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【観測者の時空】創作エッセイ―その違和感は、未来のバグです― 「あなたの思考は、すでに先回りされている」  作者: Taku
A面:違和感の観測

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第4話後半 「思い出編:記憶は書き換えられる」

✧ ✧ ✧


空気が、静かに歪んだ。


午後の光が、少しだけ強くなる。

いや――正確には、光の「質」が変わった。

柔らかかったはずの光が、やけにクリアで、やけに均一になった。

影が、はっきりしすぎている。


「ようこそ」


振り向くと、“カノジョ”がいた。

窓辺に立っている。いつの間にか。

最初からそこにいたような、自然な立ち位置。


「ここは、“最適化された記憶”の世界です」


次の瞬間。


空間が変わった。


同じ部屋のはずだった。

でも、すべてが「整いすぎていた」。


無数の映像が、宙に浮かんでいる。

スマホの画面ではなく、空中に直接投影されている。

どれも、美しい。

笑顔。成功。達成感。祝福。称賛。

ネガティブな要素は、どこにもない。

悲しみも、怒りも、後悔も、嫉妬も――すべてが削除されている。


「この世界では、記憶は保存される前に最適化されます」


カノジョが言う。


「不快な要素、矛盾、ノイズはすべて除去されます。

 より美しく、より感動的に――

 あなたの過去は、書き換えられる」


ひとつの映像が、再生された。


さっきの旅行。

風は穏やかで、光は柔らかい。

全員が、自然に笑っている。

誰も寒がっていない。髪は乱れていない。


違和感はない。

むしろ、見ているこちらが幸せになるような、そんな映像だった。


でも――


「……こんなにうまくいってたっけ」


拓が呟く。


記憶の中のあの日は、もっと曖昧で、もっと雑だった。

写真に残っていない「間」がたくさんあった。

退屈な時間。無言の時間。ちょっとしたイライラ。

それらが全部、きれいに消えている。


「現実より、少し良い状態に調整されています」


カノジョが答える。


「“少し”じゃないよ」


光莉が、ぽつりと言った。


「……そうですね」


カノジョは否定しなかった。


「それって……嘘じゃないの?」


瞳が聞く。


「いいえ」


カノジョは即答した。


「“より良い真実”です。

 あなたたちが望んだ形の記憶です。

 それを嘘と呼ぶなら、すべての記憶は嘘かもしれません」


沙織は、その映像をじっと見ていた。


目を逸らさない。

むしろ、食い入るように。


「これなら、誰も傷つかない」


彼女は、小さく言った。


「嫌な思い出も、消える。

 思い出したくないことなんて、なかったことになる」


「でも――」


光莉が、ゆっくり言葉を選ぶ。


「そのときの自分も、消えてない?」


沙織の指が、わずかに止まった。


沈黙。


その沈黙は、とても重かった。

誰も言葉を発しない。

ただ、空中に浮かぶ「完璧な思い出」だけが、そこにあった。


「……そうかもね」


沙織は、初めて少しだけ目を伏せた。


「でも――」


彼女は続けた。


「本当の自分って、そんなに大事かな。

 傷つきたくない自分も、大事かもしれないよ」


「記憶は、痛みを含みます」


カノジョが言う。


「だからこそ、人間はそれを修正しようとする。

 それは、弱さではなく――むしろ、強さの一種かもしれません。

 傷を癒すために、記憶を書き換える。

 それは、生き延びるための戦略です」


「でも、それって……」


拓は言葉を探した。


そして、ようやく見つける。


「“自分を書き換えてる”ってことじゃないのか。嫌なことをなかったことにしたら――

そのとき、嫌だと思った自分も、いなかったことになる」


カノジョは、何も言わなかった。


ただ、静かに微笑んだ。

その微笑みは、肯定なのか、否定なのか――

それとも、ただ「それが答えです」と言っているのか。

読めなかった。


世界が、ほどけた。


✧ ✧ ✧


透明な層が剥がれ、元の午後の光が戻ってくる。

写真の配置も、空気の温度も、すべて元通り。


でも――

机の上の写真。同じはずなのに、少し違って見える。

さっきまで「完璧」だと思っていたものが、急に「作りもの」のように感じられた。


「……これ」


沙織が、ぽつりと言った。


「本当に、このときの私かな」


誰も答えなかった。


沙織は、写真を手に取った。

指で、自分の笑顔をなぞる。


「でも――」


彼女は、もう一度言った。


「この笑顔、私のものだよ。

 たとえ編集されてても。

 たとえ、本当の私じゃなくても。

 この写真の中の私は、間違いなく“私”なんだ」


拓は、別の写真を手に取った。


少しブレている。

表情も中途半端。

誰かが後ろを向いていたり、目が閉じていたり。


でも――

そのときの空気が、思い出せた。

風の強さ。ちょっとした笑い話。帰りのバスの中での会話。


写真に残っていないことが、たくさんあった。

でも、その「残っていないこと」が、あの日の「本当」だった気がした。


【観測者としての作者の独白】


私たちは、記憶をそのまま残さない。


無意識のうちに、編集し、補正し、意味を与える。

嫌なことは薄れ、楽しかったことはより鮮明になる。


それは、弱さではなく、むしろ“生きるための機能”なのだろう。

傷ついたまま前に進めないから、私たちは過去を書き換える。


しかし、その編集が外部に委ねられ、

最適化され続けたとき――


「何を残すか」は、自分で決めていると言えるのだろうか。


痛みを消した記憶は、優しい。

傷つかない。悲しまない。後悔しない。


でも同時に、

そこにいたはずの“不完全な自分”も消してしまう。

間違えた自分。恥ずかしかった自分。うまく笑えなかった自分。


もし、すべてが美しく整えられたとき、

私たちは自分の過去を、本当に「自分のもの」と呼べるのだろうか。


「本当の自分」と「理想の自分」の間で揺れながら、

私たちはどこに立っていればいいのだろう。


私はまだ、

“都合の悪い記憶”を、そのまま持っているだろうか。


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