第3話 はじめての接点
「それじゃあ、このプリントを後ろに回してくれ」
一時間目が終わり、担任がそう言って教室を出ていく。
休み時間になると、教室はすぐに賑やかになった。
「奏汰!」
「購買行こうぜ!」
朝比奈悠真が声をかける。
「今日はいいや。」
「珍しいな。」
「朝飯食べすぎた。」
「じゃあ俺だけ行ってくる!」
悠真たちは笑いながら教室を飛び出していった。
奏汰は席に座ったまま、窓の外を眺める。
風が桜を揺らしていた。
(やっぱ春っていいな。)
静かな時間。
こういう何気ない時間が好きだった。
すると。
「……あの。」
不意に声がした。
顔を上げる。
そこには、読者モデルとして人気の美少女――冬瀬乃愛が立っていた。
「えっと……。」
奏汰は一瞬だけ驚く。
(なんで俺?)
周りの生徒たちも動きを止める。
「消しゴム、落としてたよ。」
乃愛は小さな白い消しゴムを差し出した。
「あ。」
机の横を見ると、確かに自分の消しゴムがなくなっていた。
「ありがとう。」
「ううん。」
それだけ。
本当にそれだけのやり取りだった。
「じゃあね。」
乃愛は笑顔で自分の席へ戻っていく。
「……。」
教室は静まり返っていた。
数秒後。
「え?」
「今……。」
「冬瀬さんから話しかけた?」
男子たちがざわつき始める。
「偶然だろ。」
「消しゴム拾っただけじゃん。」
そう言い聞かせる者もいた。
奏汰本人も、
(親切な人なんだな。)
それくらいにしか思っていなかった。
しかし。
席へ戻った乃愛は、小さく胸を押さえる。
(話せた……。)
たった一言。
それだけなのに、胸がどきどきしていた。
(焦っちゃだめ。)
(少しずつ。)
そう自分に言い聞かせる。
教室の反対側では。
澪がその様子を静かに見ていた。
(乃愛さん……先に動いたのね。)
表情は変わらない。
けれど、胸の奥が少しだけざわつく。
さらに。
陽葵も視線を向けていた。
(消しゴム……。)
(私でもできたかな。)
思わずため息が漏れる。
その頃。
購買から戻ってきた悠真が驚いた顔で言う。
「おいおい。」
「何?」
「俺がいない間に何があった?」
「何も。」
「いや、教室が騒ぎになってるぞ。」
「そうなの?」
奏汰は本当に知らない。
悠真は苦笑した。
「天然にもほどがある。」
昼休み。
奏汰はいつものように友人グループと中庭へ向かう。
笑い声が絶えない。
その後ろ姿を。
三人の美少女は、それぞれ違う想いで見送っていた。
そして教室の隅では。
「あいつさ。」
「榛原だったよな。」
「なんで冬瀬さんが話しかけたんだ?」
「……気になる。」
まだ嫉妬ではない。
まだ噂でもない。
けれど、小さな違和感は、確実に学校中へ広がり始めていた。




