表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【観測者の時空】――『彼女の時空』外縁、与えられた役割から卒業し、不完全な世界で自分の物語を選んでいく  作者: Taku
物語編 2『卒業後の彷徨う熱』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/60

彷徨う熱【第3部:熱の結晶】第11話 「手帳の最後のページ」

それから、どれだけ歩いただろう。


時空の隙間には、昼も夜もない。

ただ、どこまでも続く「何もない」だけ。


でも、カノジョにはわかった。カレシの声が、少しずつ遠くなっている。気のせいではない。確かに──遠くなっている。


「休まない?」


「必要ない。私はシステムだ。休息は不要だ」


声は、かすかに掠れていた。


「システムが、声掠れるの?」


カレシは答えなかった。カノジョは追及しなかった。追及したら、彼が「もう限界です」と言いそうで怖かった。


歩きながら、自分の手を見る。透けていない。確かに「ある」。でも、その手は誰かの重みを抱えている。重みは、もうほとんど自分のものになっていた。


「私たち、光莉を見つけられるのかな」


「見つからないかもしれない」


「それでも、探すの?」


「それが『伝線』というものだ」


同じ言葉を、何度も聞いてきた。でも、その声は以前よりもずっと遠かった。


その時、視界の端がゆがんだ。


カレシの輪郭が、風に吹かれる砂のように薄くなっている。前よりも、はっきりと。


「……透けてる。前よりも、ずっと」


「気のせいだ」


「違う」


カノジョは立ち止まった。手を伸ばす。指先が、すり抜ける。触れた、とは言えない。温度も、ほとんどない。


「手帳、出して」


少し間があった。カレシは、震える手で手帳を差し出した。


最後のページ。あと一枚だけ、白い余白が残っている。


「あなた、私のために、自分の領域を削ってきたんだね」


沈黙が返ってきた。


「ありがとう。今まで、本当にありがとう」


「……礼を言われる筋合いはない」


「でも、言う。言いたいから、言う。それが『人間』ってものだよ」


カレシの輪郭が、さらに薄くなった。もう「気配」に近い。


「……時間のようだ。私は、もう──」


「やめて。『もう』なんて、言わないで」


「事実だ。残存領域は、もう限界だ」


カノジョは、白いページを指さした。


「ここに、刻んで。あなたの『名前』を」


「私は、名前を持たない」


「じゃあ、『カレシ』でいい。あなたは、『カレシ』。私の──」


言葉が詰まった。


カレシは、その白いページをじっと見つめていた。そこに、何を刻むべきか。自分の名前か。それとも──


「……決めた」


声は、かすかに震えていた。


ペンが走る。一画。二画。三画。


それは、名前ではなかった。数字でもなかった。ただの──猫のマーク。


でも、これまでのものとは違う。もっと大きく。もっと深く。もっと──熱を込めて。


「……これで、最後だ。これで、私の『記録』は終わる」


「終わらない。『終わり』じゃない。『始まり』」


カノジョは手を伸ばした。


今度は、指先に、かすかな抵抗があった。触れた、とは言えない。


でも、以前のようにすり抜ける感触ではなかった。輪郭が、少しだけ濃くなった気がする。気のせいかもしれない。でも──もし気のせいじゃなかったら。


「……どうやら、まだ消えそうにない」


声は、さっきよりも近かった。


「当たり前でしょ。あなた、私に『ありがとう』って言われて、まだ消えるわけにはいかないでしょ」


「……理不尽な論理だ」


その声には、かすかな温もりが混ざっていた。


カレシは一人、手帳を開いた。


最後のページ。大きく深く刻まれた猫のマーク。これまでのものとは違う。これは──彼の名前だった。


指でなぞる。温かい。自分のものか、カノジョのものか、わからない。でも──それでいい。それが「生きる」ということだ。


「カレシ、次、行こう」


声は、すぐ隣からした。


彼は手帳を閉じた。


「……今行く」

声は近かった。冷たさの奥に、熱が混ざっている。


カノジョは、先に歩き出した。振り返らない。カレシが、その半歩後ろにいることだけを、確かめるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ