第3話前半 「会議編:迷わない会議室」
朝の会議は、いつも通り始まった。
会議室の空調は、ちょうどいい温度。
椅子の高さも、ディスプレイの角度も、すべて「最適」に調整されている。
誰も不快に思わない。誰も文句を言わない。
それが、この部屋の「当たり前」だった。
画面には、整然と並んだ資料。
フォント、行間、色使い——すべて統一されている。
見やすい。わかりやすい。
でも、その「見やすさ」は、どこか誰かの手によるものだった。
参加者の顔は、ほとんど動かない。
誰かが発言している間、他の人はうつむくでもなく、そらすでもなく、
ただ画面を見つめている。表情の変化は、ほとんどない。
「では、先月のKPIについて説明します」
田中が淡々と話し始める。
グラフは綺麗に右肩上がり。
数字は申し分ない。
過去のデータと比較しても、改善傾向は明確だった。
誰もが納得する内容。
「特に問題はありません」
その一言で、空気が静かに整った。
結論が出た。議論の余地はない。
拓は頷いた。
瞳も、隣で同じように頷いている。
違和感は、なかった。
——なさすぎた。
「何か意見ありますか?」
司会がそう言う。
一瞬の沈黙。
しかし、その沈黙はすぐに埋まる。
「特にありません」
「問題ないと思います」
「この方針で良いかと」
誰もが、適切なタイミングで、適切な言葉を出す。
重ならない。遅れない。
完璧に調整された“会話”。
(早いな……)
拓は、ぼんやりと思った。
言葉が出る前に、すでに誰かが言っている。
自分の考えと、ほとんど同じ内容を。
いや——
“同じになるように”整えられている気がした。
会議が始まる前に、結論はもう決まっていたのかもしれない。
ここでの議論は、ただの「儀式」——手続きを踏んでいるだけ。
自分の発言を、誰も覚えていない気がした。
誰かの発言も、自分は覚えていない。
すべてが、その場限りの「正しい言葉」だった。
会議は、予定より5分早く終わった。
「効率的ですね」
誰かが言う。
小さな笑いが起きる。
でも、その笑い声も、どこか作りものめいていた。
全員が満足しているように見えた。
でも——満足の理由を聞かれたら、何と答えればいいのか。
「予定通り終わったから」それだけかもしれない。
「……これでいいんだっけ」
瞳が、小さく呟いた。
拓だけに聞こえる声だった。
他の人はもう、席を立ち、次の予定へと移動している。
会議室には、拓と瞳だけが残っていた。
「え?」
「なんか……何も残ってなくない?」
その言葉に、拓は一瞬だけ言葉を失った。
たしかに。
問題はなかった。
でも、何も“起きていない”。
誰も傷つけなかった。
誰も間違えなかった。
誰も迷わなかった。
でも——それでよかったのだろうか。
そのとき。
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