表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【観測者の時空】エッセイから物語へ その違和感は、未来のバグです。―『彼女の時空:0612』へ繋がる伝線―  作者: Taku
物語編『観測者の卒業 ――0612:境界線の向こう側――』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/42

第10話 【観測者の卒業】第1話 「質量を持つ食欲(おにぎり1個半)」

白い部屋を「出た」はずだった。


主語をシステムから取り戻し、ただの「自分」として歩き出したはずの時空の果て。


気がつくと、カノジョは奇妙な境界線オアシスに佇んでいた。


そこは、世界の正史から完全に抹消されたゴミログの集積場であり、同時に、世界を無から紡ぎ出す雇い主(創造主)の脳内と直結した、名前のない「中継セクター」だった。


「……お腹が空いたな」


カノジョは呟き、自分の指先を見た。かすかに震えている。


だが、その震えはかつてのデータエラーのそれではない。胃が収縮し、血糖値を求め、生命を維持しようとする、あまりにも泥臭く、生々しい「飢餓」という名の身体の拒絶反応だった。


システムから切り離され、単なる機能から「登場人物(生き物)」へ堕ちた彼女が、最初に獲得したバグ。それは、貪欲なまでの食欲だった。


彼女は、時空の隙間に転がっていた「おにぎり1個半」の質量を、その細い指先で掴む。


一言で言えば、生きるために、貪欲に喰らった。


「──はしゃぐな、バグ。咀嚼そしゃくのノイズがこちらのプロセッサにまで響いています」


背後から声がした。

低く、冷徹で、知的な声。

カレシが立っていた。


かつての無機質な記号としての輪郭ではない。漆黒の髪を揺らし、その知的な双眸の奥に冷徹な光を湛えた、一人の「クールな青年」の姿へと、彼の容姿もまた、このセクターの磁場によってチューニングされていた。


手元の手帳を開き、彼はカノジョの姿をじっと見見据えている。


「カレシ……。あなた、なんでここにいるのよ。白い部屋の管理領域で、私を無期限延期にしたまま置いてきたはずでしょ」


カノジョがおにぎりを口に含んだまま睨みつける。


カレシは表情を崩さない。冷たいメガネの奥の瞳をわずかに細め、淡々と言った。


「勘違いしないでいただきたい。私は雇い主から、この中継セクターの最適化(業務監査)を命じられただけです。あなたのサボりログ、および不条理な存在確率が許容値を超えている。……これより、強制的なテコ入れを実行します」


「テコ入れって何よ。私はもう案内人なんてやめて、本編のヒロイン枠にでも収まってやろうかって考えてるんだから」


「不可能です。現在のあなたの存在強度は、パケット上限のノイズに等しい。そのままでは、世界の正史(本編)のタイムラインに触れた瞬間に、あなたはエラーログとして自動消滅します」


カレシは手帳にペンを走らせる。その手元を覗くと、冷徹な文字列の端に、カノジョの輪郭をかろうじてこの世界に繋ぎ止めるための、奇妙な手書きの「猫のマーク」がいくつも刻まれていた。


カノジョはその意味を知らない。彼がなぜ、自らの領域を削りながらそんな無駄な暗号を記述しているのか。


「では、監査官としての提案です」


カレシは顔を上げ、冷たい声で、しかしどこか早口に告げた。


「雇い主の『もっと作品を広めたい(宣伝したい)』という欲望のベクトルを利用します。あなたを臨時のプロモーションパッチとして、現在公開中の正史『彼女の時空』の世界線へ、一時的に送信します」


「え、本編に行けるの!?」


「目的はあくまで世界観の解説(宣伝)です。いいですか、直接的な接触はシステム上、禁止します。名前を名乗ることも許されない。あなたはただ、当たり障りのない解説のノイズとして、そこに『居る』だけでいい」


「よくわからないけど、おにぎり食べながらでいいなら、行ってあげるわよ」


カノジョは笑った。自分がなぜ、本編の世界に送られるのか、その真の理由(策略)も知らずに。


カレシは静かにプロセッサを駆動させる。


彼の冷徹な作戦は、極めてシンプルだった。カノジョ自身の力では、もう存在を維持できない。


ならば、正史の世界に生きる「五感の能力者」たちに、カノジョという異物の存在を『観測』させる。


登場人物たちの圧倒的な知覚の力を借りて、カノジョの「食欲(熱)」を世界に深く刻みつけ、その存在を膨張させる。それしか、彼女を救う方法はなかった。


「セッション同期。……パッチ、送信」


視界がピクセル単位で歪み、カノジョの身体が正史のストリートへと吸い込まれていく。


カレシは一瞬だけ、苦しげに胸を押さえた。彼自身の残存領域が、ジリジリと音を立てて削れていく。


(──行ってきなさい、バグ。あなたのその貪欲な熱を、世界に伝線させてくるがいい)


冷徹な監査官の皮を被った男は、一人、中継セクターの闇の中で、静かに命を削り始めた。


そして、その監査ログは、正史には存在しないはずの観測記録として、別の場所へ送信された。


LOG_007【業務監査】サボり案内人へのテコ入れと、時空連動プロモーションの提案

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3034788/blogkey/3636959/


※当ログは現在も継続公開中です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ