第4話前半 「思い出編:記憶は書き換えられる」
午後の光が、静かに差し込んでいた。
沙織の部屋は、相変わらず整っている。
本は背表紙を揃えて並び、ペン立ての角度も一定。
余計なものは何もない。掃除が行き届き、埃ひとつ落ちていない。
誰かが「きれいだね」と言うたび、沙織は「そう?」と首をかしげる。
でも、少しだけ嬉しそうだった。
机の上には、いくつかの写真が並んでいた。
そのうちの何枚かには、ペンで赤い丸がついている。
「ここ、もう少し明るくしたい」「この影、消せないかな」
そんな言葉が、写真の端に走り書きされていた。
「これ、この前の旅行」
沙織が一枚を差し出す。
そこには、拓と瞳と光莉が写っていた。
笑っている。完璧なタイミングで。
「いい写真だね」
瞳が言う。
「でしょ」
沙織は、少しだけ満足そうに笑った。
「でもさ」
光莉が、ふと口を開いた。
「こんなに綺麗だったっけ?」
その一言で、空気がわずかに揺れた。
「え?」
拓が聞き返す。
「いや……もっと風、強くなかった?
あと、ちょっと寒くて、みんなテンション微妙だった気がする」
記憶をたぐる。
たしかに——あの日は風が強くて、光莉の髪がずっと乱れていた。
誰かが「寒くない?」と何度も聞いていた。
「それ、編集してるから」
沙織が、あっさり言った。
「え?」
「表情、ちょっと補正してる。あと色も」
さらりとした口調だった。
特別なことのように言っていない。
日常の延長線上のように。
「だって、そのほうが“いい思い出”になるでしょ」
拓は、もう一度写真を見た。
完璧だった。
誰も欠けていない。誰も悲しんでいない。
雲ひとつない青空。満点の笑顔。
でも——
(これ、本当にこのときの自分か?)
その疑問が、わずかに浮かぶ。
「ねえ」
瞳が静かに言った。
「それって……思い出なのかな」
沙織は、一瞬だけ考えた。
そして、こう答えた。
「“思い出にするための素材”かな」
そのとき——
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