第11話 雨の日の相合傘
昼休みが終わる頃。
窓の外から、ポツリと音が聞こえた。
「あ、雨。」
誰かが呟く。
さっきまで晴れていた空は、いつの間にか灰色の雲に覆われていた。
「天気予報、雨だったっけ?」
「降水確率三十パーだったよ。」
「折り畳み持ってきてない……。」
教室は少しだけ慌ただしくなる。
奏汰は窓の外を見て、小さく息をついた。
「帰る頃には止むといいけど。」
その一言に、悠真が笑う。
「止まなかったら?」
「走る。」
「高校生らしい答えだな。」
「濡れるの嫌だけど。」
「じゃあ俺の傘入れてやるよ。」
「ありがとう。」
そんな何気ない会話をしていると、授業開始のチャイムが鳴った。
◇◇◇
放課後。
雨は朝より強くなっていた。
校舎の屋根を叩く雨音が、静かに響いている。
「結構降ってるな。」
「マジかよ……。」
昇降口では、生徒たちが足を止めていた。
「傘忘れた!」
「コンビニ寄る?」
「迎え来てもらう。」
それぞれが困った顔をしている。
奏汰は鞄から黒い折り畳み傘を取り出した。
「よかった、入れてた。」
「助かったー!」
悠真が笑う。
「じゃあ駅まで一緒に帰るか。」
「いいよ。」
二人が傘を開こうとした、その時だった。
「あっ……。」
小さな声が聞こえた。
振り返ると、陽葵が立っていた。
ショートカットの髪が少しだけ濡れている。
「傘、忘れちゃった?」
悠真が尋ねる。
「……うん。」
困ったように笑う陽葵。
「部活バッグには入ってると思ったんだけど。」
今日は教室のロッカーに置いたままだったらしい。
「コンビニまで走るしかないかな……。」
そう呟いた瞬間。
「なら。」
奏汰が自然に口を開く。
「駅までなら一緒に入る?」
「え?」
陽葵が目を丸くする。
「駅前まで行けばコンビニもあるし。」
「でも……。」
「傘、大きいから。」
本当にそれだけの理由だった。
特別な意味はない。
困っている人を放っておけなかっただけ。
陽葵は少しだけ迷い、
「……ありがとう。」
小さく頭を下げた。
「じゃあ俺は先帰るわ。」
悠真はニヤッと笑う。
「また明日!」
「おう。」
そう言って、一人で雨の中へ走っていく。
「行こう。」
奏汰が傘を開く。
「う、うん。」
二人は並んで歩き始めた。
肩が触れないくらいの距離。
雨音だけが静かに響く。
「ごめんね。」
陽葵が申し訳なさそうに言う。
「気にしなくていいよ。」
「でも、迷惑じゃ……。」
「困った時はお互い様だから。」
その言葉に、陽葵は少しだけ俯いた。
(また……。)
(優しい。)
胸の鼓動が少しだけ速くなる。
一方の奏汰は、雨に濡れないよう傘を少しだけ陽葵の方へ傾けていた。
その小さな気遣いにも、本人は気づいていない。
二人の姿を、昇降口から見送る人影があった。
乃愛だった。
「……。」
小さく微笑む。
「陽葵ちゃん、よかったね。」
そう呟く一方で、胸の奥が少しだけちくりと痛んだ。
その感情の名前を、まだ乃愛は知らない。
一方、教室の窓からその光景を見ていた男子生徒が、小さく呟く。
「また榛原か……。」
その声は雨音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。




