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【観測者の時空】創作エッセイ―その違和感は、未来のバグです― 「あなたの思考は、すでに先回りされている」  作者: Taku
A面:違和感の観測

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第5話後半 「ランチ編:選ばされた選択」

✧ ✧ ✧


視界の端に、ノイズが走った。

食堂のざわめきが、遠くに引いていく。

トレーを置く音、食器の触れ合う音、誰かの笑い声——

すべてが、ゆっくりとフェードアウトする。


「ようこそ」


振り向くと、“カノジョ”がいた。

隣の席に。いつの間にか。

誰も気にしていない。むしろ、最初からそこにいたかのように自然な空気。


「ここは、“最適化された選択”の世界です」


景色が変わる。


同じ食堂のはずだった。

でも、すべてが「整いすぎていた」。


メニューは、最初から一つだけ。

Aランチ。日替わりは消えている。

Bランチもない。

「選ぶ」という行為が、最初から存在しない。


「なぜ、迷うのですか?」


カノジョが言う。


「最適な答えは、すでに用意されています。

 それ以外を選ぶ理由は、どこにもありません」


康介は、その光景を見渡した。


人々は、それぞれのトレーを持って歩いている。

でも、全員が同じものを持っている。

迷いなく、疑いなく。


「ここでは、選択は必要ありません」


カノジョが言う。


「すべての状況に対して、最も成功確率の高い行動が提示されます。

 仕事も、食事も、人間関係も——

 すべてが、最適なルートに沿って進みます」


映像が流れる。


誰かが仕事をしている。

スムーズに進む。問題は起きない。

誰かが食事をしている。

迷わずに選ぶ。外れない。

誰かが誰かと話している。

適切なタイミングで、適切な言葉が出てくる。


失敗はない。迷いもない。


「いいじゃん」


康介は、思わず言った。


「無駄がない」


「はい」


カノジョは頷く。


「無駄は、排除されています。

 時間の浪費も、感情の揺れも、間違った選択も——

 すべて、最初からありません」


「じゃあさ」


純が、横から口を挟む。


「その“外れた選択”って、どこ行くの?」


カノジョは、一瞬だけ沈黙した。


「記録されません」


「……消えるのか」


「必要がないためです。

 存在しなかったことになります」


その答えは、あまりにも自然だった。


存在しなかったことになる——それは、単に「選ばなかった」ではなく、「なかったことになる」という意味だった。

選ぶ権利すら、最初からなかったことになる。


康介は、画面を見つめた。


成功したルートだけが、残る世界。

完璧だった。

でも——


「……これ、つまらなくないか」


自分でも意外な言葉が、口から出た。


「なぜですか?」


カノジョが問う。


「だって」


康介は、少しだけ考えてから言った。


「どれ選んでも同じなら、選ぶ意味ないだろ。

 “選んだ”って実感がない。

 ただ、流されてるだけじゃん」


純が、横で小さく笑った。


「やっと気づいた?」


「選択は、結果だけでなくプロセスにも価値があります」


カノジョが言う。


「しかし、その価値は定量化できません。

 効率の指標にはなり得ない。

 だから——」


「だから削ったってことか」


康介は呟く。


目の前の選択肢が、さらに減る。

ひとつだけになる。

Aランチ。それが「最適」。


「これを選べば、間違いありません」


その言葉は、正しかった。

数値的にも、論理的にも、完璧に正しい。


でも——

その瞬間、康介は思った。


(じゃあ、“俺”いらなくないか?)

(誰が選んでも同じ結果なら——そこに、自分の意志が入る余地はない)


世界が、ほどけた。


✧ ✧ ✧


透明な層が剥がれ、元の食堂の喧騒が戻ってくる。

トレーの音。話し声。食器の触れ合う音。


気づくと、康介は元の席に戻っていた。

Aランチの皿が、目の前にある。


康介は、しばらくそれを見つめた。


「なあ」


純に言う。


「明日、違うの頼んでみるわ」


純は少し驚いて、それから笑った。


「いいじゃん。何にするの?」


「……わからない。

 でも、とりあえずA以外」


「どうなるわからないけどな」


康介は、フォークを手に取った。

Aランチを一口食べる。美味しい。

でも、明日は違うものを食べる。

たぶん、外すかもしれない。

でも——それでいいと思えた。


【観測者としての作者の独白】


私たちは、「より良い選択」を求める。


成功率の高い道。後悔しない判断。間違いのない答え。

それは、合理的で、効率的で、正しい。


しかし、その先にあるのは——

“選ばなくてもいい世界”かもしれない。


すべての答えが用意され、間違いが排除されたとき、

人間は何を基準に選ぶのだろうか。


いや——そもそも、選ぶ必要はあるのだろうか。


「選ぶ」ということは、時に間違えることだ。

「迷う」ということは、時に無駄な時間を過ごすことだ。


でも、その「非効率」の中にしか、

「自分で決めた」という実感は生まれない。


「選ばなかった」という選択肢を残すこと。

「外れるかもしれない」というリスクを受け入れること。

それらが、人間の自由の最後の砦なのかもしれない。


私はまだ、

“外れる可能性”を受け入れているだろうか。


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