第5話前半 「ランチ編:選ばされた選択」
昼休み、社員食堂はいつもより混んでいた。
康介はトレーを持ったまま、少し立ち止まる。
メニューは三つ。
Aランチ、Bランチ、日替わり。
その横に、小さく表示されている。
「本日のおすすめ:Aランチ(満足度92%)」
「SNSでの投稿数:今週最多」
「あなたにおすすめ:Aランチ」
康介は、画面を見つめた。
92%——ほぼ外れない数字だ。
今日は特に迷う理由もなかった。
(まあ、これでいいか)
康介は迷わずAを選んだ。
トレーに載せ、会計へ。並ぶ列もスムーズに進む。
周囲を見ても、ほとんどが同じものを取っている。
誰も迷っていない。誰も立ち止まらない。
これが「正しい」のだから。
「またそれ?」
後ろから声がした。
振り向くと、純がいた。
自分のトレーには、日替わりが載っている。
康介は、少しだけ意外に思った。
「珍しいな、日替わりなんて選んで」
「別に。気分で」
純はあっさり言った。
でも、その口調には、どこか「わかってるでしょ」というニュアンスが混じっていた。
席に着く。
康介はAランチを広げる。
彩りも良く、栄養バランスも完璧。
味も、間違いなく美味しい。
温度も、ちょうどいい。
「いつもそれだね」
純が言う。
「外さないからな」
康介は軽く笑う。
「効率いいだろ」
「ふうん」
純は、特に反論しない。
ただ、自分の日替わりにフォークを入れた。
味噌汁を一口飲んで、少しだけ眉をひそめた。
「……しょっぱい」
「外れたんじゃないか?」
康介が笑うと、純は首を振った。
「ううん。これでいいの。
毎回同じじゃ、味覚えられないでしょ」
康介は、一瞬だけ手を止めた。
毎回同じ——たしかに、ここ数週間、ずっとAランチだった。
なぜか。美味しいから。それ以上でも、それ以下でもない。
でも、その「美味しい」の基準は、誰が決めたんだろう。
自分の舌か。
それとも——画面に表示された数字か。
「でさ」
純が続ける。
「昨日の企画、あれも“おすすめ”?」
「データ的に一番成功率高かったからな」
「ふーん」
純は箸を止めた。
「じゃあ、失敗する可能性がある案は、最初から消えてるわけだ」
「当たり前だろ」
康介は即答した。
「成功する確率が低いなら、やる意味ない」
一瞬、沈黙。
「……それ、ちょっと怖くない?」
純が、静かに言った。
「何が?」
「全部、“当たり”だけ選び続けてたらさ」
純は、少しだけ言葉を探した。
「“自分で当てた”感じ、なくならない?」
康介は、答えなかった。
代わりに、味噌汁を一口飲む。
温度も、味も、ちょうどいい。
——ちょうどよすぎる。
確かに、外したことはない。
でも——自分で「これがいい」と決めた記憶が、なぜか薄い。
誰かが決めた「正解」を、ただ受け取っているだけのような気がした。
そのとき。
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