第6話前半 「屋上編:理由のない時間」
夕方の屋上は、静かだった。
街の音が、少しだけ遠くに聞こえる。
ビルの谷間を抜ける風が、ゆっくりと流れている。
誰もいない。ただ、そこにいるだけの時間。
光莉は、フェンスにもたれて空を見ていた。
雲が、ゆっくりと形を変えている。
特に意味はない。ただ、そうしている。
何もしていない。
考えていないわけではない。でも、何かを「考えている」という感じもしない。
ただ、そこにいる。
「探したよ」
瞳が、階段から上がってくる。
息は少し上がっている。何度か呼んだのかもしれない。
「こんなとこにいたのね」
光莉は振り向かないまま、小さく言った。
「うん」
しばらく、沈黙。
沈黙は、気まずくなかった。
むしろ、それが自然だった。
無理に話す必要もない。誰かに「何か言わなきゃ」と急かされることもない。
「何してるの?」
瞳が聞く。
「何もしてない」
その答えに、瞳は少し困ったように笑う。
「いや、そういうのじゃなくて」
「だから、何もしてない」
光莉は、ゆっくり言葉を重ねた。
「空を見てる。風を感じてる。それだけ。
別に、それに意味はない」
「……それ、できる?」
ふと、そんな問いが落ちる。
「え?」
「何も考えずに、何もせずに、
ただ“ここにいる”って」
瞳の声は、少しだけ不安そうだった。
自分に問いかけているのか、光莉に問いかけているのか、わからない。
瞳は、言葉に詰まった。
考えようとする。
でも、その時点で
「考えている」という行為が、すでに「何もしていない」ではない。
「無理だよね」
光莉が、静かに言った。
そのとき。
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