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【観測者の時空】創作エッセイ―その違和感は、未来のバグです― 「あなたの思考は、すでに先回りされている」  作者: Taku
A面:違和感の観測

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第3話後半 「会議編:迷わない会議室」

✧ ✧ ✧


ディスプレイの端に、わずかなノイズが走った。

一瞬、線が歪み、すぐに戻る。

気のせいかと思った。でも——


「あれ……」


瞳が、顔を上げた。


空気が変わっていた。

音が引いていく。

コピー機の唸り、廊下を歩く足音、遠くの電話のベル——

すべてが、ゆっくりと遠ざかる。


代わりに、規則的な低音が聞こえてきた。

換気のような。機械の駆動音のような。

規則的すぎて、逆に気持ち悪い。


「ようこそ」


声が響いた。


振り向くと、“カノジョ”が立っている。

会議室の隅。誰も座っていない席の隣。

いつ現れたのか。最初からそこにいたのか。


「ここは、“最適化された意思決定”の世界です」


次の瞬間、会議室が変わった。


同じ部屋のはずだった。

でも、すべてが「整いすぎていた」。


資料は、会議が始まる前に完成している。

配布されている。誰もが目を通している。

当然のように。


議論は存在しない。

結論だけが、静かに提示される。

声は、無機質だった。感情の起伏がない。

ただ、事実を述べているだけ。


「最適解は、これです」


誰かが言う。


全員が、同時に頷く。

迷いはない。異論もない。

すべてが、最短距離で決まっていく。

時間の無駄は、一秒もない。


「この世界では、無駄な議論は排除されています」


カノジョが説明する。


「意見の衝突、感情の揺れ、誤解——

 それらはすべて“非効率”です」


拓は、その光景を見つめた。


たしかに、速い。

たしかに、正しい。


でも——


「……誰も、責任取ってないな」


気づくと、口に出していた。


カノジョが、こちらを見る。

その目は、責めるでもなく、ただ「問い」を受け止めている。


「責任は、最適化システムが負います」


「じゃあ、人は何をするんだ?」


「決定を受け入れ、実行します」


その答えは、あまりにも正しかった。

正しすぎて——逃げ道がない。


「それって……“考えてない”のと同じじゃないか」


拓は言った。


隣で、瞳が小さく頷く。


「失敗も、迷いもないなら、

 それってもう“選んでる”って言えるのかな」


カノジョは、少しだけ沈黙した。


表情は変わらない。でも、その間の長さが、少しだけ違っていた。

考えるような、でも何も考えていないような——

その曖昧さが、妙に気持ち悪かった。


そして、静かに言った。


「その問いは、この世界では不要です」


世界が、ほどけた。


✧ ✧ ✧


透明な層が剥がれ、元の空気が戻ってくる。

コピー機の音。誰かの笑い声。歩く足音。


気づくと、元の会議室に戻っていた。

資料は少しズレている。

誰かが言い直している。


「すみません、今のちょっと訂正いいですか?」


空気が、少しだけ乱れる。

でも——

その“乱れ”が、妙にリアルだった。

誰かが間違えた。誰かが気づいた。誰かが直した。

その「手間」が、確かにそこにあった。


会議が終わる。


人が立ち上がる。

予定より少し遅れたけれど、誰も気にしていない。


「さっきの件、もう少し詰めたいんだけど」


誰かが言う。


「いいよ、あとで話そう」


予定外の会話が、生まれる。

会議室にはなかった「間」が、そこにあった。


拓はそれを見て、ふと思った。


(ああ……これか)


非効率で、遅くて、面倒で——

でも、何かが“動いている”。


誰かが考えている。

誰かが迷っている。

誰かが、間違えている。


その「不完全」の積み重ねが、やっと「仕事」という形になっている気がした。


瞳が、横で小さく笑った。


「さっきより、ちょっとだけ“仕事してる感じ”するね」


「だな」


拓も笑った。


完璧ではない。

でも、どこか納得できる。


「ねえ、今日の会議——何か残った?」


瞳が聞く。


拓は、少し考えた。


「……わからない。

 でも、さっきよりは、覚えてる」


「それだけでいいかもね」


瞳はそう言って、席を立った。


【観測者としての作者の独白】


私たちは、「正しさ」を求める。


速く、無駄がなく、間違いのない判断。

それは、社会にとって確かに望ましいものだ。


しかし、その先にあるのは——

“誰も迷わない世界”かもしれない。


迷わないということは、選ばないということでもある。

失敗しないということは、試さないということでもある。

傷つかないということは、何も賭けていないということでもある。


そして、すべてが正しく決まる世界では、

「なぜそれを選んだのか」という問いすら、消えていく。


誰も問わない。誰も考えない。

ただ、与えられた最適解を受け取るだけ。


そのとき、人間はまだ——

“考えている存在”と言えるのだろうか。


それとも、ただ最適な答えを受け取るだけの

静かな装置になっていくのだろうか。


「考える」ということは、時に無駄を生む。

「迷う」ということは、時に時間を浪費する。

「間違える」ということは、時に誰かを傷つける。


でも——

その「非効率」の中にしか、

「自分で決めた」という実感は生まれない。


私はまだ、

“迷うこと”を手放していないだろうか。

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