで走駆竜の身体が移動を開始した。
耳慣れない音は、走駆竜が地面を踏み砕いた音だった。尋常ではない脚力で突進が繰り出される。
リンヤは突進を走駆竜を飛び越す形で避ける。
乾いた破砕音。背後を見遣ると、大人が三人手を繋いでもまだ足りないほどの太さを持つ樹木が、走駆竜の突進で陥没し、根元からその威容を傾がせていた。
一撃喰らえばこの骨の身体は木端微塵だろうことは想像に難くない。魔力的要素の無い物理攻撃では幽体を傷つけられることはないが、この場合はマヤたちがいる。危険が及ぶために砕かれてやるわけにはいかなかった。
その木の幹を押し倒した走駆竜はというと、何もなかったかのように呻り声を上げ、再度の突進を仕掛けてきた。
(高速移動が出来る重戦車ってところか。正面切って戦うには分が悪過ぎるな)
前世の物理法則が思い出され、あの巨体があの速度でぶつかられたときのエネルギーを想像し何とも言えない気分になる。
(まあ、力比べなんて端っから狙ってないけどな)
リンヤは二度目の突進を、今度は危なげなくかわしてみせる。
確かに、この素早い動きをする。その突進の威力は計り知れないものだろう。
だが、単調。理性を持つリンヤにとって本能のみによって繰り出される直線的な突進は、ただの狙い目にしかなり得なかった。
そして、既に弱点は分かっている。しかし、そのためには少々危険な橋を渡らないといけなさそうだが、それぐらいの代償はいつだってつきものだ。覚悟を決め、三度の突進を仕掛けんと地面を踏みしめる走駆竜と正面から対峙する。
大鎌をまるで居合のように構え、突進を待つ。
これが対人戦ならば罠を疑って中々仕掛けてこないだろうが、相手は理性を失っている
魔物だ。本能と敵意に従って、走駆竜はリンヤに突進を仕掛けた。
肉体を持っていれば今、手の平はじっとりと汗をかき、緊張を増長させていただろうが、生憎ながら汗腺すらない。
リンヤは凄まじい速度で接近する走駆竜の正面から一歩たりとも後退しようとはしなかった。
そして、ついに走駆竜が鎌の射程に入ったそのとき、死の象徴は対象の命を丸ごと刈りとらんと動き始める。
大鎌の切っ先は――地面を抉っていた。穿ち、抉り、豆腐のように引き裂きながら、、切っ先が地面の下から顔を出し、そのまま振り上げられた。
狙いは過たず、大鎌の切っ先は、走駆竜の柔らかい喉を縦に引き裂き、首の裏まで貫通した。しかし、リンヤの鎌はそれだけでは止まらない。
そのまま振り上げ、顔面を引き裂くと同時、リンヤを軸に車輪のように鎌が回転。遠心力が加わった鎌は、頭部を失ってなお運動を続ける巨体を真っ二つに引き裂いた。
左右に分かれた巨体はずしんと重厚な音を上げ、地面を滑りながら血を噴き出す。
大鎌の白刃を赤く染めた血を振り払うと同時、後ろから声がした。おそらく、離れていた二人が駆け寄ってきているのだろう。
心配する二人(ラキはどちらかというと青褪めている)に自らの無事を示すように、リンヤは片手を上げて迎えた。
……
「うはぁ……左右に真っ二つですよ、真っ二つ。私、竜の巣から生還出来た以来の衝撃を受けてます……」
「わたしは心配なんてしてなかった。だって、ご主人だもん」
思い思いの言葉を口にしながら走駆竜の死体を観察する二人を、リンヤは大鎌に付着した血糊を落としながら眺めていた。
まだ神経は生きているのか、思い出したようにびくびくと痙攣する内臓に肩を跳ねさせて驚く二人は、性格さえ目を瞑ればまるで姉妹のように見える。
果たしてこの走駆竜の素材がどれほどの値段で売り買いされるかは分からないが、ラキの言葉から察するに日々の生活に困らない程度の価値はあるだろう。
これで何とか金の目途は立った。後は、ラキからも変人呼ばわりされている、人形師レノバンという人物がどう出るかにかかっている。
「リ、リンヤさん。これ、全部は持って行けないので、価値のありそうな部位だけを選んだ方が」
それもそうか、と頷き、リンヤも走駆竜の死体に近づいた。辺り一面、緑のキャンパスに赤黒い絵の具をぶちまけたかのように毒々しく彩られている。
しかし、選ぶと言っても、どれがどんな価値をするのか皆目見当もつかない。常識的に言えば角や甲殻などが売れそうなものだが、どうなのだろう? とリンヤは首を傾がせる。
そんな彼の戸惑う雰囲気を感じ取ったのか、
「ラキ……、どこがいいの?」
「え、えっとですね。属性持ちの竜ですと内臓にも高い価値があるんですが、走駆竜は無属性なので、やはり角や甲殻、鱗あたりがいい値段で売買されます。本来ならば竜は余すところなく価値があるんですけど、この場合は、まあ仕方がないですね」
本当に気が利く少女である。将来が楽しみだ。
親馬鹿思考を展開しながら、リンヤはラキの言葉に頷いた。
角を根元から切断し、鱗と甲殻を肉から剥ぎ取っていく。少しだけ精神に来る作業ではあるが、そこは慣れるしかないだろう。文句など言えない。
現在の荷物と、今剥ぎ取っている素材の量を考え、必要な分だけを袋に詰める。その途中、そうだと思いつき、リンヤは甲殻を一つ余分に剥ぎ取ると、ラキに渡した。
「え、いいんですか?」
見ず知らずの自分たちに、行商の途中にもかかわらず親切にしてくれたラキに対して、何の謝礼も無しでは話にならないだろう。彼女の戸惑いを含んだ声に対し、リンヤは頷いた。
「あ、ありがとうございます! こ、これぞ不幸中の幸い! 森で遭難した甲斐があったというものですっ!」
そんなに喜ぶほど高価な品なのだろうか。ラキの喜びようは変態染みていた。まあ、変人ではあるが。
「げ、元気が出てきました! 何だか髪の毛が金髪になって逆立ちそうなほどにっ。さ、さあ行きましょう! 後一時間ほどで森も抜けられるはずです! 張りきって行きましょう!」
先頭を勢いよく歩きながら大声を上げるラキに反応したのは、どこぞに潜んでいる魔物の咆哮。情けなく悲鳴を漏らしながらリンヤの後ろに引っ込む。
若干呆れるリンヤだったが、四方八方から注がれる敵意(おそらく食欲)の視線を感じ――一瞬で逃げるという選択肢を選んだ。
マヤを背負い、そのまま飛び出す。
「な、なんでぇ!? リンヤさん何で戦わないんですかぁっ!?」
リンヤの後ろを必死に走るラキが悲鳴の如き抗議の声を上げるが、それに答えたのはマヤだった。
「こんなにいっぱい、ご主人一人だったら楽勝だけど、わたしたちがいるから」
楽勝は言い過ぎだが、大方マヤの言った通りではある。
四方八方を囲まれた状態で、二人を守りながら戦うのは荷が重い。
それに、リンヤの予想が間違っていなければ――、
「あ、でも、魔物達は私たちを追ってきてませんよ?」
そう。おそらく魔物達の狙いは、走駆竜の死肉だ。この森では魔物達の食糧争いが勃発しているので、強者と言えど、死ねば喰われる運命にある。
だからと言って、足を止めるわけにはいかない。
「あ、でも食いっぱぐれた魔物がこっちに……ッ」
この後、リンヤ達は魔物達に追われることになるが、それを振りきることが出来たのは、三十分森の悪路を全力疾走した後、ラキが恥も外聞も捨てて大地に寝転がった頃だった。
……
太陽も沈みかけ、空と平原が橙に染め上げられた頃、
「み、見えてきました」
リンヤの背中でラキが言う。あれから足が棒になったラキは、マヤと仲良く(?)リンヤの背中に乗って移動していた。魔力の消費が少し増えてしまったが、案内役が歩けないと意味がないので、背に腹は換えられなかった。
視線を遠くに投げると、確かに人工物のようなものが見えた。
「産業都市テグノ。他の町や村からの材料を王都へ運ぶ中継地と共に、その資源を加工することを一大産業とした都市です。その形態から、必然的に職人気質の方が多くて……まあ、言ってみれば変人だらけというか、なんというか……」
語尾の方は小さくなってあまり聞こえなかったが、どうやらこの世界は変人の割合が極端に多いらしいということだけは分かった。分かってしまった。
まあ、見た目的にはリンヤが一番際どい存在なのだろうが。
それから三十分も歩くと(飛ぶと)、街門のようなものが見えてきた。
「そ、そのぅ……」
ラキの言いたいことを察し、二人を地面に下ろす。
こんな死神が人間と仲良く街門をくぐろうとするなど、馬鹿げているにも程がある。ここは、街を知るラキにマヤを連れて行って貰い、その後どこかで落ちあうというのが定石だろう。
「で、では、テグノの東街門付近にある、『小鳥の小枝』という宿に、日が完全に沈んでから来てください。わ、私とマヤさんは、ギルドでこの素材を換金して、宿を取っておきますので」
「ご主人。またね?」
その言葉に頷き、リンヤは二人の背中を見送ると、静かに夜の闇に溶けていった。
――背後をつけてきた、何者かを確かめるために。
ご感想などくだされば嬉しいです。




