第10話 静かな嫉妬
放課後。
「じゃあ、また明日!」
「部活頑張れよ!」
友人たちと別れた奏汰は、昇降口へ向かって歩いていた。
今日は図書委員の仕事もなく、そのまま帰宅する予定だ。
廊下を歩いていると、窓の外から元気な声が聞こえた。
「もう一本!」
「ラスト!」
グラウンドでは陸上部が練習をしている。
その中でも一際目立つのが柏瀬陽葵だった。
軽やかなフォームでトラックを駆け抜ける姿に、思わず足を止める。
(速いな……。)
運動は嫌いではない。
だからこそ、努力して結果を出している人を見ると素直にすごいと思えた。
「……。」
ほんの数秒見てから、そのまま歩き出す。
その様子を、陽葵は気づいていた。
(見てくれた……。)
それだけで胸が温かくなる。
しかし、その隣にいた男子部員が視線の先を追った。
「あれ?」
「どうした?」
「今、榛原じゃなかった?」
「二年A組の?」
「うん。」
男子部員は少しだけ眉をひそめる。
「知り合い?」
「図書委員が一緒なんだよ。」
陽葵は自然に答えた。
「そうなんだ。」
男子部員は笑った。
だが、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「……。」
放課後の廊下。
奏汰は靴を履き替え、校門へ向かう。
すると、
「奏汰!」
悠真が後ろから追いかけてきた。
「帰るなら駅まで一緒に行こうぜ。」
「部活ないの?」
「今日は休み。」
二人は並んで歩き始める。
「そういえば。」
悠真が急に真面目な顔になる。
「最近、お前ちょっと有名になってるぞ。」
「俺が?」
「学校一の三人。」
「またその話?」
「偶然が続きすぎなんだよ。」
奏汰は苦笑した。
「話したって言っても数分だぞ。」
「俺もそう思う。」
「だろ?」
「でも周りは違う。」
悠真は校舎を振り返った。
「男子ってさ。」
「うん。」
「憧れてる子が普通の男子と話してるだけで気になる生き物なんだよ。」
「そんなもん?」
「そんなもん。」
奏汰は少し考える。
「別に俺から話しかけたわけじゃないし。」
「それが余計なんだ。」
「?」
「……気にしなくていい。」
悠真は笑って話を終わらせた。
しかし、その少し後ろ。
校舎の二階から二人を見ている男子がいた。
「榛原……。」
その目には、小さな嫉妬が宿っていた。
まだ悪意ではない。
けれど、
「なんであいつなんだ。」
そんな感情が、少しずつ心の中で膨らみ始めていた。
一方、生徒会室。
澪は窓の外を眺めていた。
校門へ向かう奏汰の姿が小さく見える。
「会長。」
役員の女子が資料を持ってくる。
「次の会議ですが──」
「ええ。」
澪はすぐに視線を戻した。
心の中にある想いは、まだ誰にも言えない。
だから今日も、生徒会長としての顔を崩さない。
同じ頃。
乃愛は迎えの車へ向かいながら、校門の方を見つめていた。
(また明日。)
心の中でそっと呟く。
そして陽葵は夕日に染まるグラウンドを走り続ける。
(三人とも、まだ何も始まってない。)
それでも確かに、四人の運命は少しずつ交わり始めていた。
その裏で――
奏汰に向けられる男子たちの視線も、静かに変わり始めていた。




