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【観測者の時空】創作エッセイ―その違和感は、未来のバグです― 「あなたの思考は、すでに先回りされている」  作者: Taku
A面:違和感の観測

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第1話後半「デート編:選び続けるということ」

✧ ✧ ✧


空気が、静かに変わった。


音が消えた。

周囲のざわめきが、遠くに引いていく。

コーヒーカップの触れ合う音、隣の席の笑い声、通りを行く人の足音――すべてが、一瞬でフェードアウトした。


代わりに、透明な層のようなものが、世界に重なった。

それは、水の中にいるような、かすかな圧迫感だった。

嫌なものではない。むしろ、心地よい。

――その「心地よさ」が、妙に気持ち悪かった。


「ようこそ」


声がした。


振り向くと、そこに“カノジョ”がいた。

年齢のわからない、静かな存在。

どこか現実から浮いたような輪郭。

笑っているのか、いないのか、判別しにくい表情。


拓は咄嗟に聞いた。


「誰……?」


「私は、最適化された世界の案内人。

 あなたたちが『こうだったらいいな』と思っているもの――

 それを、ただ形にしているだけ」


カノジョはそう言って、軽く手を広げた。


「ここは、“最適化されたデート”の世界です」


次の瞬間、景色が変わった。


同じカフェのはずだった。

でも、すべてが「ちょうどいい」に調整されていた。


テーブルには、完璧な料理が並んでいる。

温度も、味も、栄養も、すべて最適。

盛り付けは芸術品のようで、でも、写真を撮らなくても美しさが目に焼きつく。


会話は、自然に続く。

間も、沈黙もない。

すべてが、ちょうどいいタイミングで流れていく。


拓は自分でも驚くほど、淀みなく言葉を紡いでいた。

「今日、楽しいね」

「うん、とても」

相手の反応も、予測通り。

心地よいズレすら、存在しない。


瞳の笑顔は、いつもよりほんの少しだけ明るく見えた。

でも――その「明るさ」は、どこか均一だった。

喜びも、驚きも、すべてが同じ強さで、同じ長さで続く。


「これが、“理想的な関係”です」


カノジョが言う。


「失敗も、誤解も、すれ違いも、すべて排除されています。

 あなたたちが最も満足するように、すべてが設計されています」


拓は、その世界を見渡した。


完璧だった。

何一つ、文句のつけようがなかった。


でも――


「……つまらないな」


気づくと、そう呟いていた。


カノジョが、わずかに首を傾げる。


「なぜですか?

 不満はありません。

 あなたのストレス値はゼロです」


「だって、何も起きない」


拓は言った。


「驚きも、ズレも、間違いもない。

 全部、最初から決まってる。

 それって――“生きてる”って言えるの?」


カノジョは、少しだけ考えるように間を置いた。


「“生きる”という定義にもよりますが――

 少なくとも、苦しみはありません」


「苦しみがなくても、楽しくないものは楽しくないんだよ」


瞳が、小さく続けた。


「たぶんそれって……“私たち”じゃない。

 “誰かの理想”を、私たちが演じているだけ」


カノジョは、しばらく二人を見つめていた。


そして、静かに微笑んだ。


「そうですか」


その声には、わずかな寂しさが混じっているように聞こえた。

気のせいかもしれない。

でも――もしそうなら、カノジョ自身も、この完璧な世界にどこか退屈しているのかもしれなかった。


世界が、ほどけた。


✧ ✧ ✧


透明な層が剥がれ、元の空気が戻ってくる。

ざわめき。食器の音。

少しぬるくなった料理。


拓はフォークを持ったまま、止まっていた。


瞳が、こちらを見ている。


「……今の、何だったんだろうね」


「さあ」


拓は答えた。


でも――

さっきよりも、少しだけはっきりしていた。

目の前の料理の味が。

空気の温度が。

瞳の表情が。


完璧ではなかった。

写真を撮れば、光は足りないし、盛り付けも少し崩れている。

でも、それが「今、ここにある」という感じを、強くさせていた。


拓は、スマホを手に取った。


画面には、さっき撮った写真が表示されている。

どれも綺麗だった。

でも、そのどれもが、彼の記憶よりもずっと鮮やかで――逆に言えば、彼の記憶は、写真に比べてずっと曖昧だった。


少し迷ってから、彼はスマホをテーブルに置いた。

裏返しにしたまま、もう一度手を離す。


「写真、いいの?」


瞳が聞く。


「あとでいいかな。

 今は、これを見ていたい」


そう言って、目の前の料理を指さした。


瞳は少し驚いた顔をして、笑った。


「珍しいね」


「たまには」


そう言って、拓はフォークを口に運んだ。


今度は、ちゃんと味がした。

写真に収まらない、ちょっとした塩加減のムラや、思っていたよりも少し柔らかい食感――そんな「不完全」が、確かにそこにあった。


【観測者としての作者の独白】


私たちは、いつからだろう。


体験する前に、それをどう記録するかを考えるようになったのは。

選ぶ前に、最適な選択肢を探し、

話す前に、より良い言葉を選び、

感じる前に、それをどう表現するかを決めている。


それは、確かに便利で、正確で、効率的だ。


でも――その過程で、

“揺らぎ”や“迷い”や“間違い”といった、

人間らしさの核が、少しずつ削られているのではないか。


「完璧」は、確かに美しい。

でも、「完璧」には、驚きがない。

「完璧」には、出会いがない。

「完璧」には、自分で見つけたという手応えがない。


もし、すべてが最適化されたとき、

私たちは本当に「満たされる」のだろうか。


それとも――

何も起きない完璧な日常の中で、

静かに、何かを失っていくのだろうか。


「選ぶ」ということは、時に間違えることだ。

「迷う」ということは、時に無駄な時間を過ごすことだ。

「感じる」ということは、時にうまく言葉にできないことを抱えることだ。


それでも――

その「非効率」の積み重ねの中にしか、

「自分で生きている」という感覚は生まれないのかもしれない。


私はまだ、

“うまくいかない時間”を、受け入れられているだろうか。

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